14話 羅黒VSアギト①
「あなたのお名前は?」
「翔進羅黒」
「私の名はアギトとでも呼んでください。それにしても、あなたが翔進羅黒ですか。よく噂を聞きますよ。セフター0という低ランクでありながら、その実異常に強いとかなんとか。もっと頑強そうな見た目をしていると思っていましたが、まさかこれほど小さいとは思っていませんでした」
「チビは余計だ」
栄凛高校玄関付近廊下で羅黒はアギトと名乗る男と相対する。アギトと名乗る男は身長こそ高いが、身なりはとても細くあまり力はないように思えた。
アステラと天城は羅黒の背後でこの場からの脱出の機会をうかがっているようだった。
「では翔進さん、単刀直入に言います。そこをどいて下さい。我々の狙いはあくまでアステラという少女のみです。あなたも無意味に痛い思いをしたくはないでしょう」
「意味はあるだろ。それにみすみすお前を見逃す方が俺にとっては嫌なんでな」
「邪魔をすると?」
「そうだ」
「どうしても?」
「そうだ。俺は人生に影を落とす気はないんでな」
アギトのセリフが終わると同時に天城はアステラの手を引き、玄関から脱出を図る。
「ならば殺すしかありませんね!」
言い終わるや否やアギトは天城の背後に瞬間移動し、メスを天城に振り下ろさんとする。
「させねえよ!」
羅黒はアギトと天城の間に入り、メスを右手の義手で受け止める。
だが、
「っつ!」
天城の右のふくらはぎにメスが入り込んでいた。そこから鮮烈に血が噴き出し、鋭い痛みが天城を襲う。
しかし、
「っ、アステラちゃん!行きます!」
その痛みを抑え、必死にアステラとともに逃走に図る。
「このまま逃がすとお思いですか?」
アギトはアステラの手を引く天城に向けてメスを再び用意する。
「出力装填」
羅黒の右腕の義手が収縮する。アギトより先に動かんと、狙いを一気に定める。
「超地吼拳骨!」
収縮した義手を一気に解き放ち、アギトの顔面に拳を放つ。
アギトもすんでのところで気づき、一瞬でその場から消える。力の矛先を失った拳は、木に激突し数十年は生きているであろう桜の木はいとも簡単にへし折れる。
「やれやれ逃がしてしまいましたか、まさか足にメスを指した状態でも止まらないとは……」
後ろを振り向くとアギトがアステラを逃がし少し顔を歪めてはいるものの、大した負傷もなく平然としていた。
羅黒の左手、そして天城の足に刺さったメスはどちらもアギトが直接アギトが突き刺したものではない。
(メスを肉体の内部に瞬間移動させたってことか)
かなり面倒な能力だなと羅黒は再認識した。おそらくハザード2.5はあるだろう。しかし、ひとまずアステラと天城を逃がすという第一目標は達成した。
もう一つの目標は羅黒の目の前にいるのだが
アギトが懐から何本かメスを取り出す。すると、次の瞬間には羅黒の脇腹に何本かメスが突き刺さっていた。
「ちっ!」
「おや、心臓を狙ったんですが……魔力の乱れを感知して避けましたか」
アギトの言う通り、羅黒はアギトの体を漂う神秘の流れが一瞬乱れたのを見て、何とか攻撃を避けようとした、が―――
(予備動作が少なすぎる)
アギトはアステラの奪取には羅黒が邪魔と思ったか、羅黒に対し鋭い視線を浴びせる。
そしてまた、懐からメスを取り出すのを羅黒が目視した瞬間、羅黒は俊敏に横に飛ぶ、羅黒が先ほどいた位置には複数のメスがあった。
着地後、すぐさまアギトに向かい、襲い掛かる。それをアギトは平然とした表情で上空に瞬間移動し、すぐさま羅黒の右足に数本のメスを瞬間移動させ、突き刺す。
「出力装填」
その負傷をものともせず、アギトのいる空中に飛びあがる。
「超地吼拳骨!」
やはりアギトはかわし、羅黒のフルディングエルダスは校舎の壁を砕く。
両名はそのまま校舎の内部に入る。
そのまま猛スピードでアギトに向かい走っていく。羅黒の方が俊敏ではあるが、アギトの瞬間移動で妨害が入るため思うほど追い付けなかった。 実際、アギトを追っている現在も数本脚にメスを刺された。攻撃の予兆が短いので完璧にはかわせないのだ。
「だったら仕方ねえな」
壁に向かって腰を落とす。
普通にやって追いつけないならばショートカットすればいいだけの話だ。
壁に全力の拳をぶつけ、うち砕く。自分の学校を破壊するのは一瞬ためらいを覚えたが、罪は全部奴に擦り付ければいいなと羅黒は考えた。
壁を打ち破った先には驚愕の顔をしたアギトがいた。
「な!?」
予想外の行動に驚いたのか口をあんぐりとさせていた。
千載一遇の好機とみて羅黒は三度アギトに殴りかかる。当然、かわされるだろうと羅黒は考えていた。だが、同時にアギトの視線が一瞬右方向にそれることを見逃さなかった。
予想通り、羅黒の拳は空を切る。アギトは焦りながらも右方向に瞬間移動していた。
現在、羅黒たちがいるのは二階の教室で廊下と比べれば断然狭い。加えてアギトにとっての障害物も多い。
アギトに向かって、机を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした一つの机はまた別の机へとぶつかり、それがまた別の、と 複数の椅子がぶつかりあい、アギトに飛来する。
「っち!」
アギトは乱暴に舌打ちし、瞬間移動でかわす。 が、
「な!?」
アギトの脇腹にメスが突きささっていた。
アギトの「瞬間移動」は一見無敵にも思えるが、思いのほか弱点も多い。例えば、移動先に何らかの物体があれば、物体が体の内部に入り込む危険性もある。
だから、アギトは確認していたのだ。移動先に何もなく、安全かどうかを。
羅黒はそれを見逃しなかった。先ほど、机を飛ばした際、わざと回避できるスペースを作りこんだのだ。そのスペースに羅黒に刺さっていたメスを投げ込んだのだ。
アギトの顔が苦痛で歪む。そのスキを逃すまいと今度こそ羅黒は拳を叩き込みにかかる。
だが、火事場の馬鹿力かアギトは悲鳴を上げながらもなんとか身をかわす。
「まだ、動けたのか」
「この程度でキトノグリウスを倒せると思わないでほしいですね」
腹部にそれなりに深くメスが入り込んでいるが、アギトの顔はまだ死んでなかった。
「しかし、あなたとまともにやりあうのは確かにいい策とは言えませんね、ふふ、先ほど念のため策を打っておいてよかった。」
「策?」
そういうアギトの顔にはなぜだか自信と安堵が含まれていた。これまでアギトは羅黒から徹底的に距離を置いて戦ってきた。それは当然近接戦が主体の羅黒相手ならば当然といえば当然だ。
それにそのことは決して羅黒にとっても悪いことではなく、アギトを追いかける形となることでアステラとアギトの距離も話すことができる。
アギトの瞬間移動はおそらく移動先を具体的に脳内で描く必要があるのだろう(もしくは視界内)だから、アステラを一度見失えばもうアステラのそばに瞬間移動することもできないはずだ、それこそ具体的な位置がわからない限り...
「あなたは私を倒すことに加えて、私がアステラの位置を見失うようにできるだけアステラと付き添いの女性から距離を離したのでしょう。」
「……」
羅黒はアギトの話に耳を傾けた。先ほどから、なぜか嫌な予感がする。底なし沼にはまったかの如く、相手の術中にはまっているようだ。
「翔進羅黒、あなたは本当に強い。このままやりあえば私が負けるでしょう。しかし今回の目的はあなたではなくアステラだ。だから、距離を稼がせてもらった。あなたとアステラの距離を、それこそあなたが助けられない距離を」
「さっきから何を言ってんだ?そもそもアステラはもう学校から避難させてる。お前の瞬間能力でもアステラの居場所がわからなければ意味がな―――」
羅黒は自分のセリフを言い終わる直前に、大きな過ちに気づく。アギトはアステラの位置がアバウトでも分かればいいのだ。GPSなどを対象につければ十分に探知できる。
アステラはすでに学校から、避難しているはずだ。当然天城もアステラを保護するためにそばにいるはずだ。そして天城の足には...
「さっき天城先輩の足に刺したメスか!」
「正解です!だがもう遅い!」
言い終わると同時にアギトは空間から消える。
「クッソ!」
羅黒は自らの過ちに憤り、すぐに窓から飛び降りる。
天城が逃げる際にアギトが刺したメスにはおそらく発信機がつけられていたのだろう。だが、羅黒とアステラの距離が近ければ邪魔をされると踏んで(矛盾するようだが)アギトはアステラがより遠くに逃げられるように時間を稼いだのだろう。
「はめられったってことか!」
一心不乱に足を動かし、全速力で走り去る。ズボンから携帯を出し天城の電話にかける。
「くそ、俺がどうにかするまで死ぬなよ、アステラ!天城先輩!」




