29話 弟ゴブリンとミミ
ゴブリン。
もしもペットにしたい生物ランキングがあったとしたら、猫が一位だろう。
二位は犬だろうか。いやスライムの可能性も高い。
人間は何位ぐらいだろうか。
人気はなさそうな気がするが、使いどころによっては役に立つので、高ランクに位置するかもしれない。
ただ、最下位は間違いなくゴブリンだろう。
ゴブリンの好感度はゼロと言って良かった。
しかし、物事には例外もあるものだ。
森からゴブリンが現れたとき、ミミは最初シリウスかと思った。
しかし、別のゴブリンであるとすぐに気がついた。
ミミにはゴブリンの顔の違いはわからないが、たたずまいがまったく違かった。
しかし、ミミは例外的存在であり、ゴブリンに好感を持っていた。
ミミは弟ゴブリンに抱きついて、「助けて」と叫んだ。
弟ゴブリンはエルフの少女に抱きつかれて、とても驚いた。
ゴブリンはゴブリン以外の種族に嫌われている。
石を投げられることはあっても、抱きつかれることはまずなかった。
弟ゴブリンはドキドキしてしまった。
ミミを襲っていたドラゴンは、急にあらわれた魔物に、一瞬、ためらいを見せる。
しかしその魔物がゴブリンであることがわかると、すぐにまた飛びかかる。
ゴブリンに悪人はいない。悪ゴブリンはいない。
世間の認識とは違い、ゴブリンは基本的に善である。
助けを求められれば、できるかぎりこたえようとする。
言葉は理解できないが、ミミがドラゴンに襲われていることはすぐにわかった。
弟ゴブリンはとりあえずドラゴンを払うことにした。
そう、弟ゴブリンはドラゴンを払った。
庭に飛ぶハエを払うように。剣さえ持たずに。
弟ゴブリンに払われたドラゴンは、そのまま横に吹き飛び、気絶をして動かなくなった。
ミミはそれを見て、パチパチパチと拍手をして喜んだ。
ミミのゴブリンのランキングがますます上がった。
仲間が倒されたことに気づいた数匹のドラゴンが、集まってきた。
複数のドラゴンも弟ゴブリンにとっては敵ではなかった。
簡単にドラゴンたちをなぎ倒した。
そのあざやかさにミミは「おー」と歓声をあげる。
弟ゴブリンは、ミミを肩に担ぎ、走りだした。
ここにいてはまたドラゴンに襲われる可能性がある。
離れた場所に移動したほうがいいと思ったのだ。
しかし、弟ゴブリンがミミを担いで走りだしてすぐに、あまり幸運とは言えない遭遇をしてしまう。
里に到着した勇者パーティに目撃されてしまったのだ。
壊滅されているエルフの里で、ゴブリンがエルフの子供を担いで走っていたら、どう考えるだろうか。
勇者たちがエルフの子供がさらわれていると考えるのは、ごくごく当然のことであった。
すぐさま反応したのは勇者レイであった。
ゴブリンの前に立ちふさがる。
レイは久しぶりの勇者らしい行動にやる気をだしていた。
シリウスが死んでから、いいところがまったくなかった。
戦っては負けの繰り返しである。
しかし、弱くなったとはいえ、さすがにゴブリンよりかもは強かった。
エルフの子供をみごと助けるという、勇者らしい活躍の場によろこんだ。
尊厳の回復ができる。
弟ゴブリンは担いでいたミミをおろし、近くで唯一倒れずに残っていた木の幹に隠れるよううながす。
ミミは走って幹の後ろに隠れる。
そして、心配そうに顔をちょこっとだして、弟ゴブリンを見つめる。
この時点で、ダンとミライは違和感を覚えた。
今の光景は、ゴブリンがエルフの少女が戦闘に巻きこまれて怪我をしないように、退避させたように見える。
エルフの少女もこの場から逃げるではなく、木の後ろで見守っている。
まるで、ゴブリンのことを心配でもしているかのように。
しかし、ダンたちはこの違和感は勘違いだと判断した。
少女を退避させたのは、単に担いでいては戦闘の邪魔だったためだし、彼女が逃げださないのは恐怖のためゴブリンの指示に逆らえないためだと考えた。
ダンもミライもこのゴブリンに何かは感じていた。
超高レベルの弟ゴブリンである。
他の雑魚モンスターとは雰囲気がまったく違う。
しかし、それでも最弱モンスターのゴブリンである。
警戒が必要だとは思えなかった。
ようするにふたりも完全に油断していたのだ。
勇者は聖剣を構える。
顔には笑みが浮かんでいる。
久しぶりの余裕だ。
ゴブリンもサビだらけの剣を持つ。
構えたりはせず、ただ手に持って立っているだけだ。
この瞬間、勇者レイは剣を構えることもできないゴブリンをバカにし、剣聖ダンは剣を持つゴブリンの威圧に顔が真っ青になる。
レイが剣を振りかぶり、ゴブリンに飛びかかる。
ダンは止めようとしたがもう遅かった。
弟ゴブリンの一振りにより、聖剣を持つレイの手が切り飛ばされる。
手首からうえの両手とそれが握る聖剣が、地面に落ちる。
レイは悲鳴をあげる。
ミライは急いでかけより、切り離された両手の接続を試みる。
切断面を合わせて、全力で回復魔法をかける。
しかしなかなかくっつかない。
その切断面には、あまりに強力な力が加わったため、ミライの魔法の効きが悪かったのだ。
聖女であるミライがここまで回復に手こずるのは、魔将ラージ以外では初めてのことだった。
ミライは回復魔法をかけつづけながら、目の前のゴブリンの異常さに、ようやく恐怖を覚えた。
背中に嫌な汗が流れる。
ダンが剣を構える。
赤竜のときですら、薄ら笑いを浮かべていたダンだが今は違う。
厳しい眼光でゴブリンを凝視している。
勇者レイは、歴代初のゴブリンに負けた勇者となったが、これはさすがに運が悪かった。
何しろ歴代最強の剣聖であるダンが、ここで死ぬことすら覚悟して対峙するようなゴブリンなのだから。
弟ゴブリンも先ほどまでとは違い、剣を両手に持ち、しっかりと構える。
弟ゴブリンとダンがにらみあう。
剣聖とゴブリンの戦闘が始まった。




