15話 アステラの意地
急いで電話をかけると天城先輩はすぐに出た。ひとまず天城先輩が無事であることに安堵する。だが、電話から聞こえた天城先輩の声は震えていた。
「すいません、羅黒くん、アステラちゃんが……」
「…………!」
アステラはすでに攫われてしまったようだ。おそらくアギトが一瞬で天城たちの前に表れたから抵抗する暇もなかったんだろう。
天城先輩はアステラを攫われてしまったことに負い目を感じているようで声が弱弱しい。が、このまま弱っていては困る。 天城先輩が無事だったのは羅黒にとって不幸中の幸いだ。単純に天城先輩の身が無事で安心したということに加え、天城のおかげで取り返しのつく可能性があるからだ。
「謝らないでください、相手の策にははまった俺が完全に悪いです」
「そんなことあ――」
「あります。完全に俺が原因です」
走りながらも羅黒は改めて自身の愚かさを悔い、指が白くなるほど拳を握りしめる。
「けど、あいつの目的はアステラと指輪です。指輪はともかくアステラも目的ならアステラが殺される心配はないはずです。それ天城先輩がいれば奴に追いつける可能性もぐっと高まります。さっきも困ったときは協力してくれるって言いましたよね、今協力してください」
「……わかりました。今現在地の情報を送ります。そこで一度合流しましょう」
「了解です」
携帯を見ると羅黒の携帯には天城先輩の現在位置の情報が送られていた。ひとまずそこに羅黒は向かった。
「すみません」
通話はまだ切れておらず、電話越しに天城先輩の弱弱しい謝罪が聞こえてくる。
「まだ言ってるんですか?さっきも言った通り、アステラが攫われたのは俺のせいです」
「いえ、それもありますが……羅黒くんにだけ戦わせて私はいつも逃げていて……その上アステラちゃんも攫われてしまって」
戦闘を行わず、後方にいることを天城先輩は申し訳なく思っているのだろう。それ以上に今回はアステラを守り切れなかったことが堪えたのだろう。
「それでも俺は天城さんのおかげでいつも助かってます」
どんな人間にだって得意不得意は存在するのだ。自分にできないことを他人に任せることを羅黒には悪いことには思えなかった。
だから、あまり戦闘を羅黒に任せることを天城先輩に負い目を感じてほしくなかった。
「会長と違って真面目に仕事してくれるし、それに天城先輩が支援してくれるから俺や神室も十分に戦えるんです。だから、そんなに謝らないでくださいよ」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものです」
「……羅黒くんが言うならそうですね。 すみません、余計なことを言ってしまって」
「いいですよ、アステラを絶対助けましょう」
「はい」
電話越しに明るい返事が聞こえる。どうやら天城は立ち直れたようだ。
「羅黒くん」
「はい、なんですか?」
「…………ありがとうございます」
「どういたしまして」
通話を切り、羅黒は今まで以上に速度を上げた。
アギトは街中を駆けていた。先ほど犬耳の少女(精進羅黒からは天城と呼ばれていた)からアステラを奪取し、暴れる前にアステラを気絶させた。 現在、アステラはアギトの胸に抱えられていた。あまり筋力はないアギトであったが幸い幼いということもありアステラはアギトでも楽々と持ち上げることのできる重さだった。
ビルの屋上からビルの屋上へと瞬間移動していく。
アギトの神秘である瞬間移動は瞬間移動させる物体と距離に応じて魔力の消費量が変化する。キトノグリウスのアジトまで一度に瞬間移動したいが、それだと魔力が一瞬で底をつき、そもそもアジトまで瞬間移動するには魔力量が足りない。
(先の戦闘で少し使いすぎましたね)
アギトは心の内で舌打ちをする
そもそもの計画では戦闘などが発生する前に一瞬でアステラを奪取するつもりだったのだ。子供相手となめてかかったのが原因だろう。
(できれば、有力な能力者を何人か連れていきたかったのですが……しかし最低限の目的は果たせましたね)
移動に関しては短い距離を何度も移動すること時間はかかるが魔力の消費も抑えられる。男性が気絶した少女を抱え込んで移動している様子が見られるのはまずいが、それを回避するためにビルの上という人目のつきにくい場所を転々と移動している。
仮に見られたとしてもさして問題というわけでもない。そもそも並大抵の相手ならば瞬間移動で逃げ切れる自信もあり、そもそも自分に追走できる人間などそうコロコロいない。
精進羅黒も先の戦闘でまともにやりあえばまずいことはわかったが、もう会うこともないだろう。
栄凛高校からアギトがいる現在地まで50Kmは移動した。そこまで追いつけるはずはないし、仮にそれを可能な能力があったとしてもそもそもアギトの現在位置がわからなければ意味がないだろう。
ビルからビルへ
景色が一瞬で切り替わることを繰り返すと、腕の中で眠っていた少女が目を覚ます
自分の身に何が起こっているか理解できなかったのか目が泳いでいたが、すぐさま自分が攫われたことに気づきアギトに攻撃を繰り出そうとする
「無駄ですよ、先ほど神経系に作用する薬品を体内に注入させていただきました。しばらくは体を自由に動かせないでしょう。」
懸命に体を動かそうとするもやはり自由はきかなかった。 アステラは自身の指先も確認したが、指輪は外されていた。
自身に為すすべがないことを悟ったのか眼元が赤くなり、恐怖で唇が震えており今にも泣きそうである。抵抗するように懸命に体を動かそうするのがアギトには輸送の邪魔にもなり、無駄なあがきにも思えた。
アギトは立ち止まり、アステラを乱暴に地面に下ろす。
「あまり抵抗しないでいただきたい。私もあまり幼女をいたぶる趣味はない」
アステラの太ももにメスを瞬間移動させる。
「っっ!」
アステラの顔が苦痛で歪み、痛みで悲鳴を上げる。
「さ、早くいきましょう。あまり時間はかけたくありません。」
アステラのもとに駆け寄る。どのような人生を歩んできたのか知らないがしょせんは子供だ。少し痛い目を見せればすぐ従順になる。
だが、目の前の少女の答えは予想外のモノだった。
「い、いやです」
「今なんと?」
「いやです。あなたたちにはついていきません」
もう一つのメスがアステラの腕に突き刺さる。
先ほどと同じく、小さな悲鳴を上げるもその眼は死んでなかった。
「なぜです?そんなことをしても無意味なことがわからないのですか?」
「……」
アステラは何も答えなかった。自分自身でも無意味だと気付いているのか、それとも理解する能力がないのか
アギトはいらだち強引に連れていこうとするもむやみやたらに暴れて抱え込めない。
アギトはいら立ち、アステラを地面に落とし腹部に蹴りを入れる。綿のように軽い体は容易に吹き飛ぶ。
「わかりましたか?あなたには絶対に私からは逃げられません。あまり抵抗すると後でひどい目を見ますよ。それこそ今の蹴りが優しいものと思えるほど」
「言いたいことはそれだけですか?何度も言います、絶対に嫌です」
アステラは血反吐を吐きながらも必死で抵抗する。
アギトはいら立ちを隠せないと同時に内心目の前の状況に面食らっていた。
ただの子供。多少痛い目に合えば大人しくなるだろうと思っていたが……………
殺すことは容易だが、それでは意味がない。かといって、これ以上痛めつけてもあまり効果はなさそうである。
(仕方ありません……………………めんどくさいですが、時間はあります。人質でも用意して脅しますか)
学校からずいぶんと距離を稼いだ。ここまで追ってこられる人間はいない。それにそもそもの話、アギトの居場所がわかるはずもない。
ビルのはるか下を歩む群衆に目を向ける。
「そこまで言うなら仕方ありません。もしあなたが我々に協力しないならばこの下の人間を―――」
瞬間。
疾風が走る。
アギトの後方から白い物体異常な速度で飛来する。
そして。
完全に油断していたアギトはその弾丸に対応できず、物体は空中にいたアギトに激突する。
「っつ~~~~~~!」
体が悲鳴を上げ、勢い殺さずそのまま吹き飛んでいく。白い物体は刹那のスキを突き、アステラを奪い取ったのをアギトは視界の隅で確認する。
高さ数十メートルはくだらない高度からアギトの体は地面に向かって自由落下する。
「っつ~~!神秘開放!」
地面に激突する瞬間何とか神秘を使い、建物の屋上に瞬間移動する。
何とか落下を防いだアギトだったが、移動先で先ほどの白い物体の正体を知ることとなる。
「翔進羅黒!?」
先ほど突如飛来してきた白い物体、白髪の高校生にしては小柄の少年である精進羅黒がアステラを抱えていた。
「悪い。遅くなっ、お前その傷!?」
羅黒がアステラの体を確認するとアステラの体からは二本のメスが突き刺さっており、そこから流れる鮮血は痛々しく、口からは血が噴き出した跡が残っていた。
「ら、羅黒さん…………怖かったです」
先ほどの記憶が戻ったのかアステラは羅黒の胸で静かに泣いていた。羅黒はアステラを慰めるように頭をなで、慰めていた。
「なぜだ、どうやって私の居場所が」
アギトが困惑していると羅黒の後ろから一人の少女が走ってくる。先ほど、アステラと一緒にいた犬耳の少女だ。
「アステラちゃん!」
「愛さん!」
駆け寄ってきた女性にアステラが抱き着く。
「ごめんなさい、本当に……私のせいでアステラちゃんを危険な目に」
「愛さん……」
瞬間、アギトは悟る。この少女だ。少女の頭には犬の耳がある、つまり犬の過剰適正者。
ということは
「私のにおいをたどってきたのか!しかし、どうやって追い付いてきた!?」
困惑するアギトにさらに驚くような答えが羅黒の口から出る
「別に特別なことはしてねぇよ。普通に走ってきた」
「走ってきた!?」
オウム返しのようにアギトは叫ぶ。栄凛高校からここまで50Kmはあった。アギトがここまで来るのにそこまで時間はかかっていない。
加えて、羅黒は天城をここまで抱えながら追い付いてきたのだ。さらに息切れらしいことも一切していない。
スピード、とくにスタミナが別次元である。
(『超耐性』……聞いてはいましたが、まさかここまでとは)
「アステラ、悪かったな、怖い思いをさせて」
「い、いえ、もとはといえば私が原因で……」
羅黒は涙目のアステラに温かい言葉づかいをかけ、そっと頭をなでる。
アステラが落ち着いたとみてか、羅黒はアギトに顔を向ける。アステラを慰めていた時とは打って変わり、鋭い瞳がこちらに向けられており一瞬アギトは気圧される。
「さっきはずいぶんなめた真似してくれたな」
アギトへと一歩歩み寄る。血が出るほど拳を握りしめておりあまりの気迫にアギトは意図せず後ずさりしてしまう。
「アステラをここまでしてくれたんだ、覚悟はできてるんだろうな」
怒りをおくびも隠そうとせず、羅黒はアギトに肉薄した




