38話 戦いの後に②
「……………………ずいぶんとやばいことに巻き込まれてるのね」
俺は神室と合流したのち、開口一番にそのように言われた。気絶しているアステラを抱えた彼女の姿はさながら姉妹関係のようにも見え、なかなか絵になっているものの、その顔には疲労が見え隠れしていた。
「らしいな。けど、よくキトノグリウスの連中に追いつけたな。学校からここまでかなり遠かっただろ」
「もともと暑熱轟と春花祭のための打ち合わせにこの近くにはいたの。じゃなきゃさすがに追い付けなかったよ」
なるほどなとうなずきつつ、運の良さに感謝した。神室がいなければアステラは確実に奪い返せなかっただろう。
「で、これからどうするの?」
真剣な趣きで神室は話を切りだす。
これから、というのはつまりいつまでアステラをかばい続けるのかということだろう。
「……………………………………とりあえず、アステラをこのまま保護してそれからキトノグリウスを倒すしかないだろうな」
「…………………………………あてはあるの?」
「ない。だからこそここでアステラを見捨てるわけにはいかない」
アステラがこの時代に来た理由の一つとして俺を探しに来たということだ。そして俺は彼女の手を取った。
もう引くことはできないのだ。たとえ、どれほどの困難が待ち構えていようとも。
「さっき戦った私と戦ったやつ、確実に人を殺しなれてた。アステラちゃんには悪いけど、これ以上入り込んでもあんたに利点はないよ。私があんたの立場なら手を引く」
「………………………………………」
神室の言い分ももっともである。どうやら予想よりもやばい事態に巻き込まれているらしい。
俺は左腕をまざまざと見る。
先ほどの黄広も異常なまでに強かった。現に指の二本もいまだに見つけておらず、なくなったままだ。
けど
「それでも…………………………それでも引く気はねえよ。ここでアステラを見捨てたら後悔する」
俺の言い分に神室は諦めたように深くため息をつき、ぽつりと口を開く。
「…………………………ここに打ち合わせに来たのは私だけじゃなくて、愛さんも来てる」
愛さん。天城先輩のことだ。犬の過剰適正者。
「さっき連絡があったんだけど、前に学校を襲ったアギトっていうヤツのにおいがこのあたりからするらしいの」
「!?」
「そいつは瞬間移動の神秘持ちなんでしょ。たぶんそいつがメンバーを移動する係なんだと思う。そいつを尾行すれば、アジトにはたどりつけると思う。あんたは前にそいつに追いついていたらしいし、アジトの場所さえわかれば後はどうにでもなるでしょ」
アギトは一度の瞬間移動で長距離を移動できないらしく、それならば天城先輩の嗅覚で尾行することは可能だ。
突如として現れた希望に興奮が高まる。
「それなら確かに………………………というかお前、アステラのこと見放すとか言っといてちゃんと考えがあるんじゃねえか」
「誰も考えなしとは言ってないし、そもそも私がアステラちゃんのことをあきらめるとは言ってない」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………めんどくさいやつだな」
「なんか言った?」
「いや別に」
とにかくここにきて終わりが見えてきたのだ。
アギトがたとえ何十km,何百km移動しようとも必ず追い付いて見せ、キトノグリウスを壊滅させる!
そうすれば、ひとまず目先の問題は解決されるだろう
すぐさま、追跡に向かうべき体に力を入れる―――
その時、ふと俺は違和感を覚えた。
違和感の対象は神室が抱えているアステラだ。
「………………………………アステラってこんな感じだったか?」
「どういうこと?」
「いや、なんかアステラの見た目がおかしいというか……………………さっきまで俺といたときと比べて体に付けてる装備品とかも少なくなっているような…………………?」
顔つきは完全に同じだとは思うが、耳に装着しているイヤホンなどところどころ普段と違う気がする。
もっとも、さらわれた際に壊されただけかもしれないしそもそも俺がアステラと一緒にいるのはまだたったの数日なので俺の気のせいかもしれないが
「羅黒くん、冬花ちゃん、お待たせしました~」
考え込んでいると、犬耳が頭から突き出している朗らかな女性が視界の先からやってくる。天城先輩だ。
「すみません、いろいろと遅くなってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりもアステラのためにわざわざありがとうございます」
「それこそ大丈夫ですよ。私もアステラちゃんのお役に立ててうれしいです。もう聞いたかもしれませんが、アギトという人のにおいを感知したので、そのまま追って――」
笑顔で説明をしていた天城先輩だったが、ぷつりと言葉が途切れる。目を剥いて、神室を、いや見ているのはアステラの方?
「あの、天城先輩………?」
「違います」
「?」
「……………………………その子、たぶんアステラちゃんじゃないです」
「「は?」」
思いもよらないことが天城先輩の口から飛び出て、俺と神室は口をそろえる。
「どういうことですか、天城先輩」
「匂いが全く違う、というよりその子からはまったく臭いがしないんです。まるで生きていないみたいに」
瞬間、アステラの体は陰で覆われたかのようにどす黒く染まっていき、みるみるその姿が溶けていく。
止める暇もないまま神室が抱えていたアステラのようなものは完全に消えてしまい、神室の腕の中には塵一つ残されていなかった。
「にせもの…………………………………………」
誰が言ったのかわからない言葉が虚空へ消えていく。
俺たちは事態を飲み込めずしばらく動けなかった。




