25話 竜王とゴブリン2
エルフたちの迎撃態勢には、不可解な点がいくつかあった。
まず、シリウスとルルージュが魔法使いであるにもかかわらず、接近して戦闘をおこなったこと。
そして、エルフの民の戦闘参加人数だ。
里のほとんどのエルフが参加している。
その数は数百にのぼる。
ドラゴンを相手にするのだから、一般人がいても役にたたないように思える。
むしろ足でまといである。
流れ弾に当たって怪我をされると、ケアだけでも一苦労だ。
事実、竜王以外に侵入してしまった龍の攻撃により、多くのエルフが負傷している。
戦場に邪魔な市民を連れてきて、無駄な被害をだしてしまったようなものだ。
もちろんこれらには理由がある。
竜王の力は強力である。
ルルージュの時魔法でもほとんど効果がないし、第十深度の魔法をどれほど食らわそうと、まったく意に介さない。
しかしそんな竜王でもひとつだけ手こずったものがある。
結界である。
エルフの里を守る結界は、竜王でも一撃で砕くことはできなかった。
2、3撃は耐えることができた。
エルフの結界技術はそれだけ優れていた。
そして結界魔法は、エルフの生命線でもあったのでエルフの民は全員、結界魔法の英才教育を受けている。
エルフ族は、生まれながらに魔力が高いが、結界魔法は特に秀でていたのだ。
数百人のエルフが、一斉にひとつの結界を作れば、短時間でもかなり強力なものができる。
エルフの里を覆うような大規模なものでなくていい。
竜王の体が収まりきる程度の大きさでいいのだ。
とはいえ、簡単なことでもなかった。
仮にも竜王の攻撃に耐えうる結界を作らなければいけないのだ。
2、3秒でできるものではない。
どうしても10分程度の時間はかかってしまう。
そして結界を張る位置も固定されている。
結界という魔法の特性上、指定したある地点にのみにしか作りだせない。
つまり竜王が結界の発動するエリアにいなければいけなかった。
準備をした結界を、ちょっと移動させるなんてことはできなかったのだ。
そのため竜王をある地点に留まらせておく必要があった。
シリウスやルルージュが、接近戦をおこなっていた理由はこれである。
竜王を移動させたくなかったのだ。
距離をとってしまうと、竜王がシリウスを襲うために近づいてきてしまう可能性があった。
そこでシリウスの方から竜王の接近し、あまり移動しないようにしていたのだ。
賭け的要素も多分にあったが、なんとかうまくいった。
竜王は今、光の壁の結界に抑えこまれている。
シリウスは身動きのとれない竜王の首の下に立つ。
風が渦を巻き、巨大な三角錐を形作る。
これまでと違い、シリウスは全神経を集中させる。
自身も初めて放つ、高難度魔法「第二十深度 無突」。
シリウスは第十八深度の魔法までが、現在の自分の限界だと考えていた。
ところが、昨日ルルージュより魔術の教授を受け、造詣が深まったのだ。
1000年近く生きている魔術師の知識は、シリウスを大きく凌駕していた。
魔術は学問に近く、知識や理解度がものをいう。
昨日の数時間の教授だけで、シリウスの魔法技術が向上したのだ。
もちろん、誰もが学術だけで魔術の上達があるわけではない。
シリウスが天才であったからこそだ。
シリウスは全魔力をこの第二十深度魔法に注ぎこむ。
見守るエルフたちには、周りの空間がゆがんで見えた。
風が一時止まる。
その後、暴風が走る。
トグルを巻く風の刃が、竜王の首元へと突き刺さる。
けたたましい衝突音が響く。
それに重なるように竜王の咆哮が轟く。
竜王が暴れたため、結界にひびが走る。
シリウスは竜王のダメージを確認する。
逆鱗の鱗は完全に消失しており、龍の地肌があらわになっている。
しかし、そこに傷はない。
急所にまでは届いていなかった。
結界がボロボロと砕けおちていく。
ルルージュが結界を強化する。
シリウスは急いで懐から世界樹のしずくを取りだし、飲む。
世界樹のしずくは、ひどく苦い。
むせかえるが、吐き出さないように、強引に喉に流しこむ。
魔力が全回復をする。
しかしここで竜王を押さえつけていた結界が崩壊する。
ドラゴンブレスが、至近距離からシリウスに放たれる。
だがそれを無視して、シリウスも再度「第二十深度 無突」を繰りだす。
ドラゴンブレスがシリウスに直撃し吹き飛ばされるが、シリウスの風の刃も竜王に突き刺さる。
全身を燃やしながら吹き飛んでくるシリウスを、ルルージュは時を止めて、受けとめる。
空中に浮くシリウスに、ルルージュは回復魔法を連発する。
数秒意識が飛んでいたが、シリウスは目を覚ました。
二度目の死を経験したように感じた。
力なく立ち上がってから、首元から血を流す竜王の様子を見る。
竜王は首の傷の痛みに咆哮をあげている。
竜王にダメージはありそうだった。しかし倒しきることはできなかったようだ。
二連撃でも力不足だった。
なんとか、もう一発当てる必要がある。
シリウスが世界樹のしずくで、また魔力を全快させる。
竜王が不快感をあらわに首を小さく左右に振る。
首から血が少し飛び散る。
しかし、そのあと、竜王の首元が白く輝きだした。
シリウスにはそれが何の光かすぐにわかった。
シリウスだけではない、ルルージュも、他のエルフたちもわかった。
しかし、誰もがそれは間違いであり、別の何かである可能性を無意味に必死に探してしまった。
その現実を受け入れたくなかった。
白い輝きがおさまり、竜王の首元が見えた。
首元の傷は完全に治っていた。
竜王は回復魔法を使っていた。
新しい逆鱗が綺麗に生えている。




