21話 もう一人のエルダ2【ミライ視点】
エルフの里への出発が決まると、会議は解散となった。
勇者レイと騎士団長レイが最初に部屋をでていき、それにつづいてラビとエルフ族長の娘エルダが一緒に退出していった。
部屋には私と剣聖ダンが残った。
ダンは扉をでていくエルダの背中を見つめている。
女性好きのダンは、年中女性を見つめいている。
私はそんなダンの視線を軽蔑しているが、今回は私もエルダのことを注視していた。
私もダンも、エルダを警戒していた。
エルダの姿が完全に見えなくなると、緊張を緩めた。
「彼女は何者でしょうか」と私は呟いた。
「薬で人間に化けているというが、俺にはエルフとはどうしても思えない」とダンは言った。
「ええ、私もです。彼女はまがいもののように見えます。
エルフであるとか、人間であるとかではなく、すべてが偽りのように思います」
「確かなことは、彼女は敵だ」
私は敵と断言する彼に、驚いて振り返った。
「敵なのですね」
「ああ。あの金色の髪に、青い瞳。
お前は、彼女の顔を見て、誰かを思い出さないか?」
私には、ダンがなにを言おうとしているのか、理解できなかった。
「あのエルダの顔を見ていると、俺はシリウスを思い出すんだ」
言われてみると、エルダとシリウスは似ていた。
ふたりの容姿を神を創造されるさいに、目元や鼻筋は同じパーツが使われたように見える。
「まさか彼女は、、、」私はある可能性に思いいたった。
しかし、それは言葉にするには、あまりに恐ろしい考えだった。
「あくまで俺の感だ。
女っていうのは、謎多き生き物だからな」
プレイボーイの彼は、少しでも場を、険悪な空気から和そうと冗談めかして言った。
でも、その不吉な予想は、私の胸にこびりついたままだった。
エルダの正体は、思ったよりも早く判明した。
その日の夜中、彼女は行動を起こした。
午前2時を過ぎた、警備の兵以外眠りについている時間に、自らの部屋からでてきた。
彼女は病棟へと向かった。
病棟の扉の南京錠を雑草を刈るかのように簡単に切りおとし、建物内へ入っていく。
照明のほとんどない、地下への階段をおりていく。
地下には霊安室がある。
今、霊安室には彼の遺体がある。
彼女の目的は、シリウスの遺体だった。
包みこんでいる袋を開け、遺体の各部を調べていく。
シリウスの胸の中心にある傷口に指先にそわせる。
心臓がひと突きにされている。
シリウスの死因となった傷の外周をなぞっている。
「何をなさっているのですか」と私は声をかける。
エルダの動向に警戒をしていた私たちは、彼女の不審な行動にすぐに気がついた。
私たちは彼女の後をつけていた。
私の後ろにいるたダンも、姿を現して室内に入ってくる。
「やはり気づかれていましたか」とエルダは言った。
彼女の表情は動かない。
反対に私たしたちのほうが、いたずらの見つかった子供が言い訳を探しているかのように、落ち着かない態度だった。
いたずらを見つけられたのは、彼女のほうだというのに。
「何をなさっているのですか」私は同じことを繰り返し言った。
「賢者シリウスの遺体を調べていました。
彼の死には不可解なところが多い。
彼は一撃のもと殺されています。
いくら寝ていたからとはいえ、賢者を一撃で仕留めるとは、相当な手練です。
賢者もつねに警戒をしてはずです。
それらをくぐり抜け、剣で身体をつき抜かれている。
これほどの力を持つものは、魔王軍にもそうはいません。
魔将の3人か魔王ぐらいなものです。
しかし、魔将クラスの魔力を持つものが、この城に侵入することが可能でしょうか。
何重にも警戒装置が設置されていますし、それにあなたたちがいます。
こうして私のような不審者はすぐに見つかってしまいます。
ましてや命を狙われいるシリウスが、まったく気づかないことなどあるはずがありません。
彼を殺したのは魔王軍ではありません。
死の直前まで、シリウスは危機を感知できていないようでした。
つまり、生命の危機を感じられてないほどの弱い存在だったということです。
警戒をする必要もない、取るにたらない存在です。
しかし、それほどの弱いものでは、賢者にダメージを与えることは普通できません。
ましてや致命傷を与えるなど不可能です。
ただし、私はそんな不可能を可能にする存在をひとつだけ知っています」
彼女は、そこで一呼吸おく。
もったいぶっているような話し方だったが、私はむしろそのまま話さずに終えてほしいと感じていた。
この話のつづきには嫌な予感しかしない。
「私はこの傷跡をよく知っています。
皆さんもよくご存知のはずです。
聖剣です。
聖剣は善なる存在です。
シリウスが警戒をしないのも当然です。
聖剣が賢者殺害の凶器になります。
つまり賢者シリウスを殺したのは、勇者レイです」
私たちは黙って話を聞いていた。
聞きいってしまった。
私たちは、最初から犯人が誰であるかわかっていたのかもしれない。
彼女の言うとおり、あの状況でシリウスを殺せるのはレイ以外ありえなかった。
自明の理だった。
私たちはそのことに気づかないふりをしていた。
だって、勇者が賢者を殺したときに、聖女は何をすれば良いというのだ。
聖女として正しい行動とは、この場合どのような行動であるというのか。
このような滑稽にして、重大な行動選択に、悩み苦しみたくなかった。
「お前は何者だ」
ダンはエルダに言った。
ダンも私と同じだった。
この答えのない現実に、向き合いたくなかったようだ。
話をそらす。
真犯人は保留にしておく。
しかし、エルダの正体もまた、考えうる最悪の結末でしかなかった。
エルダは言った。
「私は魔王です。魔王アルシュと申します」
魔王は可愛らしく、ペコリとお辞儀した。
例の完璧な笑顔を浮かべて。
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