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BL短編集  作者: ぽてともち
2/7

残された手紙

 ダメ元で告白した、ずっと一緒に育った幼馴染みに。

 俺も男で彼も男だからこの恋は上手くいかないと思っていた。

 でも彼は僕を受け入れてくれた、同じ気持ちだと言ってくれた。

 時が止まればいいのにと思った。

 それがどんなに残酷な事なのかこの時の僕は知らなかった。


 彼の部活が終わるのをガードレールに腰掛けて待っていた。

 付き合ってから初めて一緒に帰るので僕は浮かれていたのかもしれない。

 だから車線を超えて迫る車に気付かなかった。

 鳴り響くクラクションと共に視界が赤く染まった。


 ――目覚めると20年後に飛ばされていた。


 

 突然目の前に現れたのは洗面台の鏡に映る剃刀を持った壮年の男。

 それが今の僕だった。

 ガードレールで彼を待っていた以降の記憶がない。


 「しばらく待てば記憶戻るんじゃない?」


 居間にいた母にそのことを話すと面倒くさげにそう言った。

 頭を打った訳でもないのでそうかもしれないが冷たいなと思った。

 色々聞きたい事はあるけれど真っ先に気になったのは彼の事だった。


 「あの子のことは忘れなさい」


 母は冷たくそう言った、しかしそれに頷くことは出来ない。


 「何で!?だって彼は僕の……」

 「兄さんのじゃない!彼は私の恋人だったの!!」


 それまで俯いていた妹が顔を上げて涙を流しながら僕を睨んだ。


 「兄さんが彼を責めて自殺に追い込んだの!彼を返してよ!!」

 「やめなさい!この子に言っても仕方がないでしょ……」

 「けど!」


 妹は泣き崩れて卓に伏した。


 彼が妹の恋人で、僕が責めて、彼が死んだ?

 全く思い出せない。

 彼は僕の恋人で、照れ臭そうにキスをして、冗談混じりに永遠を誓った。

 これが僕の記憶だった。



 僕は自分の部屋にこもった。

 そこはあまり変わっていない、棚にアルバムがびっしり並んでいた。

 僕は日付の古いものから写真を見ていく。

 そこに映る幸せそうな二人の姿、だけど徐々に彼の表情が曇っていった。

 数年後には疲れた表情をした彼でアルバムが埋め尽くされていた。

 僕だけが変わらず夢見心地のような顔をしていた。


 愛情が冷めていく様子が手にとるように分かった。

 だけど何故妹だったのだろうか?彼の義兄になるなんてごめんだ。

 だって結婚して家庭を築き、子供を可愛がる彼を間近で見ることになる。


 彼を責めたかもしれない。

 僕の記憶がなくなったのはその事実を忘れたかったからなのだろうか?



 再び居間に行くと誰もいなかった。

 テーブルの上に手紙が置いてある。

 宛先は僕で差出人は彼だった。

 封は既に切られていた。


 僕はどうやら色々と勘違いをしていたようだ。



 ***



 あの日、君にあの場所で待つように言わなければ、俺がもう少し早く部活を切り上げていれば君と一緒に未来へと歩んでいけたのだろうか?


 あの事故の影響で君は、新しい記憶が一定量を超えるとそれを全て消去してしまうようになった。事故以前の記憶はあるけど以降の記憶は覚えられない。


 はじめは君が生きているだけで嬉しかった、それなのに日が経つにつれて何度も何度も同じ事を聞く君に苛立つようになった、そしてそんな自分に嫌悪した。あの日以降気持ちが積み上げていけない、積み上げたものが一瞬で崩れるのをただ見ているしかない。

 弱い俺はそれに耐えられなくなった、それを支えてくれたのが君の妹だった。同じ立場の人間だから理解しあえて、甘えることが出来た。


 彼女に告白された時、もう君から解放されていいと言われてほっとした。罪悪感よりも安堵する気持ちが勝った。彼女となら別の道を歩んで行けると思った。しかしそれは誤りだった。


 彼女と付き合ってからは君に会わなくなった。それで気持ちが楽になると思ったのに余計に苦しくなった。ガードレールに座った君が今も俺を待っている気がした。だから会いに行ってしまった。

 君は俺の不義理を責めた、記憶を失う度に何度も、それで嫌いになれれば良かった。けれど憎しみに燃えていた瞳が記憶がなくなった瞬間、純粋に俺に恋をしていた君に戻る。それが愛おしくて離れられない。


 いつしか俺は一緒に記憶を重ねていけないならばいっそ君と……

 仄暗い考えに支配されるようになった。

 だからそうなる前に俺は自分一人で決着をつけようと思う。


 ――弱い恋人でごめん。

 


***



 手首を撫でる、そこには痛々しい傷跡があった。

 母が何も教えてくれなかったのはこのせいだろう。

 誰がテーブルに手紙を置いたのか?

 これを読めば僕がどう行動するか分かっているだろうに。


 「ああ、そういえば洗面所に剃刀があった」


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