僕のご主人様 (Dom/Subユニバース注意)
Dom/Subユニバースの設定を使わせてもらってます
この世界には、支配欲求を持つDomと支配されたい欲求を持つSub、男女性とは異なる性が存在する。
サドとマゾの性癖と酷似しているが、SubはDomが発した命令には本能的に逆らう事が出来ない、意思を捻じ曲げるほどの強制力がそこに働いた。
けれど命令と言っても”座れ”など単語単位での制約であり、短期間の拘束力しか持ちえない、そしてSubの意思を無視してこれを行った場合ハラスメント、酷い場合は強姦罪に問われた。
互いの欲を満たし補う両者は対等であり、信頼しあう関係でなくてはならないのが社会の常識であった。
しかし、理想と現実の間には軋轢がありいくつもの悲劇を生んだ。
この物語もそのよくある悲劇の一つである。
***
「Stop!Stopだっ!!やめろ!やめろ!ぅぅうううあああああ!」
Domの男の命令は虚しく響き、Subの少年が男の胸にナイフ突き立てた。
油断していたDomはまさかSubに逆襲されるとは思わず呆気なく息絶えた、男の返り血を浴びた少年はうっとり微笑んで意識を失う。
資産家の男に養子として引き取られた少年が起こした殺人事件。
Domの男はSubの少年にPlayの域を超えた性的虐待を行なっていたと思われる。しかしこれは過剰防衛による殺害と片付けてしまえるほど単純な話ではなかった。
担当の二人の刑事はこの不可解な事件について話し合う。
「DomならSubの行動を命令で封じられたでしょうに……」
「少年は別のDomのspaceに入っていたんだよ。だから死んだDomの命令を受け付けなかったんだ」
spaceとはSubの意識が完全にDomにコントロールされている洗脳状態のことをいう。本来は強い信頼関係によってSubが多幸感を得ている状態なのだが、それを悪用して犯罪に利用する事件が問題になっていた。
「少年に男の殺害を命令したDomがいるってことですか」
「そうだ、男は非道な手段で金を稼いできた資産家だからな、周囲から酷く恨まれていたそうだよ」
「少年が意識を取り戻せば楽に聞き出せるんですけどね」
「難しいな虐待によって衰弱している中でのdropだ、どうにか命を繋いではいるが長くは持たないだろう」
dropとはSubが強いストレスを受けた時、外部からの刺激を遮断して自分の殻に閉じ籠る一種の自己防衛状態のことをさす。人を殺した反動からか少年のdropは深刻で自ら呼吸することさえやめていた。
面会が可能になると少年の見舞いに顔色の悪い青年が訪れた。
彼は被害者の男の長男で少年を見て涙を流した。
「どうしてこんなことに……」
青年は父親と同じDomでやり過ぎた男の虐待に心を痛めていたという。
「少年の部屋から見つかったチョーカーは貴方が送ったそうですが、彼との関係は?」
「……親父に隠れて付き合ってました、だけどオレじゃないです!
恋人をこんな目に合わせるなんて……するわけ……ない」
青年は明らかに動揺していた。
軟禁状態にあった少年がspaceに入るほど信頼していたDom、状況的にも彼が一番疑わしい。
調べてみれば証拠が次々と見つかり呆気なく青年の容疑が固まった。
青年は父親の会社の金を横領して豪遊を繰り返していた、男も気付いてはいたが多少のことには目を瞑っていた。しかし息子の失態で大口との取引が破談し、莫大な損失が会社に降りかかったのをきっかけに切り捨てることにした。
浪費癖のある青年は家から追い出されてしまえば生きていくことさえ難しい、だから恋人の少年を利用する事を思いついた。Claim、いわゆるDomとSubのパートナー契約チラつかせ、父親さえいなければ一緒になれると甘言で彼を惑わせた。その様子は少年の日記に書かれている、そして周囲の証言とも一致していた。
「これで決まりですかね?」
「まるで男の悪事に対する呪いのようだな、
男は殺され、長男は逮捕され、次男は自殺、養子の少年は……」
少年はあのまま目覚める事なく、安らかな表情で息を引き取った。
「皮肉な話だな……」
刑事は少年の日記を捲り最終ページを開いた。
――これが終わったらご主人様に褒めて貰える
***
ある少年の話をしよう。
少年はこの屋敷に来るまではなに不自由なく大切に育てられて来た。
少年はとても美しく不思議な色気があり、男女問わずに周りを惹きつけた。
少年の父親は男の会社で働いており、男は偶然目にした写真の少年がどうしても欲しくなった。
だから男は少年の両親を事故に見せかけて殺した。
素知らぬ顔で少年を養子に迎えた男は、屋敷に閉じ込め無知な少年にPlayだと称して虐待を繰り返した。
「……なんで褒めてくれないの?嫌だったけど頑張ったのに、僕が悪いの?僕が駄目な子だから」
男のDomの性質は曲がっており痛めつけるだけ痛めつけて、ろくなケアもせず少年を放置した。Subが酷い仕打ちでも受け入れるのは、その先にあるDomの愛情があればこそでケアを怠ればSubの心は簡単に壊れる。
「大丈夫、君はいい子だ。……偉かったね、よく耐えた」
dropしかけた少年の体を抱き寄せ優しくその背中を撫でたのは、男ではなく男の二番目の息子だった。彼は男の愛人の子供で、少年の置かれた状況にいたく同情していた。
優しくされれば少年の心が彼に傾くのも無理はない、次第に少年は彼に支配されたいと思うようになった。
「俺に命令して欲しい?……駄目だよ、俺はDomである事を捨てたんだ」
彼の母親もSubで男に愛情をもらえず壊れて亡くなっている。
だから彼は自分のDom性を否定しSubに命令することを厭った。
けれど純粋な好意を向けられれば、DomがSubに抱く守ってあげたいという感情が膨らんだ。彼も次第に少年に惹かれていった。
ある静かな夜、珍しく彼が少年の部屋を訪ねた。
そしてその日少年は初めてDomから愛される幸せを知った。
ふわふわとした心地良い感覚に包まれぼんやりしていると、彼が穏やかなグレアを放ちながらこう言った。
「君は幸せにならないと駄目だよ」
最初で最後の彼の命令、次の日彼は遺書を残し冷たくなって死んでいた。
――幸せにならなければ、でも僕の幸せは
少年は彼からここに助けを求めるよう渡された連絡先のメモを破り捨てた。
まず抜けている長男に近づき彼の死の真相を聞き出した。
彼は父親の不正の証拠を集め、告発しようとしていたのをこの男が密告して自殺を装い殺されたそうだ。
「何不自由なく暮らしていけるのは親父のおかげだろ?愛人の子だけあって馬鹿だよなぁ」
「そうですね……」
馬鹿な青年は重要な契約書類を机の上に置いたまま少年と交わり寝てしまった。少年は静かに起き上がると書類を何枚か抜き取り暖炉にくべる。
その後は少年の思う通りに事が進んだ、長男が父親の殺害を思いつくまで時間はかからなかった。少年は贈られたチョーカーを手にして笑う、計画は順調だと思った。
しかし抜けてる長男のする事など抜け目のない男にはお見通しだった。
「誰にでも尻尾をふる雌犬には躾が必要だな」
男は散々少年を痛ぶってからナイフで綺麗な顔に傷をつけていく。
ぽたぽたと赤い雫が床を汚した。
「どうだ?本当の飼い主が誰か分かっただろう」
少年はナイフに手を添えて微笑むと、傷つくのも恐れずに刃を握りしめて怯んだ男からそれを奪った。
「……僕のご主人様はお前じゃない」
壊れたように笑うと静止の声も聞かずに男の胸に深くナイフを突き立てた。
最後に彼に会った日から少年はspaceに入っていた。
だから彼の最後の命令を終えるまでは他のDomの命令を受け付けない。
少年の幸せはご主人様の復讐を果たすこと、そして――
少年の視界が黒く塗り潰され、膝から崩れた体が冷たい床に叩きつけられる。命令の完了と共にspaceは消えて、意識は暗い水面に飲まれるようにdropしていく。
――もうすぐ会える、僕のご主人様
――向こうでたくさんたくさん褒めてもらおう