11話 問答
「おはようございます」
扉を開けると机上で熱心に仕事をしている犬耳が頭から垂れている女子生徒と他の椅子と比べ少し値が張る椅子に寄りかかってスマホをいじっている(おそらくゲームをしている)男子生徒が目に入る。
「あっ、羅黒くん、おはようございます」
「羅黒くん、おはよ~」
女性からは少しおどおどしながらも挨拶が、男子からはだらけ切った挨拶が入ってきた。まあよくも悪くもいつものどおりである。
椅子に寄りかかっていた男子は勢いをつけて起き上がりアステラに目を向ける。
「ああ、そっちの子が昨日電話で言ってた子?また随分とかわいい子を連れてきてー。冬花ちゃんになに言われても知らないよ?」
「なんでそこで神室が出てくるんですか。というか、春花祭の準備は大丈夫なんですか?全然仕事してなさそうですけど。栄凛が開催地じゃないとは言っても忙しいのは事実でしょ」
「ノープロブレム、僕は追い込まれてから本気を出すタイプなの」
「つまりやってないってことですね」
そういうと男子はごまかすように口笛を吹く。妙にうまいのがなんだか腹立たしい。そうこうしていると
女子生徒の方から
「あのー。そろそろ本題に入りませんか?」といわれた。横を見るとアステラが気まずそうにしたので、仕方なく話を進めることにした。
「すいません、話がそれましたね。アステラ、こっちの男の人が拂刃乃徒さん。一応、ウチの生徒会長をしてる人」
「よろしくね~、アステラちゃん」
「んでこっちの女の人が天城愛さん。見た目でわかるだろうけど犬の過剰適正者。」
「よろしくお願いします、アステラちゃん!」
「こ、こちらこそよろしくおねがいします」
初対面だからかアステラはひどく緊張していた。『そこまで緊張しなくともいいじゃないか』と言うと『したくてしてるわけじゃないんです』と弱弱しい返事が返ってきた。立ち位置もいつの間にか羅黒の後ろ側で隠れるように立っていた。
「そういえば、お前過剰適正はさすがにわかるよな?」
「ば、馬鹿にしないでください。さすがにわかります!天城さんは……犬の過剰適正ですね!」
「それさっきも言ったが。」
過剰適正
この世界ではどんな能力者でも神秘に耐えられるよう体が神秘に適応する。
例えば、氷を生成する能力者は自身の神秘に体が耐えられるように氷に対して耐性がある。だから、体から氷を生み出しても凍傷などになることはない。火炎操作などの能力者についても同様で生半可な温度ではやけどになることはない。
だから、彼らをマイナス30度を下回る寒冷地や普通ならやけどでは済まない火災現場に放り投げても前述の適応によって問題なく生き延びることができる。
この適応が過剰になると過剰適正というものになる。
天城先輩も神秘『超嗅覚』はただの嗅覚の強化という強化系の神秘であり、これ自体はありふれたモノである。しかし、彼女の場合、その嗅覚の強化に対し体が必要以上に適応した結果、体の一部が嗅覚の優れている犬のようになったというわけである。天城先輩の場合は頭から垂れさがっている犬の耳が犬の過剰適正の証拠である。
町中でよく翼の生えた人間やオオカミのごとく毛が全身を覆っている人を見かけるのもこの過剰適正が一因である。
天城先輩の場合は、体の一部が人間とは別種の動物になるといういわゆる動物型の過剰適正なのだが、これ以外にも過剰適正は存在する。先に述べた氷の能力者にも過剰適正というものは存在する。
この場合、体温が0度に近いというものになっており、普通の生活もままならない。そのため過剰適正の働きを抑える薬やらなんやらがあるらしく、それらを用いてできるだけ普通の人間に近い生活を送っている。その氷の過剰適正者というのがウチの生徒会に所属していたりする。
もちろん過剰適正にはデメリットだけではなくメリットも存在する。
どの過剰適正者にしてもそうだが、単純に能力が飛躍的に強化される。天城先輩にしても臭いで人の痕跡などを見つけるだけでなく、体から発せられるホルモンなどから相手の感情を理解することもできる。加えて動物型の過剰適正者は身体能力が優れている傾向にある。
氷の過剰適正も同じく同系統の能力者と比べても能力の規模や威力も格段に異なり、さらに体内に秘められている魔力の量も格段に多い。
以上の点で過剰適正者というだけで他の能力者よりも一手先を行く存在ともいえる。
一通り、アステラに説明を終え互いの紹介を再開する。
「ちなみに二人とも三年生で俺の一個上」
「えっと、その、アステラといいます。よ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくねー」
アステラからの年相応のたどたどしい挨拶に天城先輩からは年上らしさを感じるやさしさを含んだ返事が、拂刃会長からは力のない返事が返ってくる。
「それで昨日も話してたけど羅黒くん、僕たちに用があってきたんだよね」
「そういうことです。簡単に言うと情報収集のためですね。会長のことだから何か知ってるんじゃないかと思いまして」
「いいよ!と言いたいところだけど」
拂刃生徒会長はアステラに鋭い目を向ける。アステラの体が一瞬跳ね、より一層羅黒の体の後ろ側に隠れる。
「質問がある。アステラちゃんにね」
「アステラの事情については昨日ある程度は話しませんでした?」
「それ以外だよ。実際に会って聞いた方がいいと思ってね。だから今日わざわざ来てもらったんだ」
拂刃会長は普段こそ先ほどのようにだらけ切っているが、生徒会長を務めるだけあって頭はキレる。今回も何か狙いが、というより
「アステラを信用してないってことですか」
「そこまでひどいことは言ってないよ、羅黒くんもひどいね。というわけでいいかな?アステラちゃん」
一応、許可を取る形ではあるがその眼は否が応でも答えてもらうという勢いがあった。
アステラも首を縦に振り、羅黒の背後から出てくる。少し険しい表情をしておりこれから軽くない問答が行われることを幼いながら感じているのだろう。
「質問って言っても一個だけだよ」
拂刃会長は一呼吸置く。
窓からは風が吹き込む。4月であるにも関わらずその風は少し冷たく感じた。
「もし羅黒くんが死んだら君はどうする?」
思いがけない質問にアステラは少し困惑しているように見えた。
「どうする、というのは?」
「そのままの意味だよ。羅黒くんが死んだ後、そのまま『創星』とやらを倒すのかどうか。羅黒くんに君の話は昨日聞かせてもらった。未来世界での悲劇を避けるため、そして精進羅黒を死なせないため。けど、僕の印象として精進羅黒を救うことの方に重きを置いてる風に感じた。そのことが気になったんで君に聞いたってこと」
「死なせません、絶対に」
拂刃会長の問に対し、アステラは迷いなく答えた。その眼には強い決意が宿っていた。
「いい目だ。けど、世の中そううまくいくことばかりじゃない。最悪、君の目的のうちどちらかを捨てなきゃならない。その時はどちらを取る?」
「羅黒さんです。羅黒さんがいなければ今の私はいませんでしたから」
拂刃会長のかなりシビアな質問も迷いなく答えていく。
琴音よりもさらに幼いように見えるにも関わらず、迷いのない様子に羅黒は驚くと同時に自分の身を幼女に心配されることに何となく恥ずかしさを覚える。
「じゃあ僕が羅黒くんを死地に向かわせるような命令をしたら君は彼を助けに行く?」
「はい。助けに行きます。そして、もし本当にそんなことをしたら私はあなたを許さないと思います」
アステラは鋭い目つきで拂刃会長を見つめる。
拂刃会長はアステラではなく天城先輩に視線を向ける。アステラの眼を恐れた、のではなく天城に確認を取りたかったのだろう。
天城先輩は過剰適正により、嗅覚が以上に発達しておりその嗅覚は他人の言葉が嘘か誠かを見分けることもできる。
天城先輩は拂刃会長の視線に応えるようにうなずく。アステラの言葉に嘘はないということだろう。
拂刃会長はしばらくだまりこむ。顔を下に向けていたため何を考えているかはわからなかった。
が、しばらくすると静かな笑いが口からこぼれ始め、その声は次第に大きいものになっていった。
「いきなりどうしたんですか?」
「いやなに、ここまできれいに答えられるとは思ってなくてね。いやー、羅黒くんの周りにいると退屈になることもなくていいね。」
「そうですか、で、アステラは会長のお眼鏡にかなったってことでいいんですね」
「ああ、十分だ。かわいい後輩の頼みだ。いいよ、十分に協力してあげるとも」
拂刃会長はよほど機嫌がいいのか普段は見せないほど笑みを浮かべていた。
先ほどの拂刃会長の質問の狙いは羅黒にも何となくはわかっていた。一つはアステラが信頼に足る人物か。だから嘘を見分けられる天城先輩がいたのだろう。
もう一つはアステラの決意を知るためだ。そのために意地の悪い質問を繰り返していたのだろう。はっきり言って子供相手にする質問ではなかったが、アステラはしっかりと答えていた。
おそらく拂刃会長にとってアステラがどのように回答してもよかったのだろう。彼にとって大事だったのはゆるぎない決意を秘めた態度を示すことであったのだろう。




