明日世界が終わる
その男は明日世界が終わるんだと叫んだ
俺が世界を壊すんだと泣き叫んだ
その男はいつも決まった曜日の決まった時間にいつもの席でいつもの酒を飲んでいる。どこにでもいるようなサラリーマンで客に絡んでは仕事の愚痴でくだを巻いている傍迷惑な酔っ払いだった。
「俺は指先一つで世界を変えられるんだぞ」
「へぇ、すごいっすね」
酔いがまわってくると決まって大言壮語を吐く、しかし俺はこの男が嫌いではなかった。この男が俺のことを愛しているとわかるから、俺を大切にしてくれているとわかるから。その感情はラブでもライクでもない一言では言い表せない複雑なものだった。
「じゃあ俺を金持ちにして下さいよ」
「いや……それは、……するから……ぶつ…ぶつ」
男は歯切れ悪そうに言い訳を繰り返す。
「代わりにこの枝豆をやろう、お前好きだろ?」
「……ぷっ、ずいぶん安い神様っすね」
「ふん、見ておれよ。いつかこの世界をもっと豊かにしてみせる」
「わーすごーい、んじゃ先行投資で俺のモツ煮分けてあげます」
モツを一欠片皿に移してやると男は不満げにそれを咀嚼した、あぁ楽しい。
しかし男は日が経つにつれて窶れていった、愚痴も日に日に酷くなる。
物に当たり、人に当たり、俺にも当たり散らした。
男の周りには人が寄って来なくなった、でも俺は男の側にいる。
「なぜ理解してくれないんだ!金にならない?それが何だって言うんだ」
「だってお金は大事じゃん」
「命よりもか!?」
男はノイローゼになっていた、幻覚を見ている、そうありもしない。
その日、男はいつもと違う曜日、いつもと違う時間、席にも座らず、酒も飲まずに素面で叫び散らしていた。
「明日世界が終わるんだ!俺が世界を壊すんだ!」
灰皿を店の窓に投げつけガラスが割れる。
男を怖がり客も店主も出て行った。俺と男の二人きりになった。
「俺が壊す!俺が殺す!」
壊れたレコードのように繰り返すその口を塞いだ。
「もういいよ、あんたは頑張った、少なくとも俺は恨まない」
男は嗚咽をもらし、俺の前から姿を消した。
勤務時間外にここに来ていたのだろう、もうタイムアップだ。
俺は割れたガラスの破片を手に持ち胸に突き刺した。
これで男の罪悪感が軽くなるとは思わないけれど、俺は彼の指ではなく自分の手で死ぬことを選んだ。
「……さよなら、神様」
***
プロジェクトの凍結が決まった。
それは小さな町を再現した仮想現実のシミュレーター装置。
この開発には金がかかる予算はすぐになくなった。
資金調達に走り、出資者を募ったが、
採算が合わないからと理解は得られなかった。
既にシステムは膨らんだ負債の回収の為売られ、
データベースを白紙にして引き渡す予定になっている。
データフォルダーをドラッグ&ドロップして消去する。
今日、コンピュータの中の一つの世界が終わった。
俺の指が生み、育て、壊し、殺した。