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30話 開戦


「あ~あ、やっぱり知らない人の人格作成はぼろが出ますね」


 口では失敗を悔やんでいるが内心ではそうではないのか多薔薇は特に悪びれもなく口を動かす。

 

 先ほどアステラが見た羅黒と琴音の偽物を作り出していたのはほかでもなく多薔薇の神秘によるものだった。


「ま、灰賀さんが捕まえたみたいだし私は失礼させてもらいますよ~」


 白髪をたなびかせ、騒ぎから身を引いていく。


 幸い、多薔薇本人が何かをしたというわけではなかったので誰にも特に邪魔されることもなく自然と離脱することに成功した。


 だが、その多薔薇を視界に留めていた黒フードの人物が物陰にいたことにはキトノグリウスのメンバーを含め誰も知る由はなかった。



 



 景色が次々に変わっていく。視界に映った景色は数秒後にははるか後方へと置き去りにしていく。


 アステラを連れ戻すべく必死に足を振り下ろしては上げるを繰り返す。


 琴音には財布を渡し、直ちに避難するように言いつけた。羅黒の意図をくみ取ってか特に口答えすることなく琴音はうなずいた。琴音自身も自分は戦闘するタイプではないと分かっていたのですぐにその場から離脱した。


 歩行者がパニックになり、逃げ惑う人もいるせいで歩道が混雑していることに内心舌打ちするも足を止めず、勢いよく地面に足を振り下ろし、空中へと(おど)りでる。


 歩行、車道をいっぺんに飛び越し、地平線を見渡す。


(いた!!)


 アステラの姿が視界に映る。もっともアステラ本人は気絶しており、灰賀がアステラをすでにとらえてはいるが。


 だが、幸いにも距離はそれほど離れてはいなかった。それこそ全力の羅黒なら数歩で追いつくだろう。


(数秒で追いつく!)


 着地後、間髪入れずに狙いを灰賀久へと定め、コンクリートを砕くかの勢いで左足を地に振り下ろす―


 瞬間、光のような速さで弾丸のような何かが羅黒に飛来する


「っっ!」


 動作を途中で中断し、間一髪のところで左腕でガードする。だが、あまりの勢いに羅黒の体は右手側へと吹き飛んでいく。


 何とか身をひるがえし受け身を取り、数秒まで羅黒がいた位置に目をやるとそこには一人の男が立っていた。

 

 185はあろうかという身長に加え、アギトと違ってガタイもかなりいい。顔には派手な入れ墨が施されており、荒々しい印象を受ける。

 

 そして羅黒は気づく。先ほど弾丸のように羅黒にぶつかったモノはほかでもなくこの男だということだ。


「ああん?小癪にも今のを耐えるか。ちょっとはやるじゃねえの」


 立ち上がるとふてぶてしい眼差しをこちらに投げかける。しかし油断しているのか防御姿勢を取っておらず、スキが生じていた。


「邪魔だ」


 彼我(ひが)の差を瞬く間に埋め、義手を構える。


 出力装填(バーストオン)


 このタイミングで出てきたということは十中八九キトノグリウス、離れていくアステラを再び射程内に入れるためにも目の前の敵の即撃破を目指す。


(フルディング)地吼拳骨(エルダス)!」


 収縮された義手を一瞬で開放し、巨漢に打ち込む。


「っな!?」


―しかし驚くべきことに羅黒の義手は目の男には届いていなかった。拳が胴体にあたる寸前に、異様な力が働いて拳が止まったのだ。



 敵の体からばちばちと電気がほとばしっていた。羅黒の義手は当然金属製だ。それも超合金。


(磁力……いや、電気系の神秘か)


 羅黒が予想したとおり、電気操作の応用で磁力によって羅黒の金属製の義手を自身から引き離したのだ。


「おっらぁ!」


「っち」


 下から迫る回し蹴りを後ろに身を引くことで何とか躱す。後方に飛び距離を取る。


「貴様ら!そこで何をやってる!」


 羅黒が身を低くしていると前方から銃を抱えた小集団がやってくる。この騒ぎを鎮圧するためにやってきたガーディアンのだろうか。だが、あまりのも数が少なすぎる。


「大人しくしろ!我々には発砲許可も与えられている!貴様らがハチの巣になりえるということだ!」


 小隊長らしき男は高らかに言うと、こちら側をにらみつける。その視線が癪に障ったのか敵はひるむどころかむしろ身にまとう電撃が増していく。


 その様子から羅黒はこの後起こりうる事態を予期してしまう。態勢を立て直しすぐさま羅黒は地面をけりとばす。


「外野が……」

 

 電撃がほとばしる


「な、なんだ!?貴様大人しくしないと」


「逃げろ!」


 羅黒はガーディアンたちのもとに駆けだしていた。そして、コンマ数秒後臨界点(りんかいてん)を越したかのように閃光が走り去る


「出しゃばってんじゃねえよ‼」


 すさまじい雷撃が響く。頭上からすさまじい威力の電撃が落とされ、ガーディアンたちが()()()までいた場所には深々とクレーターが刻まれていた。


 間一髪のところで羅黒がガーディアンたちを蹴り飛ばす、もとい退避させたのだ。ガーディアンたちは吹き飛ばされた威力によってうなだれていたが、幸い致命傷は内容だった。


 羅黒が後方を振り向くと先ほどと同じく、男はふてぶてしい眼差しをしていた。


「そういや自己紹介がまだだったな。キトノグリウス所属、黄広アズマだ。」


 気づけばアステラの姿は完全に失っていた。その事実が羅黒に軽くない焦りを生み出す。しかし、黄広アスマは簡単に出し抜ける敵でもないことは羅黒も理解していた。


「アギトがぼこされたって言ってたもんだからどんな奴だと思ったらなかなかどうして期待させてくれるじゃねえの。っま、せいぜい楽しませてくれや」


 何より黄広アスマは自分を逃がしてはくれないだろう。だが同時に羅黒には一抹の希望もあった。


(さっき、空中で急に光った場所があった……おそらく閃光弾)


 羅黒は再び黄広と対面し、腕を胸部の前で構える。わずかばかりの希望をここにはいない『氷』の女子生徒に託し、黄広との戦闘に全霊を注ぐべく拳に力を入れた。





  



「ヤツはどこに行った?」


「わ、わかりません!ここら一帯を探したのですが……」


「ええい!こんな街中で賊一匹見つけられないでどうする!このままでは暑熱轟の名折れだ!もっと死ぬ気で探さんか!」


 

 上層から声が響く。灰賀はアステラを抱えたまま下水道へと逃げていた。そのまま地上で暴れてもよかったが、下手に手間取ってしまったら最悪アステラを奪われかねない。


 それにここは暑熱轟(あつねつとどろき)の学区内。生徒たちの多くは祭りや店舗経営などに熱を傾けるまぬけな連中ではあるが適当な実力はある。数で圧倒されれば、負けることはないまでも苦戦はするだろう。塵も積もればなんとやらだ。


 下水道はさいわいかなり広く、歩く分には苦労はしなかった。空気そのものが腐ったかのように陰鬱な雰囲気であり、どこから現れたかもわからないネズミが徘徊しているという点を除けばまあ悪くはない。


 目的地へと向かっていく。渦中から離れた地上でアギトと合流しそのままアジトへと向かっていく算段だった。幸い、あらかじめこういった事態に備えて暑熱轟の学区内の下水道のマップも調べてあった。


 閉鎖的な空間に足音のみが高らかに反響する。


 あとはこのまま地上に灰賀の気配が届かないように息をひそめて目的地まで歩いていく…


―はずだった。


「ッッ!」


 瞬間。


 灰賀の歩む道先が氷漬けになる。


 なんとか横に飛び、足が氷漬けになることは避けるも見つかったことに対する衝撃は軽くなかった。


(下水道に逃げ込んでいたのがばれていたのか……)


 靴の中に水が入り込むことにイラつきながら、顔を上げると暗がりから一人の人物が姿を現す。その人物からはあふっれる魔力の量からかなりの実力者であることがうかがえた。


其方(そち)は何者だ?」


 現れたのは一人の少女。湖のような水色の髪をたなびかせ、その可憐さは下水道という陰湿な空間でもなお色あせることはなく輝いていた。


 少女は灰賀が抱えるアステラの姿を視界にとらえる。


「さっき、この近くが急に光るから来てみたけど……正解だったみたい」


 灰賀の問いかけを無視して、少女はつぶやく。


「念のため聞くけど敵ってことでいいんだよね」


「そうだと言ったら?」


「全力で潰す」


 静かに言い切ると彼女の得物である鎖を構える。目の前の男を完全に敵と認識しすぐさま臨戦態勢に入る。


『神室……悪い』


 先ほどの少年の言葉が胸の中で響く。その様子はずいぶんと重々しいものだった。


(また面倒ごとに巻き込まれて……まぁ、相変わらずではあるけど)


 少女は少年のことを思いながらも、頬を緩めすぐさま敵と対峙する。


 氷の女王、神室冬花はアステラを奪還すべく戦闘へと突入した。

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