41話 戦いの終わりに
ふたりの魔将が立ち去ったあと、シリウスは叫んだ。
悔しさに拳を地面に叩きつける。
しかし、まだ終わりではなかった。
「あら、あいつらもう帰っちゃったのね」
シリウスは新たに現れた人物を見て驚愕する。
顔が真っ青になる。
当然である。魔将が去ったばかりだというのに、また新たな魔将が姿を現したのだから。
女性の魔将がそこにはいた。
「あのゴブリンは人間みたいに叫ぶのね」
シリウスは半開きだった口を、反射的に閉じてしまう。
「あなたもあんな声が出せるのかしら?」
女性の魔将の隣にはゴブリンがいた。
シリウスはそのゴブリンを見て、またも驚いた。
シリウスだけではなく、弟ゴブリンも目を見開く。
兄を追ってここまで来たのだ。
弟ゴブリンはようやく兄に会えた。
シリウスはエルフの森で驚異的なスピードでレベルアップするもう一匹のゴブリンが、弟であったのだと、このときわかった。
そしてミミを竜王から守ってくれたのも、この弟なのだと気がついた。
しかし、兄弟の再会はすぐに終わってしまう。
「ゴブリン同士、知り合いのようね」と女性の魔将は言った。
「あちらのゴブリンも普通じゃないみたいね。
強力な力を持っているよう。
ただあなたと違って、あちらのゴブリンはなんだか不快だけど」
魔将はシリウスを見て、目を細める。
沈黙ができる。
シリウスはただ動かずにいる。固まっている。
「まあ、でもあなたの知り合いなら、殺さないであげる。
ここにはもう用もないし、私たちも帰りましょう」
女性は弟ゴブリンの手を握る。
弟ゴブリンは少しどきりとする。
先ほどの魔将ふたりと同じように、ふたりの姿は忽然と消える。
シリウスたちは、しばらくの間、黙っていた。
竜王が倒されたことでドラゴンたちは、各々散り散りにどこかへ飛び立っていった。
エルフの里は静かだった。
どこかで何かが崩れおちる音が、かすかに聞こえるだけだ。
エルフの里には瓦礫の山しか残らなかった。
人の暮らしがうかがえる建物は、見当たらなかった。
瓦礫が作りだす凸凹の影が、傾いた太陽により長く伸びる。
空は夕日に染まっていき、血によって塗られた大地を、より一層赤くする。
それは死者の数がどれほどかを、暗示しているかのようだった。
この光景を、里で生まれ育ったルルージュとエルダは眺めている
逆光の西日のため、シリウスにはふたりの顔は見えなかった。
ルルージュとエルダのもとに、人影が近づいていった。
それは少年のシルエットだった。
少年は泣いていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」賢者ラビは繰り返し言った。
ルルージュとエルダは、突如謝りだす少年に戸惑った。
ルルージュたちは、ラビが結界を解除したことを知らない。
ラビは泣きながら、謝りつづけた。
その様子を見ていたミミが、すすり泣きはじめる。
泣き声はしだいに大きくなり、盛大にもらい泣きをする。
子供がふたり泣いている。
シリウスは立ち上がって、ふたりの近くに歩いていく。
近づくと逆光で見えなかったみんなの顔が見えた。
全員ひどい顔をしている。
ふたりは涙でグチャグチャだし、ふたりは疲労でべったりだ。
シリウスは自分はどんな顔をしているのだろうと思った。
ゴブリンの顔はもともと好印象を与えるものではないから、ひょっとするとあまり変わらないのかもしれないな。
シリウスは、ラビの肩に手を置いた。
ラビがシリウスを見上げる。
「この時代の勇者は最弱だった。
何しろこうして魔王に誘拐されてしまうぐらいだからな。
だけどその反動なのか、賢者や剣聖は優秀だ。
俺は歴代最強の賢者であったと自負している。
ダンも歴代最強だよ。ゴブリンとの戦闘で見せた力は、人間時代の俺の力を凌駕していた。
ラビもその年で賢者として覚醒した。神童中の神童だ。
では聖女はどうか。
彼女は攻撃魔法がほとんど使えない。
防御魔法もあまり強力でなく、戦闘では仲間に助けられてばかりいる。
魔将もそんな彼女だから、殺さずにそのままにしたのだろう。
でも、それは失敗だった」
大地が黄金色に輝きだした。
エルフの里全体が輝いている。
ありえないほどの大規模魔法だった。
それはシリウスが使っていた魔法以上に、高度な魔術式であり、大きさだった。
間違いなく神の領域の力だった。
シリウスは言葉をつづける。
「史実ではふたりの聖女が、死者の蘇生に成功している。
ひとりは魔王との戦闘中に勇者を生き返らせ、もうひとりは事故死した自分の息子をよみがえらせた。
それ以外に成功した例はない。
人類史ではこれまでにこのふたりしか生き返ったことはない。
この数字が大きく塗りかえられるわけだ。
死者の蘇生に成功した3人目の聖女の力は、これまでの比ではないからね」
倒れていた数名のエルフたちが起きあがる。
全身泥だらけではあったが、五体満足であった。
死の瞬間の記憶がある彼らは、自分の今の状況を理解するために、体の一部一部を確かめるように眺めていた。
隣にいるエルフの仲間を見た。
自分たちが生きていると確信が持てたとき、歓喜の声が響きわたった。
倒れこんでいたエルフが、ひとり、またひとりと起きあがる。
里を包む輝きは、聖女ミライを中心に広がっていた。
彼女が大規模蘇生魔法を使ったのだ。
死亡したダンを抱え蘇生魔法を唱えている。
ダンの胸に空いた穴はふさがり、瞳を開いていく。
美しい光に包まれている聖女の姿をダンは見た。
その身にまとう輝きが、森全体に広がっていく様を眺めていた。
光に包まれたエルフの里で、竜王戦で絶命したエルフたちも次々と生き返っていく。
すべてのエルフが、再び立ち上がり、歓喜の声をあげる。
ラビは驚きのあまり、涙がとまる。
シリウスは喜びに包まれる里の空気を小さく吸いこみ、そして吐きだす。
自然と微笑みが口元の浮かぶ。
世界樹の杖を取りだすと、両手で杖をあげて、静かに呟く。
お地蔵さんにお礼を言うような、静かな声で。
「極深度 修復」
里の地面を覆う瓦礫の山が、カタリと動き出す。
倒れていた柱が起きあがり、壁の破片がもとの位置に固定されていく。
屋根が柱の上にかぶさる。
粉々に割れていたお皿がまた一枚にくっつき、自ら食器棚に収まっていく。
昨日、学校帰りの子供が石を積み重ねて高さを競いあっていた、その石山までも復元される。
里の時間が巻き戻っていく。
物が時の流れに逆らって反対に進んでいくさまを、皆が見とれた。
生まれて初めて花火でも見るかのように見いっていた。
気がつくと昨日までのエルフの里が広がっていた。
自然に囲まれた、美しい里が広がっていた。
より一層大きい歓喜の声が響きわたる。
シリウスはラビに向き直って言った。
「なんとかなっただろ」と。
せっかく泣きやんだのに、結局ラビは、また泣きだしてしまった。
竜王篇、完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
明日からは後半パートのスタートとなります。
ブックマークや評価ポイントも、ありがとうございます。
こんなに嬉しいものだとは!
このあとは、またシリウスたちが急成長し、魔将、魔王との戦いへと進んでいきます。
引きつづきお楽しみいただけると幸いです。
(可能でしたら、感想もいただけると嬉しいです)
 




