53話 最悪
もともと、ラージの継承に失敗した原因はわからなかった。
継承を使うと、シリウスは力を得るどころか、頭痛に襲われた。
まるで継承の使い方が誤っていることを警告されているように、頭に痛みの警報が鳴り響いた。
使うべきではないものに使ってしまったかのように。
「火の鳥は、『不死鳥』というふたつ名があります」
エルダが言った。
彼女もラージの遺体が、どこかに移動していないか、探している。
「体が炎であり、その炎が決して消えないので、不死の意味をこめてそう呼ばれています。
しかしこの『不死鳥』には別の意味もふくまれています。
火の鳥の炎は、すべてを消滅させますが、反対に復活もさせるという伝説も残されています。
年老いた夫婦がようやく授かった赤子を死なせてしまい、その火葬に火の鳥の炎を使うと、赤ん坊が泣きだした。
疫病で消滅してしまった村の上を、火の鳥が飛びさっていくと、村が再興した。
そのような伝説がいくつもあります。
『不死』は自身にだけでなく、他者にももちいられる装飾の言葉です」
シリウスはラージの遺体を思い出す。
それは生きているかのように、綺麗な状態だった。
傷ひとつなかった。
「魔将ラージの遺体はなぜに残っていたのでしょうか?
火口の魔物は姿を消しています。
おそらく火の鳥が跡形もなく焼きはらったのでしょう。
ではなぜラージの遺体は、燃やさなかったのでしょうか。
あれほど近くに火の鳥がいて、炎の難を逃れているのは不自然です。
しかし、ラージの遺体は、炎を浴びていたとしたら。
炎に焼かれていたのに灰になるのではなく、」
と、エルダが言い終えるまえに、その声がした。
「おはようございます。シリウスさん」
彼の言葉はあいかわらず丁寧だった。
明るくもなく、暗くもない、全天候に対応した挨拶だ。
元気な人は、はつらつと返事を返せるし、気分が落ちこんでいるときは軽くお辞儀ですませられる。
人々のあいだでおこなわれている、押しつけがましい言葉がけではない。
ちゃんと相手の存在を認めたうえでの、挨拶だった。
完璧な礼儀作法。
しかし、それが逆にシリウスの恐怖を増幅させる。
「おはよう。ラージ」
とシリウスは、必死の強がりでこたえた。
魔将ラージはいつの間にかシリウスたちの後ろに立っていた。
シリウスとエルダは、ゆっくりと振りかえる。
振りかえるとそこには何もなく、すべてが気のせいだった。そんな展開を期待したが、もちろん、そこには魔将ラージがいた。
左右の口元がまったく同じ角度で釣りあげられ、綺麗な弧を描いている。
「しばらく眠っているあいだに、面白いことが起こっていたようですね」
ラージはシリウスの姿をまじまじと見ながら言う。
そう、シリウスはゴブリンの姿をしている。
ラージはゴブリンを一目見てシリウスであるとわかったのだ。
「ゴブリンとは、ここまで強くなるものなのですね。
あまり時間はたっていないのに、シリウスさんはずいぶん強くなられました。
もはや私以外の魔将となら対等に戦えそうです。
いや、シリウスさんの勝利は確実ですかね。
さすがは私を殺しただけはあります」
シリウスは転移魔法を発動する。
エルダと遠方に逃げようとした。
しかし、術を妨害され、転移魔法は打ち消される。
ラージがシリウスへ歩いて近づく。
シリウスは時魔法で時間を止める。
当然、ラージの歩みは止まらない。
空気中の魔素で鎖を作り、ラージを縛りあげようとするが、鎖はラージに触れた瞬間錆びついて、砂のように崩れおちる。
極深度の魔法を連発する。
炎が爆裂し、稲妻が飛び交い、黒い穴が空間を飲みこみ、凄まじい重力が地面を底なしの崖とするが、ラージの歩調に変化はなかった。
シリウスの目の前まで進むと、歩みをとめる。
そしてシリウスの肩に右手を置く。
まるで、野球の監督がベンチに帰ってくる選手の肩でもたたくかのように。
「私はあなたを高く評価していました。
魔王軍でもっともシリウスさんを強者と認めていたのは私です。
しかし、その私の評価すら、あなた実力を下に見ているものでした。
あの勇者パーティの戦力で、私を倒すことができてしまうとは、予想外中の予想外です。
運よく、火の鳥の出現により私は復活できましたが、前回の戦闘は完全に私の敗北です。
一度、死んで自分の愚かさを痛感し、反省しました」
ラージは軽く目をふせる。
そして、何かを弔ったような、小さなため息をはく。
「ですから、今回は容赦はありません」
ラージが瞳をあげて、シリウスを直視する。
シリウスの体がラージに触れられている部分から破裂する。
右肩と頭部を残して、シリウスの体が吹きとぶ。
シリウスは回復魔法をすかさず自身にかけるが、効果はない。
そこで空気中の魔素をかき集めて、ゴブリンの肉体を再構築する。
再構築は成功し、すぐさま後方へ飛びのく。
ラージは少し驚きの表情を浮かべる。
「今の攻撃を凌ぐのですか。
私はまたあなたを見くびっていたようです」
ラージの手に身長と同じ程度の長さの鎌が現れる。
その鎌は死神にふさわしそうな見ためだった。
「失礼しました。次は全力でいかせてもらいます」
ラージが死神のように鎌を振る。
明日は、15時15分ごろ投稿する予定です。




