31話 弟ゴブリンと剣聖2
弟ゴブリンとダンの戦いは幾人かをおどろかせた。
そのひとりは戦いを間近で見ていた聖女ミライである。
意外にも彼女がまず驚いたのは、ゴブリンの力ではなく、ダンの強さだった。
勇者パーティとしてこれまでダンの戦闘を何度も見てきている。
魔将ラージとの戦いでは、ダンがなりふりかまわず全力をだしている姿も見ている。
しかしダンはラージ戦のときよりも、数段強くなっていた。
魔将ラージとの戦闘経験が、ダンを成長させたのだろう。
また短い期間だが、鍛えなおしもおこなっているようだ。
短期間でここまでの成長をするのは並大抵のことではない。
努力を人に見せないダンだが、そこに費やされた時間がうかがわれた。
魔将ラージに勝利できたのは奇跡でしかなかった。
100回戦えば、100回負ける。
そんな戦いだった。
魔将はまだ3人いる。
ラージは魔将の中でも最強と言われているので、さすがにあそこまで強くはないだろう。
しかし、ラージに近しい実力を持つものがいてもおかしくない。
また、魔王はそのラージ以上に強いはずだ。
ダンもあの戦闘で思うところがあったのだろう。
これまで以上の努力を重ね、ここまでの力をつけたのだろう。
ミライはダンを見守る。
戦いはダンの優勢で進んでいった。
安心して戦闘を眺めていたミライであったが、異常なことに気がつきはじめた。
ゴブリンとダンが似てきたのだ。
まるでダンが鏡と向き合っているように見えるときがある。
色男のダンとゴブリンでは、その姿に共通点などあるはずもなかった。
にもかかわらず似ていると、ミライは感じた。
剣を打ちかわす都度、ふたりは似てくる。
ゴブリンの剣が光る。
先ほどダンが使った「雷刀」という技だ。
それはダンの攻撃を弾く。
ゴブリンはダンの技術を盗んでいた。
剣聖の剣技である。はいそうですかで、真似られるようなものではないはずだ。
ゴブリンの体に傷は増え、だんだんと追いこまれていた。
それでも、カウントダウンを数えられているのはゴブリンのほうではなく、ダンのように見えてくる。
焦りを感じるべきなのは、ダンのように思えてくる。
ダンが大技を仕掛ける。
全力を注ぎこんだ一撃だ。
ダンはやはり焦っていた。
早く決着をつけてしまわないと取り返しのつかないことになると、感じていたのだろう。
ダンの圧倒的な斬撃に対して、なんとゴブリンは魔力の放出で応じた。
ただ魔力を放出しただけだ。そんなものが何になるというのだろう。
しかしその魔力の量は、聖女であるミライの数十倍、数百倍にものぼった。
それがいっぺんに吐きださられたのだ。
量は暴力となった。
ミライの隣にいる賢者のラビが震えている。
あまりに巨大な魔力に恐怖しているようだった。
魔法に詳しいものであればあるほど、この馬鹿げた魔力の恐ろしさが理解できる。
ラビはまだ子供であり、真の強者との戦闘経験もない。
ミライも魔将ラージとの戦闘経験がなければ、恐怖で動けなかっただろう。
ダンの斬撃とゴブリンの魔力が衝突した瞬間に、ミライは目を開けてはいられなかった。
ミライは祈りながら、目をかたくつむる。
ダンとゴブリンの戦いは、距離の離れたところにいるシリウスと竜王も驚愕させた。
ふたりは手をとめていた。
激しい衝撃波が吹きあれてくる、ダンとゴブリンのいる方角を見つめる。
そこには竜王にも匹敵する魔力の持ち主がいた。
そして、天にまで届く赤黒い渦。
あの斬撃は、シリウスや竜王ですら致命傷になり得る威力があった。
エルフの里に突如として現れたふたりの強者に、シリウスと竜王は注目せずにはいられなかったのだ。
ところがこの行為が思いもよらない事態へと発展する。
弟ゴブリンとダンのふたりが戦闘する近くにはミミがいる。
竜王がそのエルフの巫女の気配に気がついたのである。
竜王がここにいる理由は、世界樹の破壊と、巫女の捕食である。
世界樹は逃げないが、巫女は動く。
巫女のいる場所が特定できた今、最優先事項はミミの捕食であった。
目の前のシリウスの撃退にこだわる必要はなかった。
シリウスはミミの存在にまで気がまわってはいなかった。
結界がなくなった今、ミミが無事であるかは心配であったが、竜王との戦闘に集中することが最優先であった。
突然、竜王がテレポートを使い、姿をくらました。
シリウスは状況を理解できなかった。
竜王が逃げた。
龍族はプライドが高く、敵に背を向けるようなことはありえなかった。
実際には、竜王はミミのもとに移動したという認識しかないが、シリウスから見れば、逃げたしたと同じような行動だった。
なので、竜王がミミの近くに瞬間転移したのだとわかるのが遅れた。
それはまったく警戒をしていない行動であった。
シリウスもあわてて竜王の後を追ってテレポートを使う。
しかし、数秒遅い。
シリウスが到着したときには、まさに竜王がミミに食らいつこうとしている瞬間だった。
シリウスに竜王を止める手段はなかった。




