60話 ゴブリンとダダ
弟ゴブリンが上空に手をかざすと、曇り空が炎で覆いつくされる。
炎は蛇のようにうねっている。
トグルを巻く炎のうねりが、一部が大地に向かって突きだしてくる。
弟ゴブリンが腕を振りおろすと同時に、そこから炎が勢い良く流れ落ちる。
大地に大きな穴があく。
空に浮かぶ炎がその穴に吸い込まれるように押しよせる。
大地が揺れ、爆風が吹き荒れる。
炎がすべて流れでると、空にはまた青色が広がった。
炎は大地の大穴に吸い込まれ消える。
「炎属性の魔法もほぼ完璧ね」
弟ゴブリンの横に立つ女性魔将のダダが、軽く拍手をしながら言う。
弟ゴブリンは嬉しそうに「ギイ」とこたえる。
ふたりは今、魔法の練習をしていた。
ダダが弟ゴブリンに魔法を教えているのだ。
エルフの森で弟ゴブリンはレベルアップにより強くなった。
しかし、魔法は使えなかった。
魔法とは学問のようなものであり、知識のない状態で独学でマスターするのは難しかった。
弟ゴブリンが魔法を使えなかったのは当然のことだった。
しかし今は、ダダがおり、魔法の基本を学ぶことができた。
弟ゴブリンは順調に魔法を習得していっていた。
もともと魔法に必要な魔力は充分に持っていた。
キャラクターに似合わずダダの教え方もうまく、弟ゴブリンはすんなりと魔法を身につけていった。
その成長スピードは驚異的で、魔法の威力だけなら弟ゴブリンは師匠のダダをすでに超えていた。
弟ゴブリンがなぜ勇者に圧勝できたのかも、この魔法習得に理由がある。
それまでの彼の実力なら勇者に勝てる見込みはなかった。
しかしダダに魔法を教わり、これまでの剣術だけでなく、魔法も戦闘に組みいれることできた。
そのために弟ゴブリンの戦闘力は倍以上にレベルアップしたのだ。
特に相性が良かったのは、身体強化の魔法である。
これにより自身の身体能力を数倍にあげることができるようになった。
弟ゴブリンの剣は、それに比例して爆発的な力を持つようになる。
弟ゴブリンの魔法はまだまだ覚えたてであり、成長期だった。
日々、ダダは弟ゴブリンに魔法を教え、日々、弟ゴブリンは力をつけていっていた。
「これでほぼすべての属性の魔法が使えるようになったわね」とダダは言った。
「炎、水、氷、闇、雷、風、土、これらすべての属性が使えるようになったわ。
私たち魔物は聖属性の魔法は使うことができないから、属性魔法については以上よ。
教えられることすべて教えたわ。
これからはひとつひとつの魔法の練度を上げることに集中していきましょう」
珍しく弟ゴブリンはダダの言葉にうなずくことなく、首をかしげている。
「ギイ、ギイいい、ギ、ギイイギイイイ」と、ゴブリンは言った。
ダダは弟ゴブリンに言葉も教えているのだが、なかなか話せるようにならなかった。
こちらが言ったことは理解できているようなので、言語の理解はできているのだが、発音がどうもできない。
弟ゴブリンが魔将となったときに、魔王様とのコミュニケーションは言語でおこなったほうが好ましく、練習させているのだが、なかなか上達しない。
ゴブリンの声帯では「ギイ」以外の発音はできないかもと諦めかけていたが、先日ついに別の音を発せられるようになった。
言葉の末尾につける「です」という音だ。
「了解です」という言葉を、「ギイいい、デス」と言うことができたのだ。
「りんごです」と言う言葉も「ギイい、デス」と言えた。
「了解」や「りんご」の部分が「ギイ」になってしまい、まったく意味の通じない言葉ではあるが、進歩は進歩である。
このまま毎日練習をつづければ、他の言葉も発音できるようになるかもしれなかった。
魔法とは違い、成長はひどく遅かったが、ダダは気長に見守ることにしていた。
反対に、ダダがゴブリンの言葉を理解できようになっていた。
弟ゴブリンの「ギイ」の連続音でも、正確に相手の言いたいことがわかるようになったのだ。
「確かにあなたは、聖剣を使うことができるわ。
でもね、だからといって聖属性の魔法は使えないのよ。
現にあなたが取りこんだ勇者レイも、聖属性の魔法は使えなかった。
聖属性の魔法は、魔力や魔法の才能だけではなく、心の清浄さを要求されるの。
人間でも極一部の、聖職者しか使えない。
魔物である私たちには到底、扱うことができないのよ」
弟ゴブリンは水をすくうかのように、両手で受け皿を作る。
そして、そこに魔力を溜めていく。
魔力は綿菓子のように揺らめいていた。
その魔力が白く輝きだす。
光は真っ白だった。
純白とはこのような色なのだと、誰もが感心する輝きだった。
そして、それは聖属性の魔力以外の何物でもなかった。
ダダは少し驚いて、しかしすぐに納得した。
このゴブリンなら、聖属性も使えうる。
ダダはまだ短い付き合いだが、弟ゴブリンの人となりがわかってきた。
このゴブリンは優しかった。
単純だが、純粋だった。
他人に対して、負の感情も抱かず、自分自身を卑下することも、尊大になることもない。
弟ゴブリンはすべてのことを受け入れ、常に自然体だった。
それはダダに、大樹が地に根をしっかりとはっている姿を想像させた。
聖者のゴブリン。へんてこな存在だ。
ダダは笑ってしまった。
「その聖属性の魔法を聖剣に流してみて」とダダは弟ゴブリンに言った。
弟ゴブリンは背負っていた聖剣を握る。
刀身が淡く輝きだす。
その輝きは、純白だった。
聖属性の魔法以上に白かった。
聖剣と名のつく剣だ。
当然ながら、聖属性の魔法とは相性がいい。
いや、本来は聖属性の魔法でしか聖剣は扱いきれない。
そう表現したほうがいいかもしれない。
聖剣がその真の力を解放していく。
聖剣の輝きが、弟ゴブリンの体へも広がっていく。
弟ゴブリンへ力が流れこんでいく。
弟ゴブリンはまた数段階、強くなる。
勇者レイでは不可能だった、聖剣の真価が発揮されていた。
聖剣のこの力を引きだせた勇者は、歴代でも数えるほどしかいない。
弟ゴブリンの力は、すでに魔将にふさわしいものとなっていた。
明日は15時15分ごろ投稿予定です。




