9話 エルフの大賢者1【シリウス視点】
大賢者ルルージュは、賢者であった俺にとっては、憧れの大先輩である。
そんな相手と魔法合戦ができるとは、幸運である。
嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
しかし、ゴブリンの笑顔である。
それは凶悪にしか見えなかったようだ。
笑みを見たルルージュは、警戒を一層強める。
「お主には聞きたいことが山ほどあるのだが答えてくれるかの?」
「なんでしょうか?」と俺はこたえた。
敬語を使った俺に、ルルージュは少し驚いていた。
俺は賢者の大先輩である相手に自然と敬語がでてきていた。
「私に敬語を使うか。やはりゴブリンとは思えないねえ。
お主は何者だ?」
俺が賢者の転生者であると知られるとどうなるのだろうか。
ルルージュには知らせてもいいように感じた。
しかし、エルフは人間嫌いである。
魔王討伐の際には協力してくれたとはいえ、ルルージュも例外ではない。
賢者の後輩ではあるが、人間であることは隠しておいたほうがいい。
俺は質問には答えず、沈黙を守った。
「答えてはくれぬか。
もう一匹のゴブリンについても聞きたいのだがねえ」
「もう一匹のゴブリン? なんの話ですか?」
俺以外のゴブリンが、この里にいるのだろうか。
心当たりのない内容だ。
「おや、その反応は本当に知らないようだね。
お前に遅れて、もう一匹、ゴブリンが森に入ってきているのだが」
俺はそのゴブリンが何者か知らない。
それよりもルルージュの反応が気になる。
ルルージュは「その反応は本当に知らないようだね」と言った。
人が嘘をついているのか、ついていないのかを外見から判断するのは難しい。
ましてや、エルフがゴブリンの表情を読むなんてことができるのだろうか。
いや、できないだろう。
つまり、ルルージュは俺の心を何らかの方法で見ている。
おそらく、魔法だ。
俺は急いで、魔法防御の結界を張った。
普通は、俺に精神系の魔法は効かない。
身体に流れる膨大な魔力が、自動でそのような魔法をはじき返してくれる。
しかし、さすがは大賢者だ。
それをあっさりと乗りこえてくる。
「私の精神干渉魔法に気がついたようだね。
心の中が読めなくなったよ。
本当に、ゴブリンとは思えないね。知能も高い」
ルルージュは、カッカッと笑う。
意外な強敵の出現を、どこか楽しんでいるようだ。
俺に似ている。やはり同じ賢者である。考え方が同類なのだ。
そして俺と同じということは、大嘘つきであることも似ていそうだ。
俺は魔法防御を重ねがけした。
ルルージュの表情が曇る。
ルルージュは「心の中が読めなくなったよ」と言った。
わざわざ言った。この言葉は嘘だ。
実際は俺の魔法防護をすり抜けて、まだ俺の心の中を見ることができていたのだ。
防御魔法を重ねがけされて、精神干渉が防がれたので、表情を曇らせたのだ。
これで完全に防いだと思うが、念のために、さらに魔法防御魔法を唱える。
目の前にいるのは、伝説通りの大賢者ルルージュだ。
俺に気づかれずに精神干渉魔法をかけることができる技術あり、一癖も二癖もある狡猾さも持っている。
ルルージュは精霊王の力をそのまま使うことができると言われている。
精霊の王といえば、ほとんど神様みたいなものだ。
事実、エルフの間では信仰の対象となっている。
人間嫌いのエルフであるルルージュが、人々の前でその力を見せたことは少ない。
前回の魔王との戦闘は600年近く前の話だ。
その次に、人々の前に姿を現したのは、200年前になる。
その時は、人間が攻撃を受ける側として、その魔法を見ることになる。
300年前、人間はエルフの森に1万の軍隊を送った。
エルフの里に生えているという世界樹を、人間のものとするためだ。
魔王討伐に、ともに協力した仲だというのに、人間の業というのは卑しいものだ。
そんなことは、昔話として片付けられ、エルフの里を制圧にかかった。
まあ、300年前の話となると、人間の寿命で考えると大昔だ。
仕方ないことかもしれない。
それにいくら長寿のエルフとはいえ、大賢者ルルージュはもう亡くなっているだろうと思っていた。
1万の軍隊がエルフの森に侵攻する。
しかし、エルフの森では、強力なモンスターが現れる。
自分たちの実力よりも強いモンスターに遭遇する仕組みになっている。
1万の軍勢が、次々とその数か減らしていった。
それでも数に物いわせて、軍は強引に森の深部へと歩を進めた。
1万の軍勢は半数に減っていたが、あと少しで、エルフの里という位置まで来ることができた。
そこで、エルフの結界魔法が発動して、人々はエルフの森の外に強制的に転移させられる。
大きな犠牲を払っての進行が、一瞬で無に帰してしまった。
このまま何の成果も出さずに、王都に引き返すわけには行けなかった。
すでに多くの犠牲を出していた。
司令官は、軍に再度の突入を命じた。
しかし、結果は同じだった。
半分の犠牲者を出して、また、森の外に追い出された。
最初1万いた軍勢は、2千にまで減っていた。
ようやく人間たちは、撤退を始めた。
王都への帰還を始める。
だが、大賢者ルルージュは、今回の人間の侵攻に大きな怒りを覚えていた。
2度とこのような愚かなことを人間が行わないように、王都に引き返していく軍隊に呪いをかけた。
明日には王都に帰還できると喜んでいた野営中の深夜のことである。
兵士たちは全員が同じ夢を見た。
寝ずの番の、見張り役もその瞬間は夢を見た。
起きているのに、夢を見たのだ。
その夢は、大賢者ルルージュが現れ、一言告げるだけのものだった。
「進め」
と、ルルージュが言うだけの内容だ。
5秒もしないで、その夢は終わる。
翌朝、その夢は兵士たちの間で、大きな話題となった。
全員が同じ夢を見たのだから、当然である。
しかも先ほどまで攻めようとしていたエルフの里の英雄、ルルージュが登場したのだ。
不安が広がらないわけがなかった。
だが、変化は何も感じなかった。
異常は何もない。
軍はそのまま無事に王都へ帰還することができた。
異変に気づきだしたのは、帰還後、1週間を過ぎてからだった。
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