46話 それぞれが向かう場所
「それが師匠の刀か?」
ダンが腰に差している刀を見て、シリウスが言った。
「ああ、ようやく見つけた。
師匠の遺体も弔うことができたし、これで師匠も化けてでないだろう。
師匠はちまちまと根にもつ性格だったからな」
ダンはエルフの森で、その刀と師匠の遺体を見つけた。
ダンがずっと探しつづけていたものだ。
数年前から師匠は音信不通になっており、昨日その生死が判明したのだ。
ダンはこれまで色々な場所を探してきたが、エルフの森は結界があるため捜索できなかった。
今回、ルルージュに結界の効果がかからないようにしてもらい、捜索が可能となった。
「その刀、ずいぶん強力な力が秘められているが、呪われているぞ」シリウスが言う。
「ああ、知っている。
ただいまの俺ならなんとか使いこなせるんじゃないかと思う。
この前、異常なほど強いゴブリンと戦ってな。
お前のようにあいつも転生者なのかな?
そいつの剣術は自由だった。
悪く言うと基本がなっていない。
ただ、それが剣術の可能性を広げていた。
剣士としてはちょっと憧れを持ったよ。
こうして師匠とも別れを言えたわけだし、俺も型を崩していくよいタイミングなのかもしれない。
この刀はそんな俺にちょうどいいんだ」
ダンは師匠の刀の鞘をさする。
思い出のしまってある引き出しの取っ手をなぞるかのように、指を動かす。
シリウスは、そのゴブリンが弟であることを言おうかとも考えた。
しかし思いとどまった。
弟は魔将とともに消えた。
もしかすると今後、敵として対立することになるかもしれない。
そのときに余計な感情を抱かせてしまう。
ダンには黙っていることにした。
弟が敵として立ちはだかる。
魔王の討伐を目標としている以上、魔物の弟と戦うことになる可能性は少なくなかった。
自分はそのときにどのような行動にでるのだろう。
自分に弟を傷つけることは可能なのだろうか。
ゴブリン時代のときの記憶を引き継いでいるシリウスには、弟ゴブリンは、本当の弟同然だった。
シリウスは弟ゴブリンを愛していた。
そう妹と同じぐらいに。
シリウスは起こってもいない問題に悩みそうになったので、頭を切りかえる。
「ダンはこれからどうするんだ?
俺と一緒に蜿蜿の火口へ行かないか」
「いや、どうやら行けそうにない。
王都の軍が動くらしい。
俺とラビはその進軍に同行する」
「賢者が死んだこのタイミングでか」
「賢者シリウスが死んだからこそだよ。
人間はいよいよ切羽詰まってきたからな。
最後の悪あがきというやつだろう。
それに成功する可能性はゼロではなさそうだ。
あそこは今不安定だろうからな」
「どこを攻めるんだ?」とシリウスがきいた。
「バドル城だ」とダンがこたえる。
「魔将ラージがおさめていたからな。
トップがいなくなった今、内部ではゴタゴタとしているらしい。
そこに10万の兵を向かわせる」
「10万、そんなにか。
人類の全兵力と言ってもいい数じゃないか」
「言っただろう、人類は切羽詰まっていると。
魔王軍が強いと言っても、この戦力なら魔将さえでてこなければ勝てる可能性はかなりあるだろう」
シリウスはここで少し黙った。
「魔将さえでてこなければ」という言葉に思うところがあった。
「そこがおかしいんだ。
なぜ魔王は魔将たちを、人間の国に攻めこませないのだろうか。
彼らほどの力なら、一日とせずに人間の国を滅ぼすことができるはずなのに」
「ああ、それはあのバカみたいに強いラージと戦っていたときから、俺も思っていた。
まるで人類を全滅させる気がないような、逆に生かしているような」
「なんじゃ、お主ら知らんのか」とルルージュが口を開いた。
シリウスとダンが、ルルージュの方を向く。
「魔王は停戦を望んでおるのじゃぞ。
停戦協定を毎年のように結ぼうとしている。
それをお主ら人間側が断っているのじゃ。
協定の内容に、人間たちに不利な条件はないというのに、なぜか人間の為政者たちははね退けつづけている」
ルルージュの言葉に、シリウス、ダン、ミライ、ラビが固まる。
戦争を終えることができるのなら、なぜしないのだ。
「いや、この圧倒的な魔王軍優勢な状態で、なぜ停戦など。
きっと何か裏があるに違いない」とダンが言う。
「うむ。それなのじゃが、わしにはひとつ思いあたることがある。
500年間ずっと魔王の行動を見てきたが、おそらく魔王は平和主義だ」
魔王が平和主義という言葉に、シリウスたちはますます驚きの表情を貼りつかせる。
しかし魔王が殺戮を好んでいないことは、薄々は気がついていた
どちらかというと、人間たちのほうが暴力的であった。
「ゴブリンに転生してよく思うのだが、人間は自身が思っている以上に悪なのかもしれない。
少なくとも魔物よりかもは、劣った生物に感じる」
人類は争いをやめようと差しのべられた手を払い、それどころか、相手の領地に噛みつこうとしている。狂犬のように。
現在の人類は、叫き暴れまわる害虫に似ている。
それでもダンやミライ、ラビは人類のために戦うだろう。
いや、シリウスも。
愛する友人がいる以上、人類を見捨てることはできなかった。
そして失われたものに対する復讐心は、残ってしまっているのだ。
「ミライはどうするんだ?」シリウスが話題を変える。
「私は王都で身を潜めています。
魔力のまったくない今の私では、戦場では役にたちませんから」
ミライは大規模な蘇生魔法を行使した。
おかげでたくさんのエルフの命が救われた。
ダンも生き返った。
しかしそれほどの魔法である。副作用があった。
ミライの魔力がゼロになってしまったのだ。
魔法がまったく使えなくなった。
この状態は時間が経てば回復するのだが、それがいつになるのかは不明だった。
一ヶ月後かもしれなし、数年後かもしれない。
何しろ大規模蘇生魔法などという、史上初の偉業をおこなったのだ。
どれほどの見返りが求められるかなど、神にしかわからない。
「私はシリウス殿についていきたいと思います」エルダが言った。
ダンたちは、初めてエルダに会ったとき、本物もいたのだと、変な感動を覚えたものだった。
今回は魔王の化けた姿ではない。
「シリウス殿には精霊王の力が宿っています。
エルフ族としては、誰かお供をさせていただきたいと思います。
私でしたら、少しは力もありますし、シリウス殿にご迷惑をかけることは少なくすむかと」
「そうか。ではこれからよろしく頼む」とシリウスは、笑って言った。
シリウスが手をさしだす。
エルダはそれをしっかりと握り返した。
「そういえば、これからシリウス殿をなんとお呼びすればよいでしょうか。
シリウス殿では、賢者シリウスの転生であることが、ひょっとするとバレる可能性があります。
別の呼び方に変えておいたほうが、無難かと思いますが」
「うむ。そうだな。名前を変えておくか。
では、シリウスを縮めて、『シス』はどうだ。
短くて呼びやすくなったし、覚えやすいく間違えにくいだろう」
「良い名前です」エルダが言う。
「では、これから俺は『シス』と名のることにする」
シリウスが言うと同時に、身体が淡く輝く。
エルフの里の木々が風もないのにざわめく。
魔物は、名前を授かると力を得る。
魔将たちは、魔王に名付けれらその力が数倍となった。
シリウスは今、自分自身に自分で名前を与えたのだ。
意図した行動ではななかったが、それはちゃんと作用した。
ダンたちは目の前で変化をしていくシリウスに息を飲む。
彼らの肌に鳥肌が浮かぶ。
シリウスは絶対的な味方だとわかっているのに、強すぎる魔力があふれ出すゴブリンに恐怖を覚えた。
シリウスを包む光は揺らめき、シリウスのシルエットが不確かに映る。
全員が、力が風船のように膨れあがっていくシリウスの姿に見入っていた。
声をだすことも、動くことも、息すらもできていなかった。
それもそのはずだった。
シリウスはこの瞬間、あの3人の魔将と同等の力を手に入れていたのだから。




