25話 ラーメン屋にて
人がごった返す道を何とか進んでいくとようやく目的地が見えてくる。そこは老舗の店なのか店を構築している木材も古びているように見え、顔を上に向けると『ずばずば』という一見何の店かわからない看板が視界に映った。
「……何屋さんなんですかここ?」
「ラーメン屋だよ……いちおう」
「なんていうかすごい名前ですね」
「否定はしないけど、味は確かだぞ」
歪な扉に手をかけ、店内に入る。幸い店内にはいくつか席は空いているようだった。
「すいませーん。三名でおねがいします」
「らっしゃーい。三名様のごあんない―――って羅黒っち!」
来店の声を店員に知らせるとこちらに向かってきた男は髪をカチューシャでオールバックにしており、背丈は俺よりもいくらか大きいというような感じだ。全体的にすらりとした体と少し派手な金髪がラーメン屋特有の黒Tシャツと不釣り合いに見える。というよりその見た目がラーメン屋には似つかわしくない存在である。
「お久しぶりです、晴林さん。というかなんで平日の日中に学校じゃなくて家にいるんですか」
「それ羅黒っちもじゃね?というか羅黒っちって妹二人もいるんだっけ?」
カチューシャの男はアステラのことも妹だと思っているようだ。まあはたから見ればそう見えてもおかしくないが。
アステラも琴音も目の前の男がどういった人なのかわからずきょとんとしている。
「この人は晴林啓介。暑熱轟の三年で生徒会長をしている人。この人の親父さんと一緒にこのラーメン屋をやりくりしてる」
「晴林でーす。よろしくねー」
笑みを浮かべながら晴林はこちらに手を振る
「あ、アステラです。よろしくお願いします」
「こ、琴音。うちのあにーじゃがいつも問題行動ばかりして申し訳ない」
「してねえよ。勝手にお前の兄貴を不良生徒にすんな」
琴音の頬を軽く引っ張る。その様子がおかしいのか晴林は顔を緩ませていた。
「あっはははは、よろしくねアステラっち、琴音っち。にしてもほんとに琴音ちゃん、羅黒っちの妹?かわいいね、羅黒っちと違って」
「余計なお世話ですよ」
「ごめんごめん。だって羅黒っちどっちかって言うとこわもての感じじゃん。んで、そっちのアステラっちは?」
さすがに名前から俺の妹ではないと分かったようだ。そもそもあまり見た目も似ているとは思えないが。
「こっちはアステラで、えーとなんだっけ、イタリアのパリ?から来たんだっけ?」
「イタリアのパリ?」
「違います!というかその設定はもうやめたって言ったじゃないですか!」
アステラは頬を膨らませ俺の服を掴み抗議するかのように体を揺らす。だが、悲しいことにほとんど力を感じなかった。やはり年の差だろうか。
「えーと、よくわかんないけど訳ありの子ってこと?」
「まあ、そういう感じです」
「なるほど。にしても羅黒っちは相変わらず事件に巻き込まれがちだよねー。まあ、うちでゆっくりしていってよ」
晴林先輩に軽く一礼すると、厨房から怒鳴り声が響く。声の太さからしていかつい男といったところか
「啓介!てめえいつまでさぼってやがる!」
「げっ!親父!?今行くから!」
どうやら店の主人、晴林さんの父親のようだ。晴林先輩は体を震わせて急いで俺たちをテーブル席に案内したのちすぐさま厨房に戻っていった。
店内は混んでいたもののオーダーを出してからラーメンが配膳されるまではあまり時間はかからなかった。回転の速さも『ずばずば』の人気の理由の一つだろう。
テーブル席で俺の隣に座る琴音はダイ〇ンの掃除機のようにひたすら麺を口の中へと吸引していっていた。
「あにーじゃ、このああめんうごうおいいい!」
「何言ってっかわかんねえよ。とりあえず落ち着け」
ハムスターのように口を膨らませている琴音の口をティッシュで拭きながら俺はため息をつくが、それはそれとして『ずばずば』のラーメンは実際においしかった。
こってりとした味噌味のスープにチャーシューがこれでもかとトッピングしており、これこそ王道のラーメンとでもいうようなものだった。これを前にしては自然と箸が進むのも道理であろう。
隣でアステラも顔を緩ませてラーメンをすすっていた。どうやらアステラもご満悦のようだ。
しばらくすると琴音の器はスープすらなくなっていたが、まだ満ち足りないとでも言うように琴音は少し口をとがらせていた。
「……腹減ってるなら俺の分も少し食うか?」
「食べる!あにーじゃありがと!」
俺の分の器を琴音に渡すと再びすさまじい勢いでラーメンをすすり始めた。
そんな琴音の姿を見てお冷を片手にほほえましく思っていると、隣にいるアステラがどことなく不満げな顔をしていた。
「なんだ、お前もまだ腹減ってんのか?」
「違います!琴音さんと一緒にしないでください!そうじゃなくて襲われる心配がないか考えていたんです」
襲われる心配
キトノグリウスが襲撃してくるのではないかということだろう。先のアギトの襲撃からキトノグリウスは周りを巻き込むことをためらわない節がある。
正直その危険性はあるが、あのまま家にいる方がやはりヤバいだろう。謎の視線の件もある。
とりあえずアステラを安心させることにする。
「ここら一帯は暑熱轟の学区内で能力者だらけだからな。下手に騒ぎを起こしたら最悪返り討ちに会いかねないしさすがに来ないと思うぞ。晴林さんだって暑熱轟の副会長をするだけあって相当な実力者だしな」
「それはそうかもしれませんが…」
俺の言葉に少し納得していないのかアステラの声にはあまり力がなかった。
「不安になるのもわかるけどあのまま家にいるのもやばいと思うぞ。たぶんあいつら俺んちを特定してすぐ来るだろうし」
「ということはしばらくは家に帰らないということですか?」
「そういうことになるな」
しばらくはホテル泊まりになるだろう。できれば格安のビジネスホテルにでも泊まりたいが琴音がいる手前そうもいかない。というより俺が勝手に持ち込んだトラブルだ。巻き込まれた琴音に無理をさせるわけにはいかない。
財布の軽くなることに多少のためらいを覚えるも背に腹は代えられない。いったい家に帰れるようになるのはいつになることやら
先行きに不安を覚えていると先ほどから終始無言でラーメンをむさぼっていた琴音が何かに気づいたようにスマホを取り出す。
「……あにーじゃ、うちに誰かが来たっぽい」
「まじか。さすがにそこまではやくなるのは予想してなかったな。」
「来たって何の話ですか?」
話の内容がわからないのかアステラは首をかしげる。
「家の中に琴音が何個か監視カメラを設置してて、その映像がリアルタイムで琴音のスマホに送られてるんだよ。うちの家は今鍵かけて無理くり開けようとしない限り誰も入れないはずだ」
「ということは……」
「十中八九キトノグリウスだろうな。さすがにここまで早いとは思ってもなかったが……琴音、スマホみせてくれ」
「ほい」
侵入という任務で一番向いているのはやはり瞬間移動の神秘を持つアギトだが昨日の戦闘でかなりの重傷を負ったはずだ。いくら何でも昨日の傷を抱えたまま来るとも思えない。
ということはほぼ確実に別の人間、灰賀久、もしくはそれ以外の人間。顔を確認すればそいつを叩いて組織の人間の情報を吐かせてキトノグリウスを壊滅させられる。
「さてと、どんなツラのやつが来たのか拝もうとするか」
箸をおき、俺はゆっくりとスマホの画面へと視線を下ろした。
 




