19話 アギトVS羅黒③
「ふう、さすがに疲れましたね」
アギトは人のいない公園のベンチに腰を下ろしていた。
公園にも公園の遊具にも子どもはおらず、近くは静寂に満ちていた。
「さすがに連続で使いすぎましたね、魔力が回復するまであと少しといったところですか」
先の戦闘で思いのほか魔力を消費しており、アジトまで魔力がもたないとみてアギトは公園で休んでいたのだ。
体の内部には先ほどの戦闘で翔進羅黒にがれきを体内に入れられた(もっとも瞬間移動でがれきがあった場所に移動したのである意味自業自得ではあるのだが)箇所が痛む。後で取り出す必要があるだろう。
「ですが、さすがにもう追ってこれないでしょう」
過剰なまでにメスを投げ込み、そのうえトラック二台に猛スピードで挟まれたのだ。いかに能力者と言えども生きているはずがない。仮に息があったとしてもとてもアギトに追いつけるとは思えない。
「アステラをとらえられなかったのは痛いですが……指輪だけでも手に入れられたのでよしとしましょう」
アギトはベンチから腰を上げる。魔力も少しは回復した。もう十分アジトまでもつだろう。
空を見上げるとちょうど太陽は空の隅にあり、夕焼けが美しかった。疲労で疲れた体をゆっくりと動かしていく。そのまま公園の出口へと向かう。
アステラから奪い取った指輪をまじまじと眺める。これさえあればキトノグリウスも目覚ましい進歩を遂げれるはずだ。
そう考えると先ほどまでの体の重さが嘘のように軽くなる。足取り軽く公園の出口へと向かっていく。
あとはもう誰にもばれないようひっそりと移動していけばいいだけだ――――
「よう、ずいぶん手間かけさせてくれたな」
「………………………………………………………………………………………は?」
アギトの目の前には体中から血だらけの少年がいた。地面には血の斑模様を形成しており、どう考えても致命傷である。
だが体から湧き出る気力は瀕死の人間が放つそれではない。むしろ死神の鎌すらへし折りかねないほどの生力が少年から湧き出ている。
「馬鹿な…………なぜ生きている、翔進羅黒ォ!!!」」
アギトの命を狩らんとするような目をこちらにおくびもなく向ける少年、翔進羅黒がそこにはいた。
「なぜです、先ほどの攻撃は当たっていたのはこの目で確認しました……いったいどうやって回避したというのです!?」
「何言ってんだ、躱してなんかねえよ、回避する瞬間お前が足にメス刺したせいでもろにトラックにはさまれたんだよ」
「じゃあなぜ生きているのです!?」
「別に特別なことはしてねえよ、お前もさっき言ってたろ、頑丈なことだけが俺の取り柄だって」
「そういう次元を超えている……このストーカめ!」
「幼女さらうヤツに言われたくはねえよ!」
すぐさまふところからメスを取り出す。それに呼応するかのようにすぐさま翔進羅黒も飛び出す。
「どうやらあなたを始末しない限り帰れないようですね!」
翔進羅黒の神秘「超耐性」のタフネスさは尋常じゃないのは事実だ。しかし、決して不死身ではない。首を落とせば、確実に死ぬ!
狙うは急所。メスの一本でも急所に入れば、アギトの勝ちである。メスを瞬間移動させる。
だが、
「なに⁉」
瞬間移動させたメスはひとつも翔進羅黒の体にかすりもせず、地面に落ちる。
「どうやって……」
翔進羅黒の動きをみるとすぐに答えは出た。
羅黒は先ほどまでのただ直線的な動きとは異なり、ある時は曲線的に動き、またある時は地形を活用し木々を伝っていく。速度、動き、あらゆる要素を操り変幻自在に動いている。
「動きが読めないっ!」
アギトの瞬間移動で重要なのは空間把握と動きの予測である。特に動きの予測は対象の内部にメスを瞬間移動させるためにはかなりの精度が求められる。
そのため相手の動きが読めないことはアギトにとって劣勢を意味する。
気づけば、翔進羅黒はアギトの懐に入っていた。
「おらぁ!」
「っく!」
放たれた拳を瞬間移動で何とか羅黒の背後にかわす。
だが再び翔進羅黒の体が加速し、先ほどの不規則な動きを再開する。
(まだ動きは読み切れない、時間をかければこちらが不利……ならば)
装備しているすべてのメスを取り出す。
(ならば直接首を切り落とす!)
注射器、メス、ただ一本を残し、ひたすら翔進羅黒に向かって、投げ込む。当然すべて回避されるが、動きを限定できた。
「出力装填」
羅黒も勝負の分かれ目とみたのか、右の義手を構え、一直線に突っ込む。
アギトは一瞬右手側を見る。
瞬間移動は物体がある地点に移動すると体の内部にその物質が入り込み、致命傷を負いかねない。なのでどうしても移動先を注意する必要があり、視線が移動先を向いてしまう。
しかし、移動先を必ず見る必要があるというわけではない。移動先が安全だとわかっていれば視線も必要ない。
(視線の先に必移動すると思っているのでしょう、そこが好機!視線のブラフさえあれば、一瞬私の方がはやい!)
羅黒の拳をやすやすとかわす。だが、移動先は視線が向く右側じゃない、羅黒の背後だ。
おそらく翔進羅黒は右側に向かって追撃を仕掛ける、そのスキに一瞬で首を切る
「これで終わりですっ!」
羅黒の背後に瞬間移動すると同時に全身全霊の魔力を最後のメスにこめ、首に振り下ろす。
完璧なタイミング。これを避けられるすべはない!
確信した勝利。流れに逆らわず振り下ろしたメスは
「―――そう来ると思ってたよ、重要な場面で絶対に背後を取るって」
空振りに終わる。
「っな!?」
渾身の一撃を予期していたかのように羅黒は身をひるがえし、後方を振り向く
渾身の一撃をかわされ、アギトは完全に無防備となる。
(なんとか回避を!だめだ間に合わない!)
鋭角な殺意がアギトをついにとらえる
敵を仕留めるのは一撃あれば事足りる!
「超地吼拳骨!!」
必殺の一撃はついに無防備のアギトの体に直撃し、アギトの骨を枯れ木のごとく粉々に砕く。体は光ののような速さで吹き飛んでいく。勢いを失ったのはアギトの体が木をいくつかへし折った後だった。
なんとか体を動かそうとするも脳からの命令を体は拒絶する。翔進羅黒が近づくのを見て、アギトは悟る。
「詰みですか」
「そういうこった、あきらめろ」
「心配しなくてももう指一本も動かせませんよ」
消え失せかけていた意識を何とか働かせ、鋼のあごをなんとか動かす。
「なぜです、なぜ最後私の動きが読まれたのです?」
アギトにはそれだけが気がかりだったのだ、視線のブラフは完ぺきだったはずだ。
「視線のブラフだろ、そんなの最初から気づいてる。特に最後らへんはわざとやってる感じがあったんでな、フェイントだとは思っていたよ」
「ではなぜ私が背後にいると?それだけでは私の居場所まではわからないはずです」
「それはもっと簡単だよ、スピードタイプに多いんだが、相手の背後を取るクセがある奴が多いんだよ、相手の死角をとれるからな。あんたも割合として背後を取ることが多かった、とくにピンチのときとかはほぼ100%だった。だから決めに来るときは絶対に背後以外はないと思ってたよ」
アギトの視野がだんだん薄くなっていった。
「ということは最後の場面では誘ったのですか、私があなたのは背後を取ることを」
「正解だよ、あんたに攻撃を当てるのはかなりめんどくさかったからな、移動先を読めるようにする必要があったんだよ」
自分はまんまと翔進羅黒の策にはまったというわけだ。
能力だけならアギトの方が優れていたのだろう。だが、『超耐性』による圧倒的なタフネスさと戦闘経験がそれをくつがえした
「なるほど、どうやら最初から私の勝ち目はなかったようですね……」
それがアギトが意識を失う前に口から発した最後の言葉であった。
おまけ
ステータス
アギト
ランク:ハザード2.5
神秘『転移送操』:空間転移
魔力 D:62
俊敏 F:42
力 G:32
器用 B:82
耐久 D:65




