56話 鎮火
龍族のユニークスキルも人化だった。
ラージのユニークスキルも「ジンカ」だ。
ただし漢字が違う。
「神化」
「人」が「神」となる。
ラージはこれまで一度として「神化」を使わなかった。
魔族にとって神は敵だった。
神はあきらかに、人間に肩入れをしていたし、神の教えと言われるものは、魔族の常識とは相容れないものだった。
そんな神の力を借りるなど、魔族の恥だった。
しかしその力をついに使うことにする。
炎に包まれたラージの体が、光輝く。
炎が鎮火していく。
焼失していた手足が再生されていくのが、光のシルエットでわかる。
10秒程度で光はおさまる。
神化したラージの姿はあまり変わらなかった。
ラージはもともと神父のように姿勢よく、礼儀正しく、微笑みを絶やさなかったのだから。
見た目で変化があったのは、頭上に浮く光の輪だ。
俗に天使の輪と呼ばれるものだ。
金色の直径30センチぐらいの輪っかが、穏やかな光を放っている。
たしかに神々しさは増していた。
しかし彼の姿を見たものは、その神々しさよりも別の感情を抱くだろう。
神化により、ラージの魔力は増大し、脈動していた。
それは力強く、異質だった。
ほとんどの人々はその圧倒的な存在に畏怖をいだくだろう。
恐怖が人々を支配してしまう。
絶対に逆らってはいけないものへの、恐れが心を満たしてしまう。
シリウスも同じだった。
いつの間にか、ラージの威圧に右足を一歩あとずさっていた。
ラージに恐怖するのはこれで何度目だろう。
シリウスは世界樹の杖にまとう炎をラージに放つ。
ラージは鎌でそれを軽く払う。
炎はかき消える。
今度はラージが鎌を振るい、黒い霧がシリウスを襲う。
シリウスは風魔法で迎撃しようとするが、一発では威力がたりず、十数発を連続してくりだす。
それでなんとか黒い霧は消滅させることはできたが、ラージはもう次の一撃を放っていた。
シリウスはそれをかわすことができず、結界を張って身を守ろうとした。
しかし、結界は持ちこたえることができずに、シリウスに攻撃がとどく。
結界により威力は落ちていたので、ダメージはさほどでもなかった。
数カ所肌が切り裂かれた程度だ。
しかし回復魔法をかけても、再生は遅く、なかなか血が止まらなかった。
回復に手こずっている間にも、ラージの新たな攻撃がつづき、シリウスは回避動作のため回復に集中できなくなる。
シリウスの体に傷が増えていく。
どれも致命傷ではないが、このままではジリ貧だった。
追い詰められてきたシリウスは仕方なくギアを一段上げる。
シリウスの体から蒸気が上がる。
血管が浮きたち、筋肉がまた少しもちあがる。
全身にあった傷が、それに合わせて消えていく。
ラージの黒い霧の斬撃を、風魔法一発で迎撃できるようなる。
ラージがシリウスの力の上昇に眉をひそめる。
シリウスは魔素を体に取りこんでパワーアップしていた。
最初は腕にのみに、その後全身に。
つまり、魔素を多く取りこめ取りこむほど、力を得ることができた。
蜿蜿の火口にはまだまだ大量の魔素が漂っている。
シリウスはさらに倍の魔素を体に吸収させたのだ。
「なるほど、魔素を大量に取りこんだのですね」と、ラージは言った。
「しかし、大丈夫ですか?
体のほうにずいぶん負担がかかっているようですが。
物事には器というものがあります。
グラスにワインを入れば美味しいですが、カレーライスを入れたら不味くなります。
反対に、お皿に盛られたステーキは魅力的ですが、コップに押しこまれた肉の塊は食べたとは思いません。
それにふさわしい器というものがあるのです。
その魔素の量は、ゴブリンの肉体には少し過ぎたものに思われますが」
ラージの言うことは正しかった。
シリウスの肉体は、強引に詰めこまれた魔素により悲鳴をあげていた。
シリウスは激痛を感じていたし、いくつか内臓が損傷していることにも気がついていた。
魔素を吸収することによりたしかに力はアップしていたが、その代償は大きかった。
「たしかに俺には過ぎた魔素量だな。
今にでも、体が爆発しそうだ。
ただ、転生して思ったのは、ゴブリンは優秀だということだよ。
あまりゴブリンをなめないほうがいいぞ」
シリウスはさらに魔素を取りこんでいく。
さらに倍の量の魔素を吸収する。
全身から発せられる蒸気は高熱となり、シリウスの肉体に大粒の汗を吹きださせる。
その汗もすぐに蒸発する。
こめかみに浮かんだ血管がうごめく。
シリウスは眉間に深い皺を作り、目を強くつむる。
歯を食いしばっている口元からは、血が流れおちる。
しばらくして、シリウスはゆっくりと目を開く。
「ほらな、意外とこの体は持ちこたえるだろう」と、シリウスは笑顔を作りだして言う。
今度はラージが一歩後ろに退いてしまう。
シリウスから感じられる圧に押されてしまう。
明日も16時15分ごろ投稿いたします。




