17話 アステラと天城愛
アステラと天城は傷の手当のために近くの病院へと向かっていた。
アステラがアギトから受けた傷は思いのほか深かったため、天城に抱えられていた。
「愛さん、ほんとに大丈夫ですよ」
「だめですよ。アステラちゃんはケガしてるから私に任せてください」
「確かにそうですが…」
病院に向かいながらもそのように言われた。天城にもケガはあるから大丈夫だといっても聞いてくれないのだ。もしかしたら、アステラを攫われてしまったことを負い目に感じているのかもしれない。
羅黒を助けに行きたいという思いもあったが、今の状態ではむしろ足手まといになることは容易に考えられた。
そういうわけでアステラは天城に抱えられながら病院に向かっているのだが
「…………」
「アステラちゃん、どうかしましたか?」
「………………」
「あ、あのアステラちゃん?」
現在アステラは天城の前側でしっかりと抱えられている。腕を背中に回してしっかりと抱えられているため落ちそうになることはなく、むしろ心地よいといえる。
だが、同時にアステラと天城の圧倒的な差を理解してしまうのだ。
アステラの顔は天城の胸に埋もれ、柔らかい感触を覚える。初めて会った時から思いはしていたが、アステラが見てきた女性の中でも天城の胸はかなり大きい。実際天城が歩くたびに衝撃で震え、圧倒的な重量を感じる。
「……愛さんって普段何を食べてますか?」
「え、えっと、何と言われても……普通のモノだと思いますけど」
「…………」
やはり遺伝子の力なのだろうか
そう考えていると天城の胸の震えが止まる。それはつまり立ち止まったということを意味する。
「あうぅ」
天城の動物が降伏するような声が耳に入る。
「愛さん、どうしましたか?」
「申し訳ありません、どうやら道を間違えてしまったようです。確かにこちらであってると思ったのですが……」
天城は確認するようにスマホの地図マップを見る。アステラもスマホの画面をのぞく。確かに地図は間違ってないようだが…
「……愛さん、スマホ上下逆じゃないですか?」
「………………?本当です!さっきからおかしいとは思っていましたが……アステラちゃんすごいです!」
(…………スマホを上下間違える人初めて見ました)
などとたわいのない会話をするも内心アステラはうれしくもあった。不安だらけのタイムスリップであったが、天城のように優しい人物と会えて心が安らんでいた。
アステラと天城はそのまま道を修正し、今度こそ病院に向かっていくが
「愛さん!あそこ」
アステラが指を刺した先には一台のトラックが炎上していた。車体は上下さかさまになっており、まるで上空から落としたようだった。
しかし、周りの人間も異常に既に気づいており避難は完了しておりトラックにも人はいないようだ。
だが、問題は炎上したトラックの近くにもう二台別のトラックがあるということだ。
二台は炎上こそしていないものの互いにぶつかり合ったような位置関係で大破している。
「まだ中に人が!」
気絶しているのか運転席でうなだれている運転手がそれぞれ一人ずついた。
このままでは火の手がトラックにたどり着くのも時間の問題だ。そうなれば車内に人間は爆破に飲み込まれるだろう
「……アステラちゃん、ここでここから避難していてください」
言い終わるやいなや天城はトラックに駆けていく。
「え?愛さん!」
アステラが引き留めようとするも天城に声は届かなかった。
危険なことは承知している。だが、救急隊もおそらく間に合わない。天城は力の限り地を踏む。
天城の手が扉にかかる。扉を開こうとする
(車体が歪んで扉が開かない!?)
火の手は着実に迫ってきている。トラックはもう一台あり、一台目で手間取るほどの時間はなかった。
手が汗でにじむ。このような危険な場では他の人の助けを呼ぶわけにもいかなかった。
「んんん~~~~~!」
渾身の力で扉を引くもやはりびくともしない。
もう一度扉を引く。するとわずかだが、扉が歪な音を立てながらも開きかけた感触と同時に天城以外の力が加わったことに気づく。
「愛さん、私も手伝います!」
「アステラちゃん!?」
天城のすぐそばにはアステラが同じように扉を引いていた。
「だめです!アステラちゃん!危険です!」
「いやです。私も愛さんだけを置いていけません!」
アステラは強く主張する。意地でもここから引かないという決意を内に秘めていた。
そして付け加えるように
「……それに愛さんと一緒じゃないと寂しいです。」
と少し照れくさそうにつぶやく。
もうこれ以上言ってもアステラの意思は揺らがないだろうと天城は判断する。それ以上に天城本人がアステラに離れてほしくないと望んでしまっていた。
「もう、こんな時くらい言うことをきいてくださいよぉ……」
「えへへへ、ごめんなさい」
「ほんとですよ、けど来てくれてありがとうございます、アステラちゃん」
天城の手が優しくアステラの頭をなでる。こんな状況にも関わらず自然と笑みが浮かんでくる。
「お嬢ちゃんたち!俺のも手伝わせてくれねえか!」
後ろから渋い声をした男がやってくる。振り返るとそこには肌が程よく焼けている中年男性がいた。その体は筋骨隆々で力になってくれそうだが……
「いいんですか?」
おずおずと控えめに聞いてみる。当然下手をすれば爆破に巻き込まれる危険性があるためだ。
しかし男はそんなこと気にしてもないように堂々と「いいってことよ、困ったときはお互い様だ!俺もついさっきちっこい坊主に助けてもらったばっかだしな」と言う。
アステラと天城は互いに目をやる。
「ちっこい坊主って……」
「たぶん羅黒さんのことですね」
二人の口から自然と笑みがこぼれてしまう
「ありがとうございます。あちら側のトラックの運転手の救助をお願いします」
「おう、任しとけ!」
男はもう一つのトラックの扉に手をかけ、力の限り引っ張る。
天城とアステラも負けじと扉に力を加える。
「んんん~~~~~!」
「ひ~ら~け~!」
扉はぎりぎりと音を立て、ついに扉を壊すような形で車内に入り込めるようになった。
天城が車内を見ると内部は崩れてはいるものの運転手を持ち上げれるスペースはあった。エアバックもきちんと機能していたのか思いのほか外傷も少なかった。
「アステラちゃん、足の方をお願いします」
「わかりました」
天城が上半身を抱えアステラが下半身を支えながら安全圏まで移動していった。思いのほか時間もかからず二人は運転手をやさしく地面へと下ろしていった。




