表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

召喚聖女のお父様~俺の娘が聖女として召喚されたらしいが、うちの子まだ五歳なんですけど?~

作者: 村玉うどん

悩めるおとんのぐだぐだ。


 娘自慢をさせてくれ。


 と、その前にまず、自己紹介からだな。俺の名前は岩林蓮。蓮と書いて『はすみ』と読ませる。俺が付けたんじゃない。いちゃもんなら俺の親父につけてくれ。


 なんてそんな事はどうでもよくてだな。

 俺の娘、岩林果音ちゃん五歳についてだ。果実の音と書いて『かのん』。この名前を考えたのは今は亡き、俺の妻だ。


 妻は二年ほど前に風邪を拗らせてちまってな。信じられるか? たかが風邪で人が死んじまうなんて思わなかった俺は、当時三歳だった娘を寝込む妻に任せて仕事に行ったよ。


 あー……。うん。

 それから娘と二人、何とかやってきたんだけどよ。


 妻の両親が俺には任せられないって、娘を養子にさせてくれって頼み込んできたりしてさ。あの時は本当に大変だったよ。寝言は寝て言えっつーの。大事な娘だぞ? もちろん俺はそんな事、許さなかったけども。

 お袋も、最初は(うち)まで通って来てくれてさ。娘の面倒をみてくれたんだが、シングルで子育てが無理なら実家に戻ったらどうかって言われて、そん時もビシッと言ってやったのさ。


 大丈夫。俺なら上手くやれるから。


 てな。


 それで、それでな。どこぞの世界の女神様とやら。

 俺の娘は本当にイイ子なんだ。

 延長保育ギリギリで、いつも最後まで独りで待たされてて。たまに目元が赤く腫れさせてる日もあったけど、俺の前では泣かないし何も言わない。


 ワガママ言って困らせたりしないし、休みの日に相手をするシッターの言う事だってちゃんと聞く。何せ俺がそう躾けたからな。物分かりのいい、利口な娘だ。


 まだ、五歳なのにな。


 保育園の送迎も、妻が生きてた時には一度も行ったことが無くて。だから、いつぶりだったんかな。手を繋いでさ。ちっちゃいのに、いつの間に立っている俺の手まで届くようになったん!? て、驚いちまったよ。ほんの少し前まで地べたを這ってたハズなのに、ビックリだろ!


 ボタンのないパジャマは自分で着られるが、朝起きてからの着替えはまだまだだ。見かねて掛け違えたボタンをなおしてやったら、でっかい目ン玉をさらに丸くさせてよ。驚いたのかは知らないが、ただでさえ赤い頬が真っ赤になってたよ。


「□□□□■□? ■■□?」

「な、何だお前たちは! ここは、いったい、何がっ……?!」


 灰色のレンガか、石を削って作ったタイルか。気づいたら薄暗い、壁のある広場の様な場所にいた。俺と娘が放り出された地面には、円形の落書きが光り輝いていて――て、いったいここはどこだ?


 その光る図形の中心に尻をついている俺と、その後ろで気を失っているのか、目を閉じて横たわっている娘。娘を見た瞬間、俺は血の気が引いて娘に飛びついた。暖かく、小さな鼓動に安堵する。


 先程尻をついていた時に見た、見知らぬ複数の外国人。奇妙な仮装姿で俺たちを見下ろしていた。


「何だこれ! 何だよこれは!」

「■■□■□□□□□」


 英語じゃない。外国人どもが何語を喋っているのか、全く分からない。

 確か俺は仕事帰りで、保育園から延長超過のお叱りの電話がかかってきて――。疲れた頭でひたすら中身のない謝罪を繰り返し、娘と二人、無言で横断歩道を渡っていたんだ。


「■■■□」

「うるさいうるさい。何言ってるか分かんねーよ。そうか、ネットの……迷惑配信者とかのアレか? なあ? どうなってるんだよ!」


 横断歩道で、暗い道だったから。余計にライトが眩しくて。思わず目を庇って立ち止まったんだ。ヤバいと脳が認識する前に握っていたものを、さらに強く握り込んでしまって後悔した。

 普通はさ。突き飛ばしたり、咄嗟に身体が動くもんだろ。無理だったよ。


 なのに気づいたらここにいた。()()()()()()、知らない女の人と話した気がするけれど、思い出そうとする度に意識がハッキリしてくる。

 ハッキリした分その事実が消えていって、あれ? 俺は今、何を考えていたっけ?


「■□□□□□□□□□」


 仮装姿の外国人が右手にでかい光る石を持ち、俺へと向ける。

 一気に覚醒した俺は、鈍い、疲れ切った動きで身構える。外国人のもつ石が光りを放ち、何かされると思ったがなにも起きなかった。


「どうだ? 我々の言葉は通じているか?」

「な、どうして急に『ニホン』語を!?」

「違う。君たちが我々の言葉を理解し、話せるようになったのだ」


 言われて、外国人が持っていたでかい石が、どこにも無いことに気がついた。

 なんだそれ。

 息を呑み外国人を睨む。それなりに強い力で抱いてしまっていた娘は、なぜか目を覚さない。


 病院? いや、それよりも目の前のふざけた連中からなんとか逃げないと。配信者だかなんだかの、クソ企画に付き合っている暇はない。

 なのにどうしてだ。


「俺たちを……どうするつもりだ」


 声は掠れて、足が震えて立ち上がれそうにない。


 外国人――先程石を俺に向けた、金髪の長い髪の男。男は西洋の甲冑のようなものを身に着けているし、男の後ろにも同じような格好の者たちが複数いる。あとは黒っぽい光沢のある、レインコートみたいな服装の奴らが多数。


 その黒のレインコート集団から、一人装束が派手めな人物が出てきて、長髪男の隣に立った。


「貴方に用はありません。我々がお呼びしたのは、女神の代行者となられる聖女様でございます」

「女神? 代行って」


 黒レインコートの中身は爺さんなのか、しわがれた男の声がした。

 無意識に強く娘を抱き込む。


「アルタリュール様。まずは聖女様のご容態を優先したほうがよろしいのでは?」

「……そうだな。これも女神様の思し召しか……繋がっておる」

「繋がる――とは?」

「ワシは召喚の儀の成功を伝えに参る」

「かしこまりました。聖女様のご案内は我らに任せて頂いても?」

「好きにせい」


 目の前で勝手に話が進んでいく。せいじょって、聖なる女性って書くあれだろ。つまりは女性。見る限り広いホールのようなこの場所で、性別が女でありそうなのは、腕の中の娘くらいだ。


 逃げなければと思う反面、事情を説明すれば助けてもらえるかもしないと、謎の楽観的思考も浮かぶ。

 いったい何から、どう助けてもらうんだよ。


 金髪長髪野郎が振り返る。見下ろす灰色の目と視線が交わり、男が一歩こちらに足を浮かせて、俺は腰を浮かせた。

 立ち上がれなかった。娘は左腕に抱いたまま、震える右手で胸ポケットに刺していたボールペンを突きつける。


 相手は剣らしきものを持っている。銃刀法違反じゃないの!? いや、作りものであれば所有は可能だったか? 分からない。


「く、来るな」


 歯が痛いほどかち合い、舌を噛まなかったのが不思議なくらいだ。


「くるな! くるなよっ!」


 男は踏み出しかけた足を戻す。対して俺はガクガクに震え、まともに息が出来ているか怪しい。

 立ち止まったはずの男が、一歩進んだ。


「くるなって言ってるだろ! くそ! くそお」


 中腰だったが、よろけて後ろに倒れ込み、床石にぶつけないよう果音の頭を抱える。


「俺の娘に、手を出すなぁ」


 仰向けに倒れ込んだまま、ボールペンの頭――ノック部分――を男に突きつけ逸らさない。男が右手の平を俺に向け、ゆっくりと近づいてくる。

 音源はどこか。何かの装置でも起動したのか、させたのか。カチリとなった音に、俺はショックのあまり気を失ってしまった。


 だって気が付かなかったんだ。あの音の正体が、男の手の平がボールペンの頭を押し込んだだけの音だったなんて。




――暗転――




「うわぁぁぁぁぁっ!」


 叫び声を上げ、俺はベッドの上で飛び起きた。

 どくどくと早鐘を打つ心臓がうるさくて、血液が急速に巡ったからか耳鳴りもする。無意識に辺りを見回し、見知らぬ部屋だと認識する前に、今度は急速に血の気が引いていく。


 果音がいない。


 ベッドから飛び降りようとし、右手に触れた柔らかい感触に、果音が俺の隣で寝ていたことに気づいた。先程触れたのは果音の長い黒髪で、不器用な俺は髪を結んでやることも出来ず、代わりにリボンの飾りがついたピンを買ってやった。

 果音はそれを自分でつける。


「少しは落ち」

「うわっひょぉおおい! へ? なに、誰か居たの!?」


 見知らぬ部屋。先程見渡した時は誰も居なかった、はず。いや、なにか甲冑の()()が扉の近くにあった気もするが、分からないしどうでもいい。


「話をしようじゃないか、聖女様のお父上殿。立てるようなら、どうぞそちらの椅子へ」


 警戒を顕に、少し迷ったあと俺は中央にある椅子へと座る。テーブルを間に挟み、向かいの席に金髪で長髪の甲冑男も座った。


「まずは簡単に自己紹介を。――私はこのイクセール王国、王国騎士団第二隊隊長を務めるアレン・ノーヴァ・ヴィクサドートと申す」

「は、はあ……?」

「それで、異世界から来られた聖女様のお父上殿。貴殿の名は?」

「………………、『イワバヤシハスミ』」

「イヴァ……?」

「…………」

「…………」


 再度名乗る気にはならず黙り込む。そもそも、ここに長居するつもりなどないし、目の前の外国人が名前を理解したところで呼ばれたくもなかった。

 苛立ちを隠さずアレンと名乗った男を睨む。アレンは呆れと疲れを滲ませたような、大きなため息を吐き出した。


「ざけんなよ、ため息付きたいのはこっちだっつーの……」


 相手が聞き取れるかどうかの小声で呟く。俯きがちに視線を逸らせば、ベッドで眠る果音の後ろ頭が視界に入った。


 そうだ。不貞腐れて、無為な時間を過ごしている場合じゃなかった。


「あの、……その。俺たち、いつになったら家に帰してもらえますかね?」

「家に帰る?」

「はい。いや、どうやって連れて来られたのか分かりませんが、これって誘拐ですよね? 犯罪行為だって分かってますか?」

「………………」

「そもそも、お宅さん俺と同年代くらいですよね。いい歳した大人が、そんな格好してごっこ遊びかなにか」

「ここは貴方たちの住んでいた世界とは違う。よって貴方たちは帰れない」

「――は、ははは。何言って」

「もう一度言おう。君たちは二度と帰れない」

「ざけんなよ!」


 ガタンと椅子が蹴倒される音が響く。相手の胸倉を掴みたくても、鎧に覆われ掴む布地も無ければ、テーブルが邪魔でまず届かない。

 落ち着け、と自分に言い聞かせるように呟く。が、怒りなのか、どこかで絶望を理解していたのか、目の奥が熱く爛れていく。


 帰れないと言われた。異世界だと、知らない国の名前を言われ、しかも王国で騎士団だと。なんだ、意外と理解してるじゃん、俺。営業で培った記憶力舐めんな。


「百年に一度。瘴気の浄化のため、我が国は聖女召喚の儀を行っている」

「…………」


 唐突に目の前の男は求めてもいない説明を始め、俺は聞く気などないと倒した椅子を戻す振りをする。


「瘴気の浄化は、異なる世界から呼び寄せた聖女様にしか行えない。女神様に選ばれた女性をこちらへ呼び寄せる際、女神様が聖女様へと御身のお力を分け与えてくださるのです」


 戻した椅子を睨みつけ、仕方なく座ってやる。


「女神様が選び、我らはそれを手繰り寄せるのみ。貴方たちがどこから来たのか、どこへ帰るのか、私たちには分からない」


 力任せにテーブルを殴りつける。頑丈なテーブルだ。俺の手のほうが痛い。

 この部屋には窓がない。扉は、長髪男の後ろに一つあるだけ。


「どうか聖女様のお力で、我が国をお救い下さい」


 甲冑が音を立て、アレンが頭を下げる。俺の目から雫が溢れた。

 俯いていたから音と影が揺れたことしか分からないが、何とか声を絞り出した。


「ぉ……おねがい、しまず。あぎらめべ、くだはいっ…………、ぐにを、あなたがた、のくに、を……」


 涙が溢れ、喉が焼け付いている。


「おれには、おれのぜかい()のほうが、大事な、です」


 ろくに残業もせずに保育園に向かって、同僚たちの陰口が増えた。

 出来ない男だと思われたくなくて、差し伸べられた手は突っぱねた。

 自分の事だけで精一杯で、それ以外の人間は蔑ろにしてきた。気遣う余裕も、受け取るだけの器も持ち合わせちゃいなかったんだ。


「おれのぜかいを、おれから奪わないでぐだざいっ!」


 もう何も残っていないのに。


 アレンが黙り込む。俺の滲んだ視界にはテーブルと、自分の身体しか見えていないので、奴がどんな表情を浮かべているか分からない。


 力ずくでこられたら勝てない。

 俺が見たのは薄暗い広場と、今いる窓もない部屋だけ。本当にここは日本じゃないのか。相手の意見を突っぱねた俺は、今すぐにでも殺されるんじゃないのか。


 逃げたい。死にたくない。けれど子供一人抱えて、どこに逃げたら良いんだ。もしかしたら、子供相手だぞ。安全は保障されていて、危険なことをやらされるわけじゃないのか、も――――――……。


 覚悟を決めろ。


 鼻水をすすりながら顔を上げたら、まっすぐ俺を見ていたアレンと目が合った。


「もっと、詳しい説明をお願いします」


 背広の袖でぐちゃぐちゃの顔を拭う。ハンカチは鞄の中だ。


「分かった」


 アレンが頷く。


 さあ、見極めろ俺! 今こそ数多の人間と腹の探り合いをしてきた、社会人スキルを発揮する時だ。


 俺は、俺のために、俺の世界を守る。


「まずはショウキと、浄化っていうものの説明をお願いします」


 俺は聖女様のお父様。岩林蓮様だ!








 その時の俺はアレンから情報を引き出すのに必死だった。

 だから俺の言葉を聞いた果音が、真っ赤な頬で寝たふりをしていたなんて、全く全然、これっぽちも気づかなかった。

レインコート爺さん曰く繋がってるので、その分おとんが頑張ります。


ご拝読ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ