62話 出陣
10万人が前後左右の距離を均等にあけ並んでいる。
人同士の間隔はおそろしく正確だった。
まるでパソコンの画面に映しだされた図形のように。
これだけの人数の人間が、統制のとれた行動をおこなう様は、美しかった。
無生物に生命を感じることが、美術のひとつのあり方だ。
今にも動きそうな人物の石像や、あたかもその場所に行ったことがあるかのような幻想的な森の風景画。
その反対もしかりである。
人間が人工的建築物のように見える様も、美しさがあった。
バドル城への出陣を前に、広野に均一に立ち並ぶ10万の軍勢は、ひとつの芸術作品といってもよかった。
規律のとれた軍の組織力が体現されている軍隊を見て、総司令官エンデグは笑みを浮かべる。
エンデグはこの大勢の人間の頂点に立つ自分に酔いしれながら、司令官として檄を飛ばす。
「この数百年、人類の領地は狭まる一方だった。
しかし本日で、その収縮も終わる。
バドル城を制圧して、その地で人々がまた暮らしだす。
このバドル城攻略により、人類は再び世界の覇者へと歩みだすのだ。
人類の栄光の一歩を。いざ出陣」
エンデグの言葉を受けて、10万の兵士が「おお」と喝采をあげる。
それにつづき、10万の軍人全員が揃って右足を前に出し、一歩を踏みだし、前進を始める。
まるでベルトコンベアのように、陣形を維持したまま、軍隊はバドル城へと進撃する。
エンデグは、味方であるのに、その迫力に体がのけぞらせてしまった。
それほどまでに圧があった。
そして事実、この10万の軍は力強かった。
昨日までの軍勢とは、その力が大きく変わっていたのだ。
この軍勢からは、不気味なくらい巨大な魔力が溢れだしていた。
10万の兵は、巨大な化け物のように見えた。
「なんですかあれは」
その光景を基地より見ていたラビがうなる。
そこにいる軍人たちは昨日とは別人だった。
全員魔力が大幅に強化されている。
10万の兵は、ラビやダンから見ても強力な存在にうつった。
これまで魔王軍に連敗してきた軍隊とは思えなかった。
「あの魔力は人間のものではない」とダンが言った。
「では、彼らは魔物に操られているということですか」
「いや、操られてはいないようだ。
魔力だけ供給されている状態だ。
それもかなり強力な魔力だ。
10万の兵士すべてに魔力を与えることができ、そしてこの魔力の質、こんなことができるやつは限られている。
おそらくこれには、魔王軍幹部がかかわっている」
「魔将サディ、、」と、ラビがもらす。
魔将サディは傀儡子だ。
人間を操ることができる。
今、10万の兵士は操られてはいない。
しかし、人間に魔力を供給するといのは、傀儡子の能力に近い。
「ただ、その目的がわからない。
先ほども言ったように、兵士たちは操られてはいない。
さすがにサディでも10万の兵を同時に操ることはできないだろう。
兵たちにはちゃんと理性があるし、自分の意思で行動することができる。
サディは魔力を与えて、人間を強化しているだけのようだ。
はたして、これに何の意味があるのだろうか。
魔王軍の拠点であるバドル城を攻めようとしている敵軍の兵士を強化する。
そこには何のメリットもない。
むしろバドル城の崩壊の危機であり、デメリットでしかない。
どうして、サディがこんなことをしているのかがわからない。
またエンデグは、対城塞兵器も用意していない。
これは明らかにおかしかった。
城門を壊すには砲台は不可欠だし、城壁をよじ登るための梯子なども必要なはずだった。
しかし今回の遠征ではそれらを準備していない。
どんなに無能であるエンデグであっても、城を落とそうという今、それらを用意しないのは不自然だ。
これらを不要と判断する材料が何かあったはずだ。
城門や城壁は問題にならない、ないものとして行動して良いという情報が入ってきているのだ。
おそらくその情報もサディがもたらしたものだ。
対城塞兵器を運ぶ必要がなかったおかげで、軍の移動はスムーズで素早いものとなる。
そのためバドル城の魔王軍には、今回の進軍は気づかれていないはずだ。
これで奇襲をかけるような形で、バドル城に攻めいることができる。
人類にとってはかなり有利だ。
サディは、まるで人間に勝たせようとしているようだ。
事実そうなのかもしれないが、そこにある魔将サディの真意が全然わからん。
まあ、わかったところで、魔将相手では、今の自分たちでは何もできないのだろうけどな。
つまり、このまま大人しく、待機して状況を見守るしかなさそうだ」
ダンはそう言って、あくびをする。
そして、そのまま近くにあったラビのベッドに、倒れこんで寝てしまう。
ラビは窓から10万の進撃を眺める。
この戦力なら、簡単にバドル城を制圧できそうだった。
問題はそのあとだ。
人間の勝利のあとに、一体サディはどう動くのだろうか。
ラビはそう遠くない未来を想像し憂いを抱く。
しかしこの未来予想は大きくはずれることになる。
簡単にバドル城を制圧などできるはずがなかったのだ。
何しろ、バドル城には、弟ゴブリンも魔将ダダもいたのだから。
こうしてバドル城の攻防がはじまる。
この戦いがすべての狼煙となる。
ブックマークが100を超えました!
ありがとうございます!
やはり、なろう作家としては、意識してしまう重要なポイントですね。
とても嬉しいです。
今後も、よろしくお願いいたします。
明日からは、また投稿時間を早い時間に戻そうと思います。
午前7時15分ごろに投稿予定です。
 




