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33話 出会い②



「……おい、こんなところで何やってんだ?」


 白髪の少年は不思議なものでも見るようにこちらを見下ろす。


「その身なりだと栄凛の受験生だろ。試験開始まであと10分もねえぞ」


「……あんたには関係ない」


 声を掛けられ少しばかり戸惑うも本来の目的を思い出し再び手を動かす。少年はその答えを聞き、とくに驚く様子もなく踵を返して試験会場へと向かっていった。


(行ったか……)


 これでよかったのだ。どうせ関わればまたバケモノ扱いされるのだ……


―ズキ


 ふと少年の顔を思い出す。目つきこそ悪いが、その表情はこちらを心配するモノだった。いや、考えても無駄だ。


―ズキ


 どうせ私は他人とは相いれない。氷の過剰適正(バケモノ)である限り。


―ズキ


 なのに……なのにどうしてこんなに胸がいたいのだろうか


「んで、さっきから何探してんだ?」

 

「!?」


 いつの間にか先ほどの少年が横で膝を抱えながらこちらを向いていた。戻ってきたのか?わざわざ?


「……さっき関係ないって言ったはず」


「そういう問題じゃねえだろ。それに何探してるか知らねえけどわざわざこんな時間ギリギリまで探してんだ。よっぽど重要なものなんじゃねえのか?」


 先ほどと同様真剣な表情で少年はこちらの顔を見上げていた。


(なんだろう。どことなく雰囲気がお姉ちゃんに似てる……)


 家ではいつもだらけ切った姉ではあるが、いざというときは自分のことを守ってくれる優しい存在なのだ。父が自分を責めたときもそうだった。優しいが、揺るがぬ意思も含んでいる、そんな眼。

 

「……お守り。お姉ちゃんから預かってるお守り」


 自然と口からポロリと言葉が出ていた。


 その言葉を聞き少年はただ一言わかったといってすぐさまあたりを探し回る。


 しばらくして、ここにはないと判断したのか立ち上がって「もしかしたら案外簡単に見つかるかもしれない」と言って別の場所へ走っていった。


 そんな少年の後ろ姿を見て不思議に思ってしまう。


 ふつうあり得るだろうか、受験という人生の分岐点、それも時間ギリギリにもかかわらず、

見知らぬ少女を手助けする。


 いままであったことのない種類(タイプ)の人間に戸惑うも、なぜだか悪い気はしなかった。


「……変なやつ」


 歩道上の雪は少しずつ溶けていた。





 


「お~い!交番にそれっぽいお守りがあるみたいだぞ~」


 しばらくすると先ほどの少年の声がすぐそばの交番から聞こえる。


 いざ行ってみると、母のお守りがそこにはあった。


 警官の話によると親切な人が道端に落ちていた子のお守りを受験生の落とし物なのではないかと思い、わざわざ交番まで届けに来てくれたという。


 見つかったお守りを二度と手放すまいと胸に抱く。その様子を少年と警官は温かく見守る。


 しかし、警官の一言が彼らを現実に呼び戻した。


「そういえば、君ら栄凛の受験生でしょ。時間大丈夫?」


「「あ」」


 携帯を確認すると既に試験開始までのこり3分。どんなに急いでも間に合うことはないだろう。


「……ごめん。手伝ってくれたのに私のせいで…」


 必死に頭を下げる。自分のせいでこの少年は試験時間に間に合わない。この少年からすれば私は疫病神だろうか?


「……な」


「え?」


「死ぬ気で走れば間に合うな。ほら、ぼーとしてないでさっさと行くぞ」


 少年はいきなり手を掴むと、私を引き連れすさまじい勢いで爆走する。


「え、ちょ、ええええええええええ!?」


 少年は私の驚きにスピードを緩めるどころかむしろ足の回転を速める。


 景色が瞬きの間に変化していく。それ以上に驚きなのが氷の過剰適正者である私の手を直接握っているということだ。走るのに夢中で気づいてないだけなのだろうか。だが、私の手を引く腕は小さいにも関わらず、なぜだが大きく思えそして温かかった。


 生きてきた中で最速を味わいながらもいつもならうっとうしく思える風も今日はなんだか心地よく思えた。









 試験会場到着後、大急ぎで靴を脱いでいると大雪のため試験は一時間遅れて開始するとのアナウンスがあり、二人してため息をつく。


「いろいろあったけど無事に試験も受けれそうだしお互い頑張ろうぜ」


「ま、待って!」


 体についた雪を振るい落とし、教室へと向かっていった少年を私はなぜか呼び止めていた。


「な、なんで私のことを助けてくれたの?」


 心からの疑問だった。雪の影響で試験開始が遅れたからよかったものの下手をすれば受験を棒に振りかねない。はたして初対面の人間に普通そこまでするだろうか


「それに、私みたいなバケモノに……」


 バケモノ。周りの人間が自分を呼ぶときの呼称。人が本来持ちうるぬくもりを持たない少女。

 

 目の前の少年だって先ほど私の手を引いて試験会場へと走っていた際には気づいたはずだ。私の体温は氷のように冷たく常人のそれとはかけ離れているということを。


「バケモノってどういう……ああ、そういうことか」


 少年は腕をくみ、しばらく考え込んでいると答えが浮かんだように自然と口を開く。


「別に大した手伝いをしたつもりはないんだけど。まあ、あまりにも真剣に探してたのが見えたんでな、さすがにそのままにしておくのもなんか嫌だったんでな」


 小柄な見た目に反した落ち着き払った声に軽く違和感を覚えるもそのまま耳を傾ける。


「それと……悪いがちょっと腕触んぞ」


 先ほどと同様躊躇なく異性の腕に触ってくる少年に肩を震わすも少年は気にせずに言葉を紡ぐ。


「さっきバケモノって言ったのは体温(これ)のことか……」


 神室は肯定を示すようにうなずく。


 自身の体質に身じろ気もしない少年は顔色変えずに淡々と意見を述べていく。


「初対面のヤツに言われたくわないかもだけど、気にしすぎだと思うぞ。自分のことバケモノなんて言ってるけどあんたは普通の人間だ」


「……そんなのうそ」


「嘘じゃねえよ。少なくともあんたがお守り探している時の表情は誰よりも人間らしかったぞ。結構必死な表情だったしな。それに体温が違うぐらいでそんな自分のことを卑下するなよ」


 少年はこちらを見つめたまま腕に力を入れる。その手は小さいながら冷え切った体を包み込むように温かった。


「誰かのことを思える人間がバケモノなわけがない。あんたがさっき探したお守りも大事な人を思ってのことなんだろ。それこそ受験を放り出しかねないほど。優しい人間だよ、あんたは。尊敬する」


 そう言い切ると、少年はニッと笑う。


 ああ、先ほどと同じ目だ。姉と同じくどことなく優しさがある、そんな眼。周りを隔絶していたはずの心が溶かされていく。


 先ほど、走ってきたせいだろうか。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。


「ん?ていうかさっきから思ったけどなんかだんだん体温上がってきてねえか?」


「う、うるさい……」


 乱暴につかまれていた手を振り払い、ごまかすように髪をなでる。とっさとはいえ少年の手を振り払ってしまったことに少しばかりの罪悪感を覚え、ほんの少しだけ頭を下げる。


「と、とにかく、その今日はいろいろありがとう。じゃ、じゃあ」


 少年と対面することに我慢できず、すぐにその場から走り出そうとするも足を止める。


 再び振り返り少年の顔を正視しようとするも、思わず顔を伏せてしまう。なぜだか少年の顔が見れないことに自分でも疑問に思いながら最後の力を振り絞り口を開く。


「……か」


「ん?なんて?」

 

「か、神室冬花(かむろとうか)……あなたの名前は?」


 ゆっくりと、しかし覚えてもらえるようにわかりやすく必死に自身の名を紡ぐ。

 

「ん?ああ、翔進羅黒(しょうじんらくろ)だけど」


 翔進羅黒……変わった名前だ。なぜか反射的にその名前を必死に脳に刻んでいるのが自分でもわかる。


 さっきから心臓がやたらと跳ね、動悸もする。さっきから自分に何が起きているかもわからず、その場から逃げるように少年に別れを告げる。


「翔進、そ、その、お互いがんばろうね」


 言い終わるやいなや、(きびす)を返し速足で教室に向かっていく。後ろから怪訝な視線を感じるが、気にする余裕はなかった。


 やはり今までにないほど体が温かい。やはり急に走ったりしたせいだろう。それ以外の理由は考えられない。


 窓の外を見ると既に雪はやんでいた。


 




 後日、翔進羅黒、神室冬花の両名は無事に栄凛高校に合格していたことが判明する。彼らは後に生徒会に所属し、神室冬花は栄凛高校最強の能力者として名を()せることとなる。 

 


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