5話 エルフの里【シリウス視点】
ドラゴンを倒した後、どうやら自分がエルフの里に入ってしまったことに、ようやく気がついた。
ここはもうエルフたちの生活圏内のようだ。
俺はここで引きかえして、森をでることも考えたが、目の前にいるエルフの子供が問題だった。
このままここに残していったら、また、モンスターに襲われるかもしれない。
とりあえず、この子を家へ送りとどけることにした。
うまくすればエルフの里に入ることもできるかもしれない。
エルフの暮らしにも興味がある。
エルフの里の魔法技術や魔道具を見れる機会を逃すのはもったいなかった。
エルフの子供は、先ほどのドラゴンを倒した俺の魔法をまねしている。
「うー、うー」と言いながら、手をパタパタさせている。
これで「絶界光」を打とうとしているらしい。
当然、「絶界光」が発動することはないのだが、この子はそれでも充分楽しいらしい。
「キャッキャ」と笑いが混じる。
「家への帰り道はわかるか?」と俺はきいた。
子供は大きく首を縦に振って、うなずいた。
「どっちだ?」と俺がきくと、エルフの子は、小さな指で木々の間の細い道の先をさした。
「君の名前は?」と尋ねようとした時に、矢が飛んできた。
矢は正確に俺の眉間めがけて直進してくる。
しかしレベル112の俺にとっては遅い。
首をひねって、それをかわす。
木々の陰から、エルフの集団が姿を現した。
5人のエルフが弓を引きこちらに構え、8人のエルフが魔法の詠唱を終えて、発動のタイミングをうかがっている。
そんなに敵視しなくてもいいのにと思ったが、幼いエルフの子供に、ゴブリンが近づいているのだから、当然の反応だと思いなおした。
ゴブリンって、外見差別がひどくて、悲しいな。
「私は敵ではありません」と俺は言った。
エルフたちから、ざわめきが起こった。
「ゴブリンがしゃべった!」
言語をマスターしているゴブリンは、俺しかいないだろう。
エルフの子供が、俺の前に立って、「ちがう、敵、ちがう」というジェスチャーで飛び跳ねている。
ひとりの女性エルフが、攻撃態勢をといて近づいてきた。
子供のエルフのそままできて、頭をなでる。
「無事でよかった」と、優しく微笑む。
エルフは美男美女ぞろいというが、まったくそのとおりだ。
俺は彼女の笑顔に見とれてしまった。
エルフの子供は身振り手振りで彼女に伝えている。
助けてくれた。ゴブリン、助けてくれたと。
女性のエルフには、そのジェスチャーで内容が伝わったようだ。
俺を仔細に観察しているが、殺意のようなものは含まれていなさそうだ。
「失礼しました。あなたはミミを救ってくださったようだ」
彼女は「ありがとう」とお辞儀をして、そのまま踵をかえして、子供を連れて、集団のほうに戻っていった。
実にそっけない対応だ。
どうやら里に招かれることはなさそうだ。
まあ、モンスターのゴブリンをお客として招待するのは、常識的じゃないよな。
俺はエルフの里へ行くのを諦めかけた。
しかし、エルフの子供が引きかえしてきた。
俺の手を両手でつかんで、引っぱる。
どうやら、ついてきて欲しいらしい。
慌てて、女性のエルフも戻ってきて、俺から離そうとする。
しかし子供は俺の手をつかんだままだ。
子供は、手を振り、首を振り、「いっしょに行く」とジェスチャーで伝える。
女性はため息を吐いて、俺に言う。
「私は族長の娘、エルダという。この子はミミだ。
ミミを助けてくれたこと感謝する。
どうだろう、君さえよければ里へ来てくれないか」
その言葉に他のエルフたちがざわめく。
「エルダ様、ゴブリンを里に入れるのですか!」長身の青年が叫ぶ。
この青年もやはりイケメンだ。
「ミミが里に連れていきたいと言っているのだ。
悪さをしそうなモンスターでもなさそうだ。
問題はないだろう。
それに里に連れてはいくが、入れるとは限らない」
とエルダはこたえた。
青年のエルフは、嫌悪を示した表情はかわらなかったが、それを聞いてひきさがった。
「ミミ様のわがままも困ったものだ。ゴブリンが里に入れるはずもないのに。
一緒に歩くだけで、ゴブリンの匂いがついちまうから、離れて歩いてもらうぞ」と青年は吐きすてる。
青年エルフは、言いたいことだけ言うと、ひとり道の先へと歩きだす。
「すまないな。
エルフは選民意識が高い。他の種族を見下しているところがある。
特にモンスターのゴブリンとなると、その偏見も強くなってしまう」
エルダが俺に謝る。
エルダや先ほどの青年も顔立ちが美しい。
ここにいるエルフ全員が美男美女だ。
その中に、醜いゴブリンが紛れこんでいる。
外見で人を判断すべきではないと思うが、差別が生まれるのは当然のようにも思う。
エルフだけでなく、人間でもあの青年と同じ反応をするものは大勢いるだろう。
いや、むしろ人間のほうがひどいかもしれない。
とにかく、これで俺はエルフの里にいけそうだ。
このタイミングでエルフの里にいけるのは、僥倖かもしれない。
俺はあのエルフの青年の背中を視線で追う。
そして彼が持っている杖へと視線を移す。
その杖は世界樹でできていた。
里の中心にたつ成果樹からあふれる力を、その杖からも感じられる。
魔術師にとって杖は、剣士にとっての剣のようなものだ。
一般兵士も魔剣を持てば、簡単に強者となれる。
勇者も聖剣のおかげで、勇者たりえている。
世界樹でできた杖は、その勇者に対する聖剣たりえた。
世界樹がエルフの里にあるとは聞いていたが、まさかそれを素材に杖を作っていたとは驚きである。
あの杖より発せられる魔法は、おそらく倍以上の威力となるだろう。
俺はこのあと、果実のダンジョンで武器を調達する予定だった。
しかし、どうやらそこで得られるものより強力なものがエルフの里では手に入りそうだ。
レベルの上限突破や世界樹の杖といい、人間のときの自分を超える可能性が次々と生まれてくる。
問題は、、、ルックスかな。
人間のときの俺は、そこそこの顔をしていた。
女性に人気もあった。賢者というネームバリューもあったし。
モテた時代が懐かしい。
イケメンだったら、きっとこんなに嫌われることもなかっただろう。
外見って、やはり大事なのだなと、つくづく俺は思った。
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