39話 戦いの後に ③
「危なかったですね、灰賀さん」
ここは暑熱轟学区内から離れたある山の中。木が生い茂っており隠れるには好都合の場所と言える。
ここに多薔薇、灰賀、そして重症のアギトが集合して開口一番に多薔薇が口を開く。
「黙れ、勝手に手を出すなと言ったはずだ」
「そうはいってもあのままではアステラとかいう子供をみすみす逃がしていましたし…………感謝されすれど、怒られる筋合いはないと思いますけどね~」
灰賀が獣のごとき目で多薔薇をにらみつける。焦ったアギトは本物のアステラを抱えたままコトが起こる前に二人の間に入る。
「そこまでにしていただきたい。あまりけが人に無理をさせないでいただきたいですね」
灰賀はやたらとプライドが高く、他者からの手助けをことごとく嫌う。実際、本人の許可なく灰賀が確保していたアステラを多薔薇の神秘で用意していた偽物と交換したことかなりキレている。
本人からしてみれば、お前は信用がないといっているものだ。怒るのも無理はないがそれでも結果としてみればアギトの判断が正しかったということになる。そうしなければアステラはそのまま神室冬花の手に渡っていただろう。
アギトは昨日の翔進羅黒との戦闘でかなりの重傷を負っている。できれば、休みたかったのだが、ボスからの命令で仕方なくここにいるのだ。
その顔色はかなり悪く、口の中には常に血の味がしている。一度の瞬間移動ですらかなりきつい。もしここで長距離を一気に瞬間移動すれば死ぬ自信がある。
「今回のような失態は犯さん………次は必ず殺す。神室冬花も翔進羅黒も……………………………!」
「ハイハイ。で、いつになったら黄広さんは来るんですかね?」
灰賀を適当にあしらった多薔薇がアギトに問いかけてくる。
「………………………………黄広さんに命じたのは足止めです。ある程度時間を稼げば戻って来いとあらかじめ言っていたはずですが…………………………」
「おおかた熱くなって命令を忘れていると思いますよ。あの人絶対命令一つ聞けないおバカさんでしょうし」
「……………………………………………」
多薔薇の言い分にアギトは口を開けなかった。多薔薇の言い分ももっともだからだ。
黄広の気勢はかなり荒く、組織のことよりもむしろ自分の快楽を優先する。足止めではなくむしろ殺人衝動に駆られて暴れている可能性は大いにあり得る。
だが強い。ここにいる灰賀久と並べるほどに。だから、並大抵の相手なら瞬殺しすぐに戻るはずだったのだが………………
昨日、少年に打ち抜かれた打撃の痛みが鮮明によみがえる
多薔薇曰く、黄広が戦っているのは翔進羅黒だ。実力こそ勝っているだろうが、翔進羅黒の恐ろしさはその異次元の打たれ強さだ。実際、アギトもその耐久力を見くびって敗北している。
灰賀と戦った神室冬花という子供も灰賀を倒せはしなかったものの灰賀からアステラを奪い返し、あまつさえ退けた。
「…………………………………………子供一人攫う簡単な仕事だと思っていましたが、なかなか骨が折れるようだ―――ん?どうかしましたか多薔薇さん?」
横を見ると多薔薇が目を細めて森の彼方を見ていた。先ほどまでの調子のよさは失われどことなく焦っているようにも思える。
「どうやら黄広さんは負けたみたいですね………………………………ここにきてます」
「!?」
来ているというのは翔進羅黒たちのことで間違いない。
多薔薇に念のために彼女の神秘で作った偽人間に周囲を見張らせていて、その偽人間が翔進羅黒をとらえたということだろう。
だがなぜここがわかった?
「どうやらねえ―――天城愛も一緒にいるみたいですね。匂いの痕跡をたどってここまで来たんでしょう」
「……………………!またあの女ですか」
昨日アギトが負けたのは翔進羅黒のせいもあるが、そもそも天城愛がいなければアギトの行方をたどってこられる者もおらず、アステラもすんなりと確保できたのだ。
アギトは歯ぎしりする。
「わざわざ来たのなら久自ら迎え撃つだけだ。昨日の恨みここで晴らす」」
「って言ってますけど」
「……………………………………」
このままでは灰賀が迎撃に向かうだろうが、それはだめだ。
どうやら灰賀は昨日に傷を負わせた翔進羅黒に恨みを持っているらしい。
だが、ここで灰賀を向かわせては残る戦力は手負いのアギト、そして非戦闘員の多薔薇である。
最悪、背後の奇襲でアステラを奪い返されない。
アギトは一人覚悟を決める。
「アステラ!」
正面から翔進羅黒の姿が現れる。距離にして20Mといったところか。
「翔進羅黒ォ!ここが其方の死地だ―――ッつ!?」
灰賀がとびかかろうとする寸前、すそが後ろに引っ張られ奇襲を封じられる。
「何をする!アギトォ!!!」
喉の奥から怒号を上げる灰賀に一瞥もせず、アギトは抱えているアステラを多薔薇に託し二人の肩に手を置く。
「アジトまで一気に飛びます」
「「!?」」
長距離移動。できなくはない。が、アギトの体に相当な負担がかかる。まして今のアギトは重傷を負ってる。死んでもおかしくはない。
だが、ここでしなければ失敗は火を見るより明らかだ。アギトは覚悟を決める
「ふざけるな!其方が久に命令するのか!」
「灰賀さん、悪いが緊迫している今、組織があなたの私情に振り回されるわけにはいかない。大人しく従ってください」
「……………………!」
有無を言わさぬアギトの言葉に灰賀は押し黙る。
翔進羅黒との距離残り10M
「待て!」
残り5M
「翔進羅黒、もう会うことはないでしょうがこれで終わりです。あなたにはずいぶん苦労させられました」
残り2M
翔進羅黒の手が顔に伸びる
「さようなら」
0M
手が鼻をかすめるかどうかというタイミングで森からボロボロの廃屋へと視界が移り変わる。
瞬間移動
もう敵の姿はどこにも見えない
「………………………………どうやら逃げ切れたらしい」
アギトは地面へと倒れこむ。口から泉のごとく血を噴き出しながら、ゆっくりと地面にできた赤い湖の中で意識を失った。
「くっそ、瞬間移動か!」
神室が確保していたアステラが偽物だと気付いた後、俺は駆け出していた。神室も遅れてついてきて天城先輩はこちらに向かっていきながら電話で俺たちにアギトの場所の指示をしていた。
天城先輩の言う通り、アギトはいた。
だが、手が触れる寸前にアギトに逃げられた。
(落ち着け!昨日の戦闘で瞬間移動は一気に長距離移動できないのは知っている。だからすぐ近くに…………………………………けど、そんなのアギトもわかっているはず。だったらリスク承知で長距離の移動を?)
アステラの偽物、すんでのところでアギトを逃がしたという落胆がより一層焦りを加速させる。
「っ!」
アギトがまだすぐ近くにいると信じて、一抹の希望にかけるべくスマホを手に取る。
「天城先輩!まだアギトは近くにいるはずです!このまま指示を―――」
すると携帯を持つ左手に何か冷たい液体が一滴垂れる
そしてそれは次第に一滴、また一滴と増えていく。
空を見上げると先ほどまでのはるかまで澄み渡るような蒼空は消え、灰色の雨雲が覆っていた。
「雨……………………………………!」
気が付いた時にはもうすべてが手遅れだった。川が氾濫したかのようにどしゃぶりになり、神の悪戯のごとく天から垂らされた救いの糸は断ち切られる。
―――匂いが落ちる
雨の中では場所に染み付いた匂いが流されてしまいもう天城先輩の嗅覚には頼れない。つまりキトノグリウスを追う手段は完全に断たれたということだ。
「アステラ……………………………くそ」
少女の名前を呼んだ小さな声は誰にも届くことなく雨の中へと消えていった。
多薔薇の神秘が若干わかりづらいかもしれないので説明します
彼女の神秘は簡単に言うとにせ人間を作れます。加えて、そのにせ人間の容姿なども割と自由に変えることができます。アステラの偽物も彼女の神秘によるものということです。
ちなみに彼女はこの後結構重要ポジションになります(予定)




