4話
「あにーじゃ、プリン買ってきて~」
「いや、なんでだよ」
その後、とくに何ともなく夕食を済ませると唐突に妹の琴音の口から飛び出た言葉に俺は眉をひそめる。
「体が糖分を欲してるんだよ」
「………自分で行くって選択肢はないのか?」
「実は私直射日光浴びたら死ぬ病にかかって」
「いま夜だぞ」
お前は柱の男か。
断らせる気はないのか下から顔を覗き込むようにうるんだ瞳をこちらに向ける。このままにしてもいいが、そうするとひたすら駄々をこねるのでそれもそれでめんどくさい。
「もういいよ。買ってくればいいんだろ」
「わーい!さすがあにーじゃ。時代はやっぱりウーバーよりあにーじゃだね」
「お前は兄貴をなんだと思ってんだよ」
そうして納得はいかなかったが、俺がコンビニに行くことになった。琴音はかなりの引きこもりで加えて超絶運動音痴だ。少しぐらいは外に出るべきだろうに…
玄関から外に出ると既に夜空には月がきらめいていた。四月にも関わらず、まだ肌寒く夜風か肌をなる。
コンビニに向かっていく途中も頭の中でいやでも思い浮かべてしまうのはやはり先ほど新島と話した未来人についてだ。
先ほど、神秘の暴走か何かと結論付けたにも関わらず心のどこかでその解答が間違っていると否定している自分がいる。理性はすでに答えを出しているのに本能がそれを否定する。そんな感覚。
「ったく、いつまで考え込んでいんだか――ん?」
ひたすら考え込んでいる自分に悪態をつくと、気づいたかのように視線をそれに向けた。
人ひとりとしていない古びた公園。そこに設置されているなけなしのブランコにキコキコと金属がこすれる音を立てながら少女は座っていた。
そう、昨日の壁にはまっていた少女だ。未来人…………かもしれない存在
金髪を風にたなびかせ、足先から頭部まで何から何まで整っていてその姿は月の光が満ちる夜と美しく調和している。
だが、俺にとってそんなことはどうでもよかった。
気がつけば、俺は少女のもとに歩んでいた。本当にタイムスリップしてきたのか、それはもちろん気になる。だが、それ以上にこの時間帯に年端のいかない少女を、人気の少ない場所で一人でいさせることの方が問題だった。
この都市には能力者がはびこっている。昔ほどではないが、それでも能力者目当ての人攫いも起こりうる。あの少女のように見た目が整っているならばなおさらだ。
少女の正面から近づいていくも、まったくこちらに気づく様子はない。何やら少女は独り言をぶつぶつとつぶやいている様子だ。何言ってるかわからなかったんでもう少し近づくことにした。
「おい、こんな時間に一人で何やってんだ?」
「うーん、やっぱり視覚デバイスの調子が悪いな~。なんでかわからないですけど壊れていますし、視界もかなりぼやけてますし。これでは今後の活動に支障が……」
すがすがしいほどのガン無視である。それに少女はよくわからんことをひたすらつぶやいている。こいつ、ひょっとしてやばいやつなのではなかろうか。だが、ここで引くのもなんか悔しいのでそのまま続行する
「おおい」
「けど、このままだと人の顔を区別もできないし、さすがに聴覚だけでは…」
「おおおい!」
「彼が簡単に殺されることはないと思うけどそれでも早く――」
「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「ひゃぁぁ!!」
「やっとかよ。途中からわざと無視してんのかと思ったぞ。おかげで奇声あげる羽目になったじゃねえか」
ようやく気付いたかのかブランコを漕ぐのをやめ、こちらに顔を向ける。やはり近くで見ても人形のごとく整っているが目の焦点が少しぶれているような気がする。やはり目が見えていない?
「んで?本題に入らせてもらうけどこんな時間に何やってんだ?言うまでもないだろうけどこの時間帯に子供が一人でいるのはマジで危険だぞ。下手したらやばい奴らに捕まって一生奴隷になりかねない」
「ど、奴隷? そんな危険なんですか⁉ 今の時代でもそんな危険なんですか⁉」
「……」
やっぱり言っていることがあきらかにタイムリープしてきたやつが言うセリフだ。ばかばかしいと理性は言うがそれでも恐る恐るその少女に尋ねてしまった。
「なあ。昨日会った時も思ったんだが、もしかしなくても未来から来てたりするのか?」
「なななな、なにを言って。そそそそ、そんなわけあるわけないじゃないですか」
口では動揺するも顔から汗がしたたり落ちていた。その表情は芸人顔負けの焦り顔である。もうこの反応が答えのようではあるが念のためダメ押ししておくことにした。
「けどお前がタイムスリップしてきたのを見た人間がいるらしいぞ」
「ええ!? 見られてたんですか⁉って、あ」
どうやら少女はかなりわかりやすい性格のようだ。今の言葉はわすれてくださ~い!と慌てているがもう後の祭りだ。言ってはいけない内容だったらしいがこの分だと他の人間にも気づかれている気がする。
だが、今の反応で俺は確信した。この少女は未来からこの時代に来たのだと。
少女はしばらく下を向き、少し落ち込んでいるように見えた。そんなに他人に言ってしまうのがまずかったのか。
まあ、実際タイムスリップしてきたやつがいるのを知ったら研究者たちはこぞってこの少女を求めるだろう。
俺は少女の隣のブランコに座り、ゆっくりと少女の口が開くことを待った。ここまで来たら未来人について俺も興味を隠せなかった。
しばらくすると意を決したように少女は言葉を紡ぎ始めた。
「その、あなたの言うように私未来から来たんです。信じられないかもしれませんが」
「もうここまで来たら信じるよ。けど、どうやってタイムスリップしてきたんだよ。タイムマシンでも発明されたのか?」
「そんなもの未来でもないですよ。私はある能力者の協力でタイムスリップしてこれたんです。神秘の詳細は知らないのですが、おそらく元素レベルで物質をコントロールできるものなんだと思います。ちなみにこのことは絶対に他人に言うなとも言われました」
「お前の口ゆるっゆるだな」
またもやしまった~という表情で少女は焦っていた。やはりこいつアホだ。
「けど、なんでわざわざタイムスリップしてきたんだよ。お前みたいなちびっこが」
「だ、だれがちびっこですか⁉」
一通り怒り切ると、軽くため息をついて再び語り出す。
「そもそも私が選ばれたというより、私しかいなかったんです……私がいたのは今から七年後。その時代では世界は滅びます」
「!?」
淡々と告げる少女の言葉に驚きを隠せずにいた。世界が滅びる。まるで本や映画の中でしか聞かないようなセリフだ。
「私のいた時代では人類は滅亡してしまったといってもいいです。それも一人の能力者によって……」
「一人に!?」
「はい。その能力者は周りから『創星』と呼ばれていました。そいつに私の仲間も……」
少女は耐えきれないように顔を下に向ける。気のせいか少女の顔が陰っているように見える。
だが、そんなことよりもたった一人の能力者に人類が滅ぼされている方が異常である。
どんな能力者でもそんなことは不可能だ。せいぜい都市のインフラを破壊することができるのが関の山だろう。
『創星』
どんな能力者なんだ
物思いに更けていたが、本題からずれていることに気づき軌道修正する
「未来を変えるためにこの時代に来たってことか?」
「はい。それと『彼』を探しに……」
「『彼』?」
「『彼』というのは最後まで『創星』の支配にあらがった人のことです。『彼』に私は助けられたんです。不器用で、おまけに頑固者ですが誰よりも強く、そして優しかった。『彼』は現代にもいるはず。今度は私が彼を助けたい…」
その言葉が意味するのは彼女は『彼』に助けられ、そしてもういないということだろう……
「ふふ、あなたとしゃべっていると不思議な感覚を覚えます…まるで『彼』と話してるみたいです」
「そうか……」
少女は笑みを浮かべるもどことなく影が落ちていた。少女はいったい今何を考えているのだろうか。周りの仲間も殺され、たった一人で誰も知らない過去に飛ばされて…
「手伝ってやるよ」
「……え?」
頭で考えるより先にもうすでに口からその言葉が出ていた。少女の驚きを無視し、そのまま続ける
「だからその『彼』ってやつを探すのを手伝ってやるって言ってるんだよ」
「どうしてですか?今あったばかりの人間にそんなことを……?」
「子供一人で探させるわけにもいかねえだろ。それに眼もあまり見えてないんだろ?」
「気づいてたんですね……あなたの言う通り、今の私はかなり視界がぼやけてます、それこそ他人の顔を人別すのが難しいほど。耳元についているこの補助機があれば普通に見えるのですがそれも今はなぜか壊れてしまって……」
少女は耳元に付けているイヤホンらしきものをなでる。だが、そのイヤホンはひび割れていて明らかにまともに起動していない。
この少女を壁から引き抜くさい、勢い余って俺がこの少女を壁に叩きつけたのが原因だろう。正直、そのことを申しわけなく思っているから手を貸そうと思っていたりもする
「何より一度乗りかけた船だしな。最後まで付き合ってやるよ」
「……!」
俺が言いたいことを言い終わると少女の顔には一瞬だけそこはかとなく嬉しさや悲しみなど様々な感情が入り込んだモノが顔に浮かんだような気がしたが、すぐに先ほどのように今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かんでいた。
「……本当にあなたは『彼』と似ています。言ってることまでそっくりです。けど、だからこそあなたを巻き込むわけにはいかない」
「理由は?」
「私は未来から来た人間、たかが七年後とはいえ現代には存在しない技術、そして情報を持っています。それを狙って先ほども私を襲ってきた人物がいます。私と関わるということはそういうことです」
「だったらなおさら――」
「あなたは見ず知らずのために命を懸けてくれるのですか?」
引き留めるよりも先に少女が俺の言葉を遮る。命を懸けれるか?その問いに俺は情けないことに口を開くことができなかった。
「……意地悪な質問でしたね。心配してくれてありがとうございます。では失礼させていただきます」
言い終わるや否やブランコから立ち上がりさっそうとその場から去っていく。その背中からはもう関わるなと言いたげな気配を感じる。
もうここで別れれば二度と会えない。そんな気がした。俺も勢いよく立ち上がりすぐさま少女の後を追うが彼女の口から出た衝撃のつぶやきに俺は足を止められる。
「『彼』を、翔進羅黒を探さなくては」
「へ?」
翔進羅黒。俺の名だ。
『彼』というのは少女がお世話になった人のことであろう。彼女は七年後の世界から来たといっていた。
少女は現在目が見えていないらしい。だから俺の容姿も理解していないということだろう。
俺の現在の年齢は16歳。何事もなければ七年後も普通に存命していることだろう。
――つまり
え?そういうことなのか?
「ちょ、ま――」
その場から去ろうとしている少女にかけようとした言葉は突如宙より飛来したモノが俺と少女の中間へと落下した際の爆音に消された。