8話 エルフと決闘3
地面に赤い花が咲き乱れる。
一瞬にして赤い絨毯の上に、シリウスは立っていた。
シリウス以外の者には、この花は見えていないようだった。
その花は、バラのように複数の花弁が折り重なっているが、上への広がりは少なく、タンポポのように平たい球体の姿をしている。
シリアスはこの風景が幻覚であることに、すぐに気がついた。
実によくできた幻で、現実との違いがまったくない。
気づかれないように魔法を発動されれば、シリウスでもしばらくの間は幻影風景だと察せずにいただろう。
シリウスには、第八深度以上の高出力魔法をこの空間で爆発させて、この幻覚も吹き飛ばすことが可能だった。
しかし、シリウスはそれをしなかった。
力押しの無粋な解決方法を嫌ったのだ。
それに、この後に続く魔法の効果が見てみたかった。
「この花には毒がある」とロジンは言った。
「花が出している毒が、今この空間に充満している」
シリアウスは確かに、身体に痺れを感じていた。
「そして、この花は花弁を引きちぎると、より強力な毒を放つ特性がある。
それはなかなかの猛毒だ。
ドラゴン一体ぐらいなら屠ることができる。
ゴブリン相手なら、言わずもがなだな」
ロジンは、ゆっくりと世界樹の杖をかかげて、風魔法を唱える。
幾筋かの旋風が、流れ去る。
花は揺れ、花弁が吹き乱れる。
シリウスの全視界で、花びらが舞い散る。
赤い小さな花びらが、ひらひらと青い空から降りそそいでいる。
まるで、雪原に降る雪のようだった。
しかも、その雪は鮮やかだった。
きっと、この魔法を見たものは、猛毒に侵されながらも、この光景を美しいと思ってしまうのだろう。
死の恐怖を凌駕する、感動がこの景色にはあった。
エルフは、美男美女ばかりだが、魔法にも反映されているのだな、とシリウスは思った。
単に攻撃的な魔法ではなく、芸術性をもたせる。
エリートであるエルフの矜恃がよくわかる。
しかし、そのために魔法の威力が犠牲になっていた。
第六深度の魔法にしては、殺傷能力が低い。
シリウスは解毒魔法をかけ、一瞬で身体の毒を消すことが可能だった。
ただ、毒は空気中に充満しているため、またすぐに、毒に侵される。
それをまた解毒魔法で治す。
その繰り返しを行っていた。
普通は解毒魔法の連続使用で魔力切れを起こしてしまうが、シリウスの膨大な魔力量の前では、問題にはならなかった。
ロジンは、いつまでも立ちつづけているゴブリンに驚く。
1秒とせずに、毒に侵され倒れこむはずだった。
ところが、ゴブリンにその気配はない。
この魔法は、相手が致命傷を負うまで半永久的に維持される。
しかしロジンは華園を使ってことで、現在魔力が空である。
もしも今ゴブリンに反撃されると、防ぐすべがないのだ。
シリウスは、魔法空間を観察していた。
さすがエルフと思える高度な技術が使われていた。
しかし賢者であったシリウスにとっては、参考になる部分は少なかった。
少しは勉強になったが、シリウスはこのまま戦闘を続けても時間の無駄だと判断した。
次の瞬間、幻影が消える。
エルフの里の風景に戻った。
ロジンは顔が蒼白となる。
口の閉じ方を忘れた老人のように、固まっていた。
ロジンの作り出した華園が解除された。
それは魔法が乗っとられたことを意味する。
魔法の乗っとりは簡単ではない。
相当な実力差、魔法使いとしての格差がないとおこなえない。
目の前のゴブリンが、自分よりも格上だと突きつけられたのだ。
周りにいるエルフ全員が、その事実を悟った。
ロジンと同じように、時間が止まったように固まっている。
シリウスだけが、ゆっくりと動き、右手をロジンに向ける。
「風切り」
風の刃を受けて、ロジンはなすすべなく吹き飛んでいく。
大樹の幹にぶつかり、投げ捨てられた人形のように、横たわる。
死んではいなかったが、意識は完全に失っていた。
「俺の勝ちだな」とシリウスは、エルフの群衆に声をかける。
誰かが返事をしたわけではないが、シリウスは地面に転がっている戦利品の世界樹の杖を拾いにいく。
エルフの里にはまだまだ興味があったが、シリウスはこれ以上エルフたちと争うつもりはなかった。
この杖だけでも充分な収穫だ。
杖に手を伸ばそうとしたところで、シリウスは咄嗟に後ろに飛び退いた。
先ほどまでシリウスのいた場所に、雷撃が落ちる。
雷の衝撃により上がった煙幕が、風に流されて消えていくと、そこには老婆のエルフが立っていた。
「すまないな、ゴブリンよ。
世界樹の杖は、簡単に部外者に渡していいものではなくてな。
お前さんに持たせるわけにはいかんのだよ」
エルフの老婆は言った。
「族長」という周りのエルフたちのささやきが聞こえる。
シリウスは、この老人を知っていた。
いや、帝国に暮らすものなら誰でも知っているだろう。
大賢者ルルージュだ。
前回の魔王討伐のさいに、勇者とともに戦った、伝説の存在。
この大賢者がいたからこそ、前回の魔王は倒すことができたとも評されている。
子供の頃に聞かされた神話の中の登場人物である。
「お主が退かぬというのなら、次は私が相手だ」
大賢者ルルージュはゆっくりと杖を構えた。
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