33話 勇者と竜王
竜王とシリウスの戦闘が始まる直前、ここで勇者がまたも意外な行動にでた。
いや意外ではなく、それは勇者レイらしいものだったのかもしれない。
勇者が逃げた。
竜王の姿を見て、恐怖して森へ逃げこんだのだ。
ゴブリンがエルフの子供を守るために身をていし、勇者は逃げる。
聖女ミライは虚しさのあまり、逆に笑ってしまった。
竜王は魔王と同等かそれ以上の力があると言われている。
勇者レイは、突如現れたドラゴンが、竜王であるとすぐにわかった。
伝承どおりの姿に迫力だった。
弟ゴブリンも充分に脅威であったが、勇者は物事を肩書きで判断する。
ゴブリンは最弱モンスター、竜王は最強モンスター。
勇者は一目散に逃げだした。
まだ聖女ミライの治療は未完成だった。
そのため両手はつながりはしていても、握力はほとんど回復しておらず、聖剣を持つことすらできなかった。
なので聖剣も持たすに、ひとりで森の中へと逃げこんだのだのだ。
犬に吠えられた子供のように、全力で駆けていった。
ミライやダンなど仲間のことなど忘れて、とにかく逃げた。
こんな戦場にひとりでいるほうが危険なように思えたが、勇者はとにかく竜王が怖かったのだ。
突然、森の中へと駆けだしたレイを、ミライはしばらく呆然と見ていた。
人類の救世主である勇者が、背中を向けてわめきながら逃げている姿は絶望を感じさせた。
しかしこのまま勇者をひとりにさせておくわけにはいかない。
魔王を倒せるのは聖剣のみだし、聖剣を扱えるのは勇者しかいないのだ。
森には強い魔物もいるし、ドラゴンは飛びまわっている。
勇者に簡単に死なれては困る。
ミライはダンのもとへ近づき、ささやいた。
「レイを追ってもらえませんか。
森も危険です。
勇者を守ってください」
ダンは、ため息を漏らして、「わかった」とうなずいた。
「勇者よりもゴブリンに好感を持つとは世も末だね。
あいつがいなかったら、エルフのお嬢ちゃんは間違いなく死んでいただろう」ダンは言った。
ミライもうなずく。
「そのゴブリンなのですが、まだ息があるようです。
私はあのゴブリンを助けてから、レイの後を追いたいと思います」
「そうか。わかったよろしく頼む。
どうやらあのゴブリンはエルフの味方だったみたいだしな。
俺たちはひどい迷惑をかけてしまった。
助けてやってくれ」
ダンはもう一匹のゴブリン、シリウスを見る。
それにしてもゴブリンはいつからこんなに強くなったんだ、と思いながら、ダンは勇者の後を追った。
ミライは弟ゴブリンのもとへ向かう。
ラビはその場に残った。
弟ゴブリンと竜王の巨大な魔力を目の当たりにして、恐怖が抜けないのか、座り込んでしまっている。
立ち上がる気力すらなくなっているようだった。
ミライはラビが心配ではあったが、結界も張っているので、隠れていれば下手に移動をするよりもむしろ安全だろうと判断した。
「不愉快だ」と竜王が言う。
「ゴブリンごときにここまで手こずらされるとは」
その言葉につづけて竜王が何かをつぶやく。
シリウスにはその音が聞きとれない。
すると竜王の体が黒く光る。
黒い光は球体をつくり、竜王の体を包み隠す。
球体の表面は不思議な光の反射を見せ、黒であるのに鮮やかさを感じさせる輝きを見せる。
シリウスには竜王が何をしているのわからなかった。
炎をぶつけてみるが、簡単に弾かれる。
球体がかすかに動く。
わずかずつだが、黒い球体は小さくなっていっている。
まるでブラックホールが圧縮しているように。
縮小のスピードはだんだんと増していき、ついには直径180cmぐらいの大きさまでになる。
そして、球体が変形を始める。
それは何かを形作っていく。
しばらくすると形が明瞭となってくる。
それには頭があり、胴と腰があった。
二本の足で立ち、腕があった。
人型へと変わっていた。
黒い光が収まる。
人型に色彩が生まれる。
そこには銀髪の成年が立っていた。
青い瞳と、白い肌をしている。
それが竜王の新たな姿だった。
龍種のユニークスキル「人化」だ。
モンスターにはその種ごとに特殊スキルがある。
スライムなら「透明化」、ホワイトウルフなら「遠吠え」となる。
スライムの「透明化」は、自分の体を透明にするスキルだ。
透明になるだけでなく、魔力やスライムの発する音も消える。
完璧に身をひそめることがでる。
中級の冒険者でも、透明化を使ったスライムを見つけるのは難しい。
ホワイトウルフの「遠吠え」は、仲間への連絡手段である。
ひと吠えで森や山にいるホワイトウルフ全員に、言葉を伝えることができる。
ひと鳴きで伝えられる情報は多く、400文字程度の情報を詰めることができると言われている。
これらのユニークスキルは、他の種は使うことができない。
スライムしか「透明化」は使えないし、ホワイトウルフしか「遠吠え」を使えない。
ユニークスキルは強力なものが多く、種の繁栄に大きな影響を与える。
人間にもユニークスキルはある。
ただし人間の場合は、職業ごとにスキルは違かった。
剣士には「無敵化」、魔法使いには「倍化」などがある。
竜王は龍種のユニークスキルを使い、自らの体を人型にした。
しかし「人化」のスキルは戦闘向きではないと言われている。
理由は明確だ。
龍の鱗である。
鱗がなくなると、防御量が大きく下がるのだ。
龍の鱗で包まれた体は、ほとんどの攻撃を通さない。
だが人化してしまうと、その恩恵が得られない。
質量も小さくなるので、物理攻撃の威力も下がる。
龍種の人化は日常生活に役立つスキルであり、戦闘に適しているものではなかった。
シリウスは、どうして竜王がこのタイミングで人化を使ったのかわからなかった。
ただ、人化には時間がかかっていた。
その間に、シリウスはラビのそばへ移動した。
ラビにもシリウスの結界を張るためだ。
現在も結界は張られているが、自分と竜王の戦いでは、その結界では心もとなかった。
流れ弾が当たったから、簡単に壊れてしまいそうだ。
シリウスはもとの結界の上から、二重に結界をコーティングする。
ラビは驚きの表情で、ゴブリンを見上げる。
ゴブリンがどうして自分を守るのか。
さらにもうひとつ驚いたことがあった。
魔術式の組み方の癖が、賢者シリウスにそっくりだったのだ。
先日死んだ、尊敬する先輩賢者のシリウスと同じだった。
「シリウスさま…」
シリウスはラビの目を見つめる。
「よくわかったな」と、シリウスは微笑んだ。
明日も15時30分ごろ更新予定です。




