28話 急変
昼のひと騒動が終わり、近くにあった公園のベンチに腰を下ろしていた。先ほど、監視カメラ越しに殺害予告をされたせいもあったのかどことなく雰囲気が暗かった。
琴音も家の周囲の監視カメラをハッキングするも一切フードの人物は映らなかった。おそらく周囲の監視カメラの位置を完璧に把握しており、自身の痕跡が一切残らないようにしているようだ。
「結局、さっきのフードのやつはキトノグリウスってことでいいのか?」
「状況的に考えてそうとしか思えないですが……けど、なぜか違和感が残ります」
少し冷たい風がほおを叩く中、俺のつぶやきにアステラがどこか不安げに答える。
「それにあの人物、なぜか見たことがあるような気がするんです。」
「見たことあるったって顔はフードでおおわれてて完全に見えなかったんだぞ。それなのにわかるもんなのか?」
「い、いや、そうなのですが……」
やはりどことなく自信がなさげに応えるアステラをよそに俺も思考を巡らす。そもそもの話、いろいろとおかしな点があるのだ。
いくつもの罠を簡単に見破り、突破する。これに関してはやはり罠そのものを事前に知っているとしか思えないのだ。
そして、先ほどの俺に対する殺害予告。明らかに俺に対する恨みを持っている。だとしたら俺も知っていそうな人物なのだが……
(視線の正体か?)
昨晩の病院、そして家での視線
その正体が先ほどの黒フードなのではないか?
が、いかんせん予測するには情報が少なすぎる
加えて、発言だけを考慮するならアステラよりも俺のことに執着を持っていそうだった。最も、これに関しては根拠が少なすぎるのだが。
「琴音、あの映像から人物像とか絞り込めないか?」
「今やってる、けど情報が少なすぎてもう少し時間かかりそう」
ノートパソコンを動かしながら琴音は答えるもやはりどことなく疲れが生じていた。
「……悪いな、勝手に巻き込んじまって」
「んん~、いいよ別に。あっ、じゃあ今日超高級スウィートルームに泊まりたい」
「残念ながらそこまでは許さねえよ」
「ええ~、あにーじゃのけち~」
目を細め、琴音は不服そうに答える。さすがにスウィートルームは無理だが、巻き込んだ手前申し訳ないのである程度はいいホテルに泊まることを心の中で決める。
冷たい風で木がなびく。四月なのに少し寒い。
ふと横を見るとアステラがなぜか足をもじもじとさせていた。気のせいか顔も何となく赤い。
「?アステラどうした?」
「い、いえ、別になんでもありません。」
とはいうがやはりアステラは足をもじもじさせていた。
「あにーじゃ、おチビはうんちしたいんだろうから察してあげなよ。」
「ああ、なるほど。」
「誰がおチビですか!その呼び方やめてください!あと別にうん……したいわけじゃないですから!」
「え?なんて?」
「え?いや、だから、うん……ち」
「ん?」
「しつこいです!」
琴音とアステラでにぎやかな口論を発展させる。ずいぶんと仲がいいようだったので好きにさせておくことにする。
が、しばらく口を動かしていると忘れていたことを思い出したかのようにまたアステラは足をもじもじさせた。
「お前とりあえずトイレ行って来いよ」
「わ、私は別にトイレなんか行かなくても平気です!というか一生トイレなんか行かなくても平気です!」
「お前は昔のアイドルか。漏らしても困るからはよ行け」
そういうとアステラはしぶしぶといった表情でトイレへと向かっていった。その足取りは異常に早かったが。
キトノグリウスに奇襲されると困るのでトイレの近くで待機しようとするとアステラから全力で拒否された。とはいってもトイレは公園の中にあり、近場なので大丈夫だろう。へたにロリコンの疑惑を持たれても困るので大人しくベンチに座ってることにした。
しばらくしていると、不意にポケットの中が振動する。
ポケットの中の携帯を持つと、電話だった。着信には「神室冬花」とあった。
「もしもし、どうした神室、いきなり電話かけてきて」
「どうしたじゃないでしょ、なんで学校来てないの?」
少し圧迫感のある声が携帯の向こう側から響く。
神室冬花。セフター3にして栄凛高校最強と言われている生徒。
神室の発言で自分が学校をさぼったということを思い出す。
「あーあ、悪いちょっと急な用事があってな……」
「用事って昨日のアステラとかいう子の?」
「ああ、そんなに厄介ごとには巻き込まれてないから心配すんな」
「昨日体中ナイフ刺さってたやつが言っても全く説得力ないんだけど」
うっ、と声を漏らしてしまう。やはり嘘はあまり得意ではないと再確認させられる。
アステラの件に関しては俺が勝手に首を突っ込んだのだ。神室に手助けしてもらえれば楽なのは事実ではあるが、かといってこちらの事情で危険にさらすわけにもいかなかった。
「アステラが現代に慣れるために暑熱の学区内を観光してるだけだ。」
「ほんとに大丈夫なの?」
「ああ、悪いな心配かけてるみたいで」
「し、心配してるわけじゃ……」
神室の声が途端に弱弱しくなる。
「それより明日は学校来て。春祭の準備とかもいろいろたまってる―」
神室が言い終わる前に発砲音がどこからか響く。発生源であろう場所をみるとそこは公園に設置されている公衆トイレがあった。
銃はアステラが持っている武器である。ということは―――
いやな汗が背中に流れる。
「おチビにつけてたGPSの反応が消えた」
「‼」
横にいる琴音も深刻な顔を浮かべ、事態の深刻さをより痛感させる発言をする。
思えばアステラがトイレに行ってからかなり時間がたってる。もうとっくに返ってきていい時間だ。
確実にアステラに何かあった。それもよくないことが。
「?翔進?どうしたの?今発砲音が聞こえたけど」
「悪い神室、緊急事態だ。切るぞ。」
ベンチから勢いよく立ち通話を終了しようとする、と
「場所は?」
通話終了のボタンを押す寸前、電話越しに落ち着いた声で問われる。神室も今の一瞬で何があったのかを理解したのだろう。先ほどの葛藤を横に置き俺は無駄な情報は一切省き神室に淡々と必要最低限の情報を伝える。
「暑熱学区内の公園だ。名前は知らない。URLを今送る。」
「了解」
「神室……悪い」
「いいから、はやくアステラちゃんを追って」
電話が切られる音がする。感謝の念とともに自身に対する愚かさがこみあげてくる。完全に油断していた。ここまではやく場所を特定されるとは。それ以上にこうまであっさりとアステラを攫われるとは。
公園に設置されている公衆トイレの方角に目をやると、アステラを抱えた数人のグループがそこから離脱しようとしていた。
一目散に地を蹴る。アステラを奪還すべく死闘が幕を上げようとしていた。




