20話 もう一人のエルダ1【ミライ視点】
10歳のときの自分を思い出す。
街をふらついて、猫たちに餌をやるのが日課だった。
綺麗なドレスを着て、お城で踊ることを夢想していた。
私はよく兄弟と喧嘩をした。取っ組み合いの喧嘩だ。
聖女などと言われているが(実際に聖女ではあるが)、幼いころはその辺の子供と変わらなかった。
現在10歳のラビは、部屋に閉じこもっている。
賢者シリウスの残した資料を読みあさっているのだ。
子供というのは集中力がないものだが、ラビにはあてはまらないようだった。
資料の熟読など、大人でも嫌気のさす作業を、連日おこなっている。
眉間にシワがよっているので、ラビにとっても楽しいことではないはずだ。
定められた賢者としての義務を遂行しているだけなのだ。
ただ、子供なのに大人のように眉間にしわを寄せて、資料とにらめっこしている姿は、とても可愛らしい。
将来、ラビには幸せになってほしいと思う。
小さい賢者を覗き見していた私の後ろに、いつの間にかダンが立っていた。
「子供が戦争に駆り出されて、必死に資料を調べている。
俺たちは正義の味方なんて言われているけど、この状況が正しいことだとは思えないね」
赤竜退治の功績が認められて、彼の監禁は解除された。
寝取られた貴族も、彼がいなければ死んでいたわけで、納得はできていなかったが、我慢するしかなかったようだ。
私は彼の言葉は、取り合わないことにしているが、この意見には思うところがあった。
私もダンに賛同する。
「あの子は小さい頃から、あんな生活をしているのよね。
本来なら、思いっきり遊ばないといけないのに。
今後、あの子が楽しく笑える時間は、ちゃんとあるのかしら」
「安心しろ」とダンは、笑顔で言った。
「女の口説き方は、俺が責任を持って教える」
私は、黙ってその場を立ちさることにした。
しかし、「待ってください」と呼び止める声がした。
声の主はラビだった。
「ミライさん、ダンさん、お話があります。
他の皆さんにも声をかけますので、軍議室に集まってもらえますでしょうか」
30分後、私たちふたりと、騎士団長ロック、エルフ族長の娘エルダ、そして勇者レイが集まった。
最後に部屋に入ってきたエルダは、「お待たせいたしました」とにこやかに、お辞儀をしながら入ってきた。
エルフには美男美女が多いが、彼女も例外ではない。
彼女はエルフの特徴である、尖った耳をしていない。
どうやら薬で耳を変形させているようだ。
人間界に出てくるにあたり、服用したらしい。
しかし、エルフの美貌は健在だ。
まだ幼いので、肉体美を感じさせられることはない。
だが、蕾としての清楚さで、芸術的美しさをまとっていた。
彼女の肖像画を描けば、たいていのものは名作になるように思う。
しかし、私はなぜか彼女が苦手だった。
彼女の笑顔にも、曖昧なお辞儀でしかこたえることができない。
聖女である私は、他人に対して好意的であろうと心掛けている。
エルダへの微妙な態度は、私としてはかなり珍しいことだった。
でも彼女に心から笑いかけることは、私にはできなかった。
「こうして集まってもらったのは、僕たちの今後の方針を相談させていただきたかったからです」と、ラビが話を始める。
「シリウスさんが残された資料を読みました。
わかっていたことですが、僕の想像していた以上に、シリウスさんは天才でした。
シリウスさんの使っていた魔術は、5世代は先に進んだものでした。
おそらく僕の今の力は、シリウスさんの5分の1もありません。
当然のことでしたが、賢者として僕がシリウスさんの代わりを務めるのは難しいです」
ラビは手に持つ資料を一度見つめる。
資料の中にシリウスを見ているかのように、目を細める。
「資料を読んでいて、いくつかわかったことがあります。
シリウスさんは、皆さんが使っていらっしゃる武器に付与魔法をかけています。
そのおかげで鎧は魔法耐性があり、剣はいつまでも切れ味を失いません。
その他にも、指輪や服などに、身体強化の効果などを付けています。
この魔法なのですが、永久的なものではなく、一ヶ月ほどしか効果は持ちません。
つまり、あと3週間ほどで僕たちはさらに弱くなります。
特にレイさんの装備には、ありとあらゆる付与魔法がかけられているので、落ちこみが激しいと思います」
ただですら弱い勇者が、今後さらに弱くなる。
もはや想像の域を超えていた。
全員が何も言わず、しばらく沈黙がつづいた。
「このままでは僕たちは魔王に確実に負けます。
人類滅亡はもうすぐそこだと考えざるおえません。
あのシリウスさんがいたときですら、魔将ラージを倒すのに苦労したのです。
いえ、記録を見る限り、魔将ラージに勝利できたのは奇跡のようなものでした。
うまく罠にかかってくれて、ラージの力を10分の1にまで抑えることができたからこその勝利です。
しかも、そこまで弱まったラージにすら、かなり苦戦をした。ギリギリの戦いでした。
ラージはおもしろがって、10分の1の力になった後も、油断をしてた節もありますし。
魔王軍にはあと3人の魔将がいます。
ラージは魔将の中でも最強だったと言われていますので、その3人はラージほどの強さはないでしょう。
それでも、今の僕たちでは足元にも及ばないことは確かです。
僕たちは早急に強くならなければいけません」
「強くなりたいからといって、簡単になれるものでもないだろう。
お手軽な方法があったら、誰でも剣聖になれちまう。
何か考えでもあるのか?」
ダンの質問にラビはこたえる。
「皆さんもご存知のように、僕は人間とエルフのハーフです。
母がエルフでした。
僕の魔法技術が高いのはエルフの血の影響が大きいです。
エルフの秘匿魔法もいくつか知っています。
これから話す内容は絶対に口外しないようにお願いいたします。
エルフの里には、精霊王の力を手に入れる方法があります。
大賢者ルルージュ様がお使いになられていた力です。
あの力は生まれ持ったものではなく、授かった力です。
エルフの里には、不定期に巫女と呼ばれる存在が生まれます。
巫女は普通のエルフとほとんど変わりありませんが、精霊たちの加護を受けています。
噂では精霊と会話ができるようです。
巫女には一生に一度だけ、使うことのできる魔法があります。
それが、精霊王の力を与える魔法です。
大賢者も、先代の巫女から、精霊王の力を受け取ったのです。
そして、5年前にエルフの里には、新たな巫女が誕生しています。
『ミミ』という名前の女の子だそうです。
僕は、その巫女から精霊王の力を授かれたらと考えています。
精霊王の力が手に入れば、大幅な戦力アップになります。
何しろ、時間を操ることができますから。
エルフは人間嫌いです。
ハーフである僕も、エルフ社会では嫌悪されています。
ただ半分とはいえ、エルフの血が入っていますので、精霊王の力の継承者として認めてもらえるよう説得できる可能性もあります。
母もある程度地位の高いエルフだったようですし。
また、ここにいらっしゃるエルダさんも、説得に協力してもらえることになっています」
ラビがエルダに目を向ける。
エルダはまた、あの完璧な笑みを浮かべて、軽くうなずいた。
「問題だった人間を寄せつけない結界も、シリウスさんの資料に解決策がありました。
人間はエルフの里に近づくと、強制的に森の入り口に飛ばされてしまいます。
また、里の入り口の柱には、強力な結界もあります。
これらの結界を無効化するアイテムをシリウスさんは開発済みでした。
これを使えば、エルフの里にも僕たちは入ることができます。
本来なら結界を強引に解除するような真似はしたくないのですが、エルフの民に会う方法が他にないので仕方ありません。
エルダさんは現在薬で体を人間に変えていますので、その効果が解けるまで里には入れません。
エルダさんも他のエルフとコンタクトをとる手段がないのです。
薬の効果が解けるまでには、あと数年はかかるそうです。
かと言ってエフルたちが里から出てくるのを待つことも難しいです。
エルフは滅多に森の外にでてきませんから。
それを悠長に待っている時間もないです。
エルフとの連絡手段がこれしかないのです。
シリウスさんが結界の解除装置を作っていたのもなにかの縁です。
多少強引でも僕はエルフの里へ向かうべきだと考えています」
二日後に、私たちは、エルフの里へと出発することが決定となった。
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