54話 あがき
ラージの鎌が振りおろされると、黒い霧が刃となってシリウスを襲う。
その禍々しさに、シリウスは体が一瞬硬直してしまう。
黒い霧は、まるで光の粒子のように早く直線的に迫りくる。
前回の闘いで、ラージがこの鎌のような強力な武器を使うことはなかった。
やはりあのときは遊んでいたのだろう。
ラージと自分との力の差は、倍ぐらいだろうとシリウスは考えていた。
こうして対峙してみると、そんな生易しい差ではないことを痛感する。
様々な力を手に入れたのに、ラージの領域には指をかけることすらできていないかもしれない。
シリウスはあらためてラージという存在の特異さを痛感する。
シリウスは結界を展開する。
火の鳥の炎ですら0.1秒耐えることのできた結界だが、ラージの攻撃の前には空気でしかなかった。
数万と張られた結界はなんの効果も示さず、ラージの斬撃がシリウスに迫る。
シリウスは両手を突きだして押さえこもうとするが、黒い霧に触れた瞬間、手首から先が消滅をする。
シリウスは手を回復させようとする。
ただ今から手を再生しても間に合わない。
そこでシリウスは、まだ失われていない腕に魔素を注入した。
破壊される前に、構築してしまおうとしたのだ。
シリウスの両腕の筋肉で太くなる。
黒い霧の刃の進行が遅くなる。
現在、シリウスの両腕は、濃密な魔素で構成されている。
片腕だけでも、ドラゴン数千匹分の魔素が使われてる。
しかもこの魔素は、火の鳥を復活させるほどの魔素だ。
思いつきの策だったが、シリウスは超効果の肉体強化を現実できた。
黒い霧が勢いを失い、霧散していく。
シリウスの両腕は、熱した鉄板に押しつけられたアイスバーのように溶けていく。
だが、両腕はなんとか持ちこたえた。
黒い霧は完全に消失する。
シリウスはすぐさま、失った両腕を再生する。
さらにシリウスは体全体に魔素を取りこむ。
先ほど腕のみにおこなっていたことを、体全体にしたのだ。
シリウスの身体が一回り脹れる。
細身のシルエットが、戦士のようながっしりしたものになる。
大量の魔素を吸収したので、魔力も大幅に上昇する。
ラージが小さくため息をつく。
これがシリアスの強さなのだと思う。
しつこいのだ。
敗北の直前でなんとかそこをくぐり抜ける。
くぐり抜けると、彼はさらなる力を手に入れている。
前回の戦いの時も同じだった。
あともう一押しのところで、仕留めきれず、いつの間にかこちらの状況が悪化していた。
ラージが鎌を振り、黒い霧の斬撃を飛ばす。
今度は一発のみではない。連続して放ちつづける。
シリウスはそれを走って避ける。
シリウスが走り抜けたあとの場所に、つぎつぎと斬撃が飛びこんでいく。
床や壁をラージの斬撃が破壊していく。
火口がその姿を崩していく。
穴が開き、崩壊がおきる。
山全体が削り取られていく。
火の鳥の氷像が砕け散る。
長い首が折れて、翼は粉々になる。
凍っていたマグマも溶け、ものと灼熱へと戻っていく。
シリウスは斬撃に、風魔法をぶつけるが、簡単に消滅してしまう。
お湯のなかに入れた塩のように、魔法はすぐになくなってしまう。
シリウスの魔法も極深度の最大限の威力をのせた攻撃である。
それでもラージの魔法とでは、猫とダンプカーぐらい差があった。
魔素の取りこみによりパワーアップしたシリウスであったが、その実力差は、まだまだ埋められていなかった。
シリウスは火口の地下に逃げこんだ。
ラージはシリウスを追う。
マグマの下には地下空間があった。
サッカーコードぐらいの開けた空間に、シリウスは辿りつく。
すぐにラージもあとを追って入ってくる。
シリウスとラージが対峙する。
どこかで水が流れているのだろうか。
せせらぎの音が、空間内にかすかにこだましている。
「前回戦ったときは、お前の力を10分の1にしていたからな。
こうして本来の力を目の当たりにすると、絶望以外の何物でもないな」シリウスは言った。
シリウスはその地下にできた開けた空間の中心へゆっくりと足を運ぶ。
ラージは急に距離を詰めることはせずに、ある程度離れた位置に立つ。
地下空間を見渡す。
そこは人為的に作られたかのように、地面が随分と平らだった。
ゴツゴツとした岩がむきだしの壁や天井とは対照的だ。
「前回俺たちがなぜお前を倒すことができたのか。
それはお前の力を10分の1にしたからだ。
結界を張って、お前をそこに誘いいれた。
罠があるのはわかっていただろうに、お前はあえてその誘いにのった。
まあ、10分の1の力になったお前でも、俺たちが勝てたのは偶然だったけどな」
シリウスが世界樹の杖を地面に突きたてる。
杖の先が地面に触れた瞬間、「コン」という音が響く。
それは思った以上に大きな音だった。
「その罠はどこではったのか。
前回は、この蜿蜿の火口にお前を誘いこむのにそれなりに苦労した。
今回は最初から蜿蜿の火口にいる。
手間がはぶけてじつに助かるよ」
シリウスは何かの言葉をつぶやく。
それはとても小さい声だったので、ラージには聞こえなかった。
ただ、シリウスが魔法の詠唱をしたことは、はっきりとわかった。
ラージは鎌を振ろうとしたが、魔力が発動しない。
鎌を振りあげた状態から、うまく動けなかった。
ラージの魔力の減退は、もうすでにはじまっていたのだ。
「前回は、10分の1の力になったお前にも歯が立たなかった。
今の俺なら、どうだろう。
ゴブリンの俺は、けっこう強いぞ」
杖を中心に、床に魔法陣が浮かびあがる。
魔法陣が輝きだすと、火口全体が青い光に包まれる。
明日は15時ごろ投稿予定です。




