39話 聖女の未来
聖女ミライは、弟ゴブリンを助けるために森を進んだ。
弟ゴブリンはすぐに見つかった。
削られた地面に横たわっている。
ミライはすぐに回復魔法をかける。
全身におった致命傷を見て、ミライは当初回復は難しいのではないかと考えていた。
しかし、弟ゴブリンの異常さにまたも驚かされる。
回復魔法をかけると、見る見ると効果が現れ、傷は癒えていった。
竜王の魔法で受けた傷なので、本来であれば回復魔法の効果は大きく阻害されるはずだった。
しかしゴブリンの肉体は、魔法の回復力を自ら受け入れていき、通常ではありえない速度で、体を再生していったのだ。
3分もすると、弟ゴブリンの傷は完全に癒えた。
弟ゴブリンはまぶたを開ける。
「よかった。意識を取り戻したようですね」とミライは言った。
「すみません。私たちは勘違いをしてしまっていました。
あなたには大変ご迷惑をおかけしました。
謝ってすむ問題ではないのかもしれませんが、この代償は必ずいつか払わさせていただきます。
このような状況ですが、ご武運を願っています」
ミライは深く頭を下げ、踵を返す。
そして急ぎ気味にダンのもとへと走っていった。
弟ゴブリンは「ギぃ」と、小さく鳴いた。
ミライがダンに追いついたとき、すでに彼の胸には穴が空いていた。
彼はもう死んでいる。
ミライはパニックになりそうになる自分を必死に抑える。
すぐにダンのもとへ駆けよりたいが、その衝動をぐっと抑える。
近くの木陰に身を潜める。
あの女性の魔将に見つかったら、戦うことのできない自分では、簡単に殺されてしまう。
今は生き残ることを最優先する。
しかし、あっけなく隠れていることがバレてしまう。
ミライは逆らうことはできず、言われたとおり大人しく姿を見せる。
目の前にいる女性の魔力は尋常でない。
かつて彼女と同じような、超越的な魔力と出会ったことがある。
魔将ラージだ。
おそらく彼女も魔将のひとりなのだろう。
ミライはだめもとでダンに回復魔法をかけてみた。
しかしまったく反応がない。
死者に回復は意味がない。
「ついでなので、あなたも殺しておきますか」と彼女は言った。
魔将の女性が、ミライに向けて指を払う。
肩についた虫を飛ばすかのように、中指を弾く。
風圧が生まれ、ミライに飛んでいく。
ミライは何もできなかった。
犬にマーキングされる電信柱のように、動くことができなかった。
ミライは目をきつくつむる。
「ギギい」
ミライの耳に聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
目を開けると、そこには弟ゴブリンの背中があった。
弟ゴブリンは迫り来る風圧を、片手で撃ち砕いていた。
女性の魔将の顔に、驚きが浮かんでいる。
弟ゴブリンは怪我を治してくれたミライを追ってきたのだ。
「ギギギい、ギい」
弟ゴブリンは、魔将の女性の前にひざまずき、頭を下げた。
弟ゴブリンはモンスターの本能で、目の前の女性が自分たちを統べる存在であることがわかっていた。
なので、王に対するように、礼を尽くしたのだ。
「ギい、ギイギッ、ギギいギ」
ゴブリンに言葉はない。
しかし魔将である彼女には、なんとなくモンスターの伝えたいことが理解できた。
「聖女を殺さないでほしいというのか?」
「ギイ」と弟ゴブリンはうなずいた。
魔将の女性はミライを見た。
しばらくすると、ミライから視線をはずす。
もともとこの聖女は、たいした脅威ではなかった。
歴代の聖女に比べて、回復魔法は強いようだったが、攻撃魔法が絶望的に弱かった。
その辺を歩いている、中級程度のモンスターすら満足に倒すことができなかった。
勇者とは違い、聖女を殺しても、1年か2年で次の聖女が現れる。
ダンは歴代でも、まれに見る強さを持っていたので、ここで殺しておくことに価値はあったが、この聖女は殺す必要性はほとんどない。
むしろ次の聖女が優秀だった場合、かえって余計なことをしたことになる。
それならばこのゴブリンの望みを叶えてやるほうがいいと考えた。
魔将の女性は、弟ゴブリンの強さに気がついていた。
先ほど自分がミライに放った攻撃は、かなり手加減していたとはいえ、簡単に防げるようなものではなかった。
Sランクのモンスターでも、致命傷を与えることができる。
それをこのゴブリンは素手ではじいたのだ。
さらに、魔将はこのゴブリンの強さが、まだまだ化けていくのではないかと期待した。
このゴブリンは強さに対して、戦闘技術がまだまだ未熟だ。
伸びしろがかなりありそうだった。
最弱のゴブリンというのも面白い。
ゴブリンがどこまで強くなるのか、興味深かった。
それにちょうど今は一席空いているのだ。
魔王軍は強者を求めていた。
現在、魔将の椅子がひとつ空席だ。
「わかった。殺さないでやろう。
ゴブリンよ、その代わり私についてこい」
「ギイ」と弟ゴブリンはすぐにうなずいた。
「聖女よ、運が良かったな。
お前がこのゴブリンに何をしたのかはわからない。
しかし恩を感じているということは、何かしらでこいつを助けたのだろう。
魔物を助けたのだ、今回ぐらい見逃しても良いだろう」
女の魔将は、先ほどふたりの魔将が向かった方向へ歩きだした。
弟ゴブリンもそのあとについていく。
弟ゴブリンは、一度聖女のほうを振り返り、「ギイい」と挨拶をして、また前を向いて歩いていった。
聖女は何とか生き残ることができた。
残された彼女の隣には、ダンの死体が横たわっていた。
もう一度、今度は全力で回復魔法をかける。
しかし、やはり効果はなかった。
明日は、15時ごろに投稿予定です。




