18話 子供心
少女は一人街中を歩いていた。
なにか目的があったわけではない。ここ最近春花祭の準備で忙しかったので拂刃会長から休むよう指示されたのだ。
とはいってもやることもなく時間を持て余していた。
夕日によって美しく光る水色の髪は風になびき、彼女の魅力をより引き立て、歩行人の眼を引き留める。しかし、彼女から放たれるオーラは氷のように冷たく常人には近づくことすらできなかった。
そんな彼女がすることもないとあきらめ、家に帰りかけると人々のざわめきが聞こえてくる。
「おい、あっちで火事が起きてるってよ!」
「マジで!?」
「そうなん?俺が聞いた話だと能力者同士が戦ってるって聞いたよ」
「ま!?めちゃくちゃ危険じゃん、はよ逃げよ」
次々と情報が彼女の耳には情報が入ってくる。
ようするに事件の発生ということだが、彼女には関係なかった。というか下手に関係を持とうとすると後々面倒ごとになるのは明白だった。
だから、彼女はそのまま去ろうとしたのだが―――彼女の耳に無視できない情報が流れてくる。
「なんか戦ってたのって、片方子供っぽいよ」
「マジで!?どうせデマなんじゃねえの?」
「ほんとだって、なんか白髪のチビなんだって。160ぐらいだから中学生ぐらいなんじゃないの?」
160、白髪……
拾えた情報から彼女のよく知る人物が頭に思い浮かぶ
「…………翔進?」
彼女のよく知る翔進羅黒という人物はかなり渦中に突っ込むような日常を送っている。
「またなんか巻き込まれてるの?」
思索に更けたのち彼女はしぶしぶ帰路に向かう足を止める。
向かうはその火災があったという場所だ。面倒ごとでないこと心の中で祈りながら彼女は、神室冬花は目的地へと足を運んでいった。
天城とアステラはトラックの運転手を車体の外に持ち出し、安全地帯まで運ぶことに成功した。
「よかった、とりあえずこの人は傷も深くなさそうですし救助隊の人に任せれば大丈夫そうですね」
「そうですね、あとはあのおじさんが来れば…」
手伝いにきた男はアステラたちが二人がかりで開けていた扉を一人で開けていたので大丈夫だろうと思っていた。だが―――
「おじさん!?」
男は運転手とともに地面に伏していた。
「くそ、こんな時に腰が…」
男は何とか力をふりしぼるも体が言うことを聞かないようだった。
「っつ!」
「アステラちゃん!?」
気づけばアステラと天城はその男のそばに駆け寄っていた。アステラは男を天城は運転手に肩を貸す。
「何やってんだ嬢ちゃん!危険だ!ここから離れろ!」
「断ります、今ここでやらないと後でわたしは後悔します。……羅黒さんだってそういうはずです」
「嬢ちゃん…………すまねぇ」
一歩、また一歩と少しずつではあるが確実に前進していった。
だが、圧倒的に時間が足りなかった。火の手は着実にトラックに迫っている。
「お願いだから間に合って……」
「……だめだ、間に合わねえ」
アステラの心からの叫びを男は無上にも否定する。
「なんで!?あきらめないでください!」
「いや、確実に間に合わねえ、このままじゃどのみちみんなくたばっちまう。だから俺じゃなくてあっちの嬢ちゃんを手伝え」
男は天城を指さす。先ほどは二人で運んだので簡単だったが、女性一人に人ひとり運ぶのは酷だろう。
「頼む、俺のせいで嬢ちゃんたちまで死なせたくはねぇ……」
涙ながらの頼みをアステラは断ることはできなかった。
「……ごめんなさい」
「気にすんな、もともと俺が勝手にやったことだ、あ!そうだ、死ぬ前の頼みだ!パソコンを処分してくれ、あれを嫁さんに見られちゃ殺されちまう!」
「……はい、わかりました」
「おう、頼んだぞ」
できるだけ笑顔でアステラは答えた。それが死にゆく者にかけられる最後の情けだと知っているから
天城のもとに駆け付け、運転手を運ぶのを手伝う。何とか安全地帯まで運べたもののもうトラックはあと数秒もかからずに火が移り、爆発するだろう
「うぅ、ごめんなさい…」
アステラは目をつむる。命の灯が消える瞬間を見るのは耐えれなかったからだ。あと数秒で爆破するだろう。
5、4,3,2,1…………………
だが、いくら耳をすましても爆発音はアステラには届かなかった。不思議に思いそっと目を開けるとそこには先ほどとは真逆の光景が映し出されていた。
「トラックが氷づけに!?」
トラックどころかすべての炎は消えており、かわりに白銀の世界が広がっており春にも関わらず異様に寒かった。まるでここだけ南極にでもなったようだ
「これはいったい……」
アステラが不思議に思っていると一人の少女を反対側の歩道からこちら側に近づいてくるのに気付いた。
「あれは……冬花ちゃん!」
「愛さん、なんでここに」
天城から冬花と呼ばれた少女は水色の髪が特徴的で、華奢でありながらどこか凛とした雰囲気を持ち合わせており天城とは違ったタイプの美少女であった。
ただ、天城と比べて少し目つきが鋭くアステラには少し近寄りがたいように感じた。
「ここで一体何があったんですか?」
「その、アステラちゃんを襲ってきた敵と戦ってて、その影響でたぶん事故が発生しちゃたんだと思います」
「アステラ?もしかしてその子が?」
冬花という少女はアステラに目を向ける。なんとか目を合わせようとするも人見知りが発動し天城の背後に隠れてしまう。鋭い目つきに委縮してしまう
「えっと、アステラちゃんのことはまた紹介します」
「そうしたほうがいいですね、それよりここに翔進が来てるんですよね?」
天城はうなずく
「わかりました、私は翔進を追います。どうせトラブルに巻き込まれてるでしょうし」
「わかりました、冬花ちゃんも気を付けてください」
冬花は踵を返し、そのまま去っていった。
「愛さん、今の人は?」
「今の人は神室冬花ちゃんていう栄凛高校に所属していて羅黒くんと同じ二年生です。かわいいだけじゃなくて生徒会にも所属していて私たちの学校で一番強いって言われている子です。」
「一番強い……けど、その、ちょっとだけなんですけど、すごい怖かったです。なんていうか氷みたいに冷たいオーラというかなんというか」
自分でも失礼だとは思っていたがそれでも言葉にせずにはいられなかった。だが、天城はそれでも優しく微笑み
「大丈夫ですよ、たしかに最初は怖いと思うかもしれませんが、本当はちょっと不器用なだけで、根はやさしい子なんです。アステラちゃんもすぐに冬花ちゃんと仲良くできます」
天城に頭を撫でられながらそういわれると、本当にそうなる気もしてきてなんだか安心する。
「私にできますかね?」
「できますよ、きっと」
天城は笑顔でそう言い切る。
「あの~、嬢ちゃん、ちょっといいか」
「あ、おじさん」
そうこうしていると先ほど腰を痛めていた男がアステラのすぐそばにいた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、どうせ休んだらすぐ直る……それよりもさっき言ったことなんだが……この通りピンピンしてるんで大丈夫だ、悪いな迷惑かけて」
「それはいいですけど、なんでパソコンを処分しようとしたんですか?奥さんに見られちゃうとまずかったんですか?」
「……………………嬢ちゃんにはまだ早い」
気まずそうな顔をすると男はこちらに一瞥すると腰が抜けたとは思えないスピードで走り去っていった。
「愛さん、私には早いってどういうことですか?」
「………………………………………」
純粋な子ども心ほど残酷なものはないなぁと天城は痛感したのだった。




