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34話 ゴブリンとラビ

 シリウスの前で、ラビは泣いた。

 10歳の少年らしく泣いた。

 大人びた賢者ラビの姿はそこにはなかった。


 同じ賢者であり、前任の尊敬するシリウスとの出会いは、これまで張りつめていた何かを決壊させた。

 子供のように泣くラビを見て、シリウスはこの小さい賢者が、どれほどのプレッシャーを感じていたか想像できた。


 そしてラビの荷物からのぞく、エルフの結界解除装置を見て、すべてを悟った。


 ああ、そうか。


 この解除装置は、シリウスが作ったものだ。

 ラビが自分の遺品のなかから見つけだしたのだろう。

 目的はわからないが、この装置を使ってエルフの里を訪れたのだ。

 結界を消したのはラビだ。


 エルフの里に来てみると、街は破壊されていた。

 そして竜王の姿を見て、自分が行った行為に思いいたったのだろう。

 自分が結界を消したことで、何が起きたのかを。


 いくら竜王でもエルフの里の結界を壊すのは簡単ではない。

 ましてや一般のドラゴンたちが侵入することは不可能だ。

 つまりラビはドラゴンの侵攻を手助けしてしまったのだ。

 母親の故郷であるエルフの里を、自分が壊滅の危機にさらしてしまった。


 ラビが震えていたのは、竜王の強力な魔力にあてられていたためだけではない。

 自責の念があったためだ。

 取り返しのつかないことをしてしまった自分。

 もう何をどうしたら良いのかもわからず、立ち上がることすらできなかったのだ。


 シリウスはラビを見つめる。

 ラビは子供には重すぎるものを背負いすぎている。

 シリウスは、そんなラビに語りかける。


「大丈夫だ。

 あとは大人の俺たちに任せろ。

 すべてなんとかなるさ」


 シリウスはラビの頭を、トントンとなでる。

 ラビにまた笑いかける。

 ゴブリンとは思えない優しい笑顔を浮かべている。

 泣きつづけているラビではあったが、小さくうなずく。


「よろしくお願いします」と涙声の、不明瞭な発音で言う。


 シリウスはもう一度、ラビの頭を軽くなでる。


 シリウスは振り返り、竜王と対峙する。

 竜王は完全に人間の姿になっていた。

 20代男性の容姿をしている。

 白い肌に、銀髪が映える。


「人の姿になるのは屈辱だ」竜王が言う。


 鈴のように耳に響く声だった。


「龍種のユニークスキルが「人化」であることは、理解に苦しむ。

 なぜ、神聖なドラゴンが、人間のような卑しいものの姿にならなければいけないのだ。

 龍のほとんどが人化を嫌っている。

 竜王である私が人化を使うことが、どれほどの苦痛であるか、お前にはわかるまい。


 ドラゴンは人化を嫌ってはいるが、結局毎日のようにこのスキルを使っている。

 人間の暮らしというのは、便利で快適だからだ。


 ドラゴンの家を作ろうとすると巨大な建造物になってしまう。

 そんなもの作るだけで、相当なコストがかかってしまう。

 さらに人間は色々な家具を開発している。

 それらは暮らしを充実させるし、楽もできる。

 風呂場やトイレ、キッチンをわざわざドラゴン用に開発などしてられない。


 服もいい。

 ファッションを楽しむのは、龍の姿では難しいからな。

 人間の作るおしゃれなものは、龍である自分たちには思いつきもしない。


 人間を嫌悪しているエルフですら、芸術だけは受け入れている。

 人間の描いた絵画や、彫刻がこの里にも、大量にある。

 人間は、美術に関しては、他種族よりも優れているらしい。


 心があれほどまでに汚れており、行動も下品である人間がどうしてあのような美しいものを作りだせるのかは不明だな。

 ドラゴンたちは人間の姿を嫌ってはいるが、その生活様式に慣れてしまうと、もう戻ることはできなかった。

 人化をやめることは、龍の世界ではもう難しくなってしまっているのだ」


 それは現代社会のスマートフォンに近いかもしれない。

 便利でそれなしの生活はもう考えられないが、同時にわずらわしいものでもある。

 スマホのない生活に憧れるものは以外と多い。

 同じように、ドランゴンたちも「人化」スキルをやめたかったのだ。


「しかしそれでも龍族は人化した姿を見られないよう暮らしている。

 仲間のドラゴンに会うときは、ドラゴンの姿が基本だ。


 人間の街で買い物をするときは人化をするが、決して自分がドラゴンであることは悟られないようにする。

 隠れてこそこそと用事をすませる。

 酔っ払いに絡まれ罵倒されようが、そそくさと逃げる。

 力を少しでも使ってしまったら、ドラゴンであることが魔力からわかってしまうかもしれないからな。


 ドラゴンにとって人化をした姿は、それほど隠したい姿だ。

 それを竜王である私がさらしたのだ。

 その意味の大きさもわかるだろう。


 ゴブリンよ、私にこのような屈辱を味わわせたことを後悔させてやる。

 と同時に、ゴブリンであるにも関わらず、私をここまで追いつめたこと、褒めてやる。


 さあ、続きをおこなうとしようか」


 竜王の右手に炎が現れる。

 その炎は、白く輝き、見ているだけで自身が焼かれそうだった。


 その魔法は「第三十深度 白炎衣」。

 竜王はこれまで第十二深度までの魔法しか使えなかった。

 それが限界だったはずだ。


 これが人化の効果だ。

 竜王は人化をすることで、魔法の技術レベルが上がっていた。


 魔法技術は主にエルフや人間、魔人によって発展してきた。

 つまり、人型に適した形で進化してきたのだ。

 そこで生み出された技術は、人型に適した魔力の流れが前提であった。

 竜種の魔力制御とは大きく異なる。


 ドラゴンでは扱うことのできない魔法も多数あった。

 ゴブリンは人型であったので、シリウスは賢者時代の魔法を使うことができた。

 しかし、ドラゴンも人化によってその壁がなくなる。


 シリウスは竜王の右手で輝く炎を見た。

 その炎は、シリウスの第三十深度魔法よりも強力であることは明らかだった。

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