22話 アジトにて
町の中心部、そこから50Kmほど離れたところにアギトが先ほどまでいた。さらに移動したところに彼らの、キトノグリウスのアジトがある。
アジト、とはいってもどこぞのヤクザのように事務所のようなものを1軒まるまる所持しているのではなく、人もいない工場跡のような場所である。
壊れかけた機械などが散逸しており、どことなく錆臭い。組織が発足して間もないため、予算がないのは仕方ないが、もう少しまともな場所はなかったのだろうかとアギトはため息をつく。
「ただいま、戻りました。」
工場内にある事務所のような部屋にアギトと灰賀はたどり着く。とはいってもそこに誰かがいるわけでもなかった
いつもならゲームに熱中したキトノグリウスのボスがいるのだが、不在のようだ。
アギトは備え付けてあったパソコンを打ち、ボスに連絡を送る。
アステラこそ逃したものの指輪は一本だけ手に入れていた。
先ほど翔進羅黒に拘束された際、懐にしまっていた指輪はすべて取られてしまっていた。(それだけでなく財布の中身も全て取られていたことにはさすがに頭に血が上ったが)
しかし万が一に備えて指輪の一つを自身の体内に瞬間移動させておいた。そのおかげで精進羅黒に拘束された際も気づかれず、何とか一つは指輪を持ってこれたのだ。
アギトはこれを完璧とまでは言わないでも必要最低限の仕事はこなしたものだと思っていた。
「……」
指輪をまじまじと見つめる。
自身が保有する以外の神秘を使える代物。さらに使い捨てというわけでもないらしい。これを複製し、量産すれば確実に時代が変わる。強力な神秘を指輪に設定できたときにはそれこそだ。
適当な人間に複製した指輪を渡して使用させれば簡単に強力な能力者集団ができる。
それほどの代物が今自分の手の中にある。アギトは好奇心に逆らおうともせず、指輪を自身の指にはめてみる。
横領しようというわけでもない。ただ、試しに一度だけ。自分が回収してきたのだからこのぐらいのことは許されるはずだ。
サイズが自身と合うか不安だったが、思いのほかぴったりとはまった。大きさが変動する仕組みなのかもしれない。
アギトは先ほどのアステラの様子を思い浮かべる。アステラが指輪を使ったのが栄凛高校での一回のみだったが、その光景は今での脳裏に焼き付いている。
アステラと同じフレーズを口ずさむ。
「神秘開放」
指輪に魔力を流し込む。指輪に秘められた神秘が何であるかわからないが、それでも自分以外の神秘を扱えるという事実に胸が躍る。
「---」
しかし、いっこうに何も起こらない。おかしいと思いアギトはさらに魔力を指輪に流す。
その時だった。
体中に電撃が走り去る。
「っっ!?」
突然の痛みに耐えられず、アギトは床に倒れのたうち回る。電撃の威力がシャレになってない。このままでは本当に死にかねない。
電撃の源は明らかに指輪であろう。一目散に指輪を外そうとする…………
「な!」
外れない。
強引に外そうとしてもびくともしない。
「がああああああああああああああ!」
床をのたうち回りながら、必死に魔力を集中させる。
「外れなさいいいいいいいいいい!」
神秘で指輪のみを瞬間移動させることでやっとのことで指輪の拘束から逃れる。
カランと、指輪が床に落ちる。
『アステラを連れてこい。指輪の方は後で何とでもなる』
襲撃前にボスから言われていたことを思い出す。
その言葉は指輪のことはそこまで重視していないように感じる。もしかしたらボスはあらかじめ、このことを見越していたのかもしれない。
「アステラ以外の人間が使えば今のようなことになるのか?」
翔進琴音がもしもの時に備え、指輪に規制コードを入力していたのかもしれない。指輪をめぐって争いが起きないように。
指輪の解除コードを知りえる人物はほかでもないアステラだろう。だから、ボスはアステラを連れてくることを強調したのだろう。
どうやら自身の行動は特に意味のなかったものだったとアギトは気づく。それどころかアステラや翔進羅黒に余計警戒心を覚えられただろう。
自身の失敗を恥じ、無機質な床の上でうなだれる。
「アギト、何をやってる?」
後ろから声をかけられ、振り返ると相変わらず眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をした灰賀がいた。
帰宅したにも関わらず、まったく緊張を解いておらずアギトは身震いしてしまう。
「い、いえ。大した問題ではありません。心配してもらわなくても結構です」
「……………………………まあいい。それよりすぐに支度しろ。今から翔進羅黒の家に襲撃する。久を近くまで運んでいけ」
「今からですか⁉」
今のアギトははっきり言って満身創痍である。体内には瓦礫のかけらが埋もれているだけでなく、翔進羅黒に殴られた傷も深い。
加えて、こちらの数も用意できてない。これでは………………
「灰賀さん、落ち着いてください。いくらあなたでも一人では危険すぎます」
「久があの程度の輩に負けるとでも思っているのか!?」
アギトの手を引き、すぐさま出発しようとする灰賀。
灰賀久はかなり、というか異常なほどプライドが高い。それこそ一つの失敗など許さない。先ほど翔進羅黒に一杯食わされたのがよほど癪に障ったらしい。
だからと言って好きにさせるわけにはいかない。準備不足が原因で失敗することは目に見えている。
「灰賀さん、悪いですが、今回はあなたに賛同できない。大人しく引いてください」
できる限り丁寧に、かといって引き気味になりすぎないように言葉を選んだ。が、それで大人しく灰賀が言うことをきかないことぐらいはアギトにも分かっていた。
「……いいだろう。ならばならば無理にでも連れていくだけだ」
灰賀の周囲に灰のような何かが展開される。もはや有無を言わさないらしい
(っく、やはりそうなりますか)
アギトもあきらめて迎撃態勢を取る。傷口が開きかねないがしょうがない。
まさに一食触発の場面で、扉から二人の少女が部屋に入ってくる。二人は目の前の状況を見ても驚きもせず、一方はつまらなそうな目で、もう一方は面白そうなものでも見る目をこちらに向けている。
「…ケンカ?」
片方は子供で黒髪を二つにまとめており、表情は乏しい。キトノグリウスという犯罪組織には似つかわしくないほど幼い少女。名前はローズと本人は言っている。
「相変わらず野蛮ですね~」
もう一方の少女、多薔薇澪は年齢としては大体高校生だろう。腰まであろう白髪、きめ細かな肌、細くのびる肢体、だが胸や臀部など出るところは出ており、その体つきは男をくぎ付けにするだろう。
だが、アギトは後者の少女には苦手意識を持っていた。少女のことをよく知らないということもあるが、それ以上に不気味なのだ。
「其方が何の用だ、消えろ」
「ふふ、ずいぶんな物言いですね」
灰賀の言動など意に返してないように多薔薇は部屋に踏み入れ、その優艶な顔に笑みを浮かべ、隣に立つローズの手を引く。
「話は聞いていましたけど、アギトさんの言う通り大人しく待った方がいいと思いますけどね~」
「ふざけるな。この件は久が片をつける。部外者は引っ込んでろ」
「なんて言ってますけど、どうするんですか?」
多薔薇は今後の方針をアギトに放り投げるが、そんなのこっちだって知りたい。というよりも、どうすれば灰賀を押さえつけられるかが重要なのである。
灰賀は周りに対して全く配慮はないが、いかんせん強いためアギトはあまり強く出れないのだ。
だが、ここで好き勝手されても困る。
アギトの心臓が締め付けられる中……
ぴろんと
備え付けのパソコンが鳴る。みると先ほどボスから連絡が来ていた。
パソコンの画面には次のような命令が記されていた。
翌日、翔進羅黒の家に襲撃。不在の場合、そのまま多薔薇の神秘で索敵
メンバーはアギト、多薔薇、灰賀、そして黄広
アステラを必ず捕らえろ
「とあります」
アギトが一通り、読み上げるとそこにいるメンバーは思い思いの反応をする。どうやらボスは今回の件には手を貸さないつもりらしい。おおかた、ゲームにでも熱中しているのだろう。
「こんなもの、久一人で十分だ。今すぐに行かせてもらう」
だが、ボスからの命令が来ても灰賀はやはり否定的で今すぐにでも飛び出ようとしていた。
が、送られてきたモノはこれだけではなかった。もう一つファイルがあり、開いてみると先ほどの続きのようだ。ただし、組織全体ではなく灰賀あてのようだが
先ほどと同様にアギトは送られた文を読み上げる
「心配しなくともお前には翔進羅黒としかるべきタイミングで戦わせてやる、と書いてありますが」
灰賀の動きが止まる。
顔が見えないのでよくわからなかったが、考え込んでいるようだった。
「っち!」
静寂を打ち破るように、灰賀はあからさまな舌打ちをし椅子を乱暴に蹴ると部屋から出ていってしまう。
…………命令には従うということだろうか?
少なくとも今すぐにアギトに運ばせようとしないところ今すぐ襲撃に行く気はなくなったようだ
「話は終わったようですし私も失礼させていただきますね~」
多薔薇もローズもそれに続いて出ていった。
アギトは一人部屋の中に取り残される。
灰賀のプライドが高いのはもともと。だから、自分のプライドに泥を塗った翔進羅黒を狙うのはわかるが……今回はやはり異常だ。ボスからの追加のメッセージの内容から言って灰賀は何かの理由で翔進羅黒を意識しているように思える。
静寂に満ちた部屋で思索に更けていると、稲妻のごとく痛みが体を走る。まだ、傷の手当てを済ませていないことに気づく。
医療器具を用意するためにアギトは漠然とした謎を残しながらも部屋を後にした