2話 愚行の勇者
帝国は静まりかえっていた。
前日のお祭り騒ぎが、一晩にして消え去った。
賢者シリウスの死亡は、あっという間に全国民に知れ渡った。
魔王軍4強の一人、魔将ラージを打ち取った勇者一行の凱旋は、つい昨日のことだった。
勇者レイ、聖女ミライ、剣聖ダン、そして賢者シリウスの勇者パーディーに、帝都の住民は誰もが歓声をあげ、彼らを出迎えた。
現魔王が現れてから、人類は戦いに敗れつづけていた。
この500年に何人もの勇者が生まれた。
しかし、魔王に挑むどころか、その手前の、魔王の手下に簡単に破れさってしまった。
100年前に現れた、歴代最強と言われた勇者も、魔将ラージにあっけなく殺されてしまった。
その魔将ラージを、今回の勇者パーティーは討伐したのだ。
人々が大喜びするのも当然である。
しかし、勇者パーティーが凱旋した夜、賢者が死亡した。
王城の彼の部屋で、死体で発見される。
夜中だというのに街は歓喜で寝し静まってはいなかった。
そこに賢者が死んだという噂が流れた。
翌朝には国民の誰もが知ることとなった。
「警備は一体何をやっていたんだ」国王の怒鳴り声が、響き渡る。
「申し訳ございません」と騎士団長のロックが頭を下げる。
王城の一室には、騎士団長と、剣聖ダンを除いた勇者パーティーの姿がある。勇者レイと聖女ミライだ。
剣聖ダンは現在、城にいない。どこかの遊郭でまだ眠りこけているのだろう。
きっと賢者が死んだことも知らずに。
「現在調査中ではありますが、侵入者の形跡はまったく見つかっておりません。
賢者シリウス様を、一撃で屠っているところからも、相当な使い手だと思われます。魔将クラスの仕業かと」
いくら寝込み中の襲撃とはいえ、賢者がそうやすやすと死ぬのはおかしかった。
「魔将ラージが殺され、他の魔将が動いたということか」と王は、誰に聞くでもなく言葉を漏らす。
「はい。おそらくは」と騎士団長は、それにこたえる。
それから、しばらく沈黙がつづいた。
犯人がわかったからといって、問題は解決しない。
賢者シリウスはもういないのだ。
これで人類はまた劣勢に立たされる。
もともと現代の勇者レイは強くもなければ弱くもない、凡庸な勇者であった。
では、なぜ魔王軍に対して快進撃をつづけられたかというと、賢者シリウスの破格の強さがあった。
シリウスを除いた勇者パーティーと、彼ひとりが戦ったとしても、シリウスが勝つだろう。
それほどまでに彼の使う魔法は圧倒的だった。
聖剣でないと魔王を倒すことは不可能なため、聖剣を使える唯一の存在である勇者は重要である。
しかし、現在の勇者パーティーを勇者パーティーたらしめているのは、賢者の存在以外なにものでもなかった。
沈痛な空気のなか、唯一ひとり違う空気を出しているものがいた。
勇者レイだけはイラついていた。
誰もが賢者を褒め称える。
勇者である自分を差し置いて、賢者ばかりが注目される現状に、腹立たしくてしょうがなかった。
その邪魔者の賢者が消えて、勇者はむしろ喜んでいた。
なのに周りの人間は、まだ死んだ賢者のことばかり考えている。
勇者である自分がまだいるのだ。そこに大きな希望があるではないか。
なぜそのことに目を向けないのか、勇者はもどかしくて仕方なかった。
「いつまでも嘆いていても仕方ないだろう。魔王軍との戦闘はこれからも続いていくんだ。
これからは俺たちだけで戦っていくんだ」
レイは場の空気に業を煮やし、皆を鼓舞する。
「私たちだけで、どうやって戦っていくというのです」聖女ミライが初めて口を開いた。
彼女の目は赤く腫れ上がっていた。大きな隈が目を縁取っている。
背中を丸め、下を向いていた顔は、発言中もあげることはなかった。
美神のような聖女のたたずまいは、今日の彼女にはまったくうかがえなかった。
「私は聖女としての力は強いけど、戦闘能力が極端に低い。これまで戦場に立てていたのも、シリウスの結界があったからなのに」
ミライが言う言葉を受けて、すぐにレイは反発する。
「シリウスがいなくなった分は、僕が埋める。僕がミライを守るよ」
しかし、この言葉を聞いた、聖女、そして国王、騎士団長は、憐みの目で勇者を見つめる。
「レイ、あなたもわかっているのでしょう。
シリウスは戦闘中、常にあなたに強化魔法をかけていた。
それも数十種もの魔法を重ねがけしていた」
この言葉を聞いた勇者レイは、「えっ」と驚きの表情を浮かべた。
「シリウスの強化魔法は破格だった。普通は1.5倍程度の強化しか行えないのに、彼は3倍以上の増強を行うことができた。
それも複数の強化魔法の重ねがけなんて、超絶技巧もやってのけていた。
レイ、こんな言い方失礼だけど、シリウスの強化魔法を失ったあなたは、弱すぎのよ」
「ちょっと待って。僕はレベル99だぞ」レイが叫ぶ。
「そう。レベルがカンストしているのに、あなたの能力は一般兵士と変わらなかった。
レイ、あなたは歴代最弱の勇者よ」
レイは開いた口をふさぐことができなかった。
一般兵士と変わらない戦闘力。あまりに弱すぎる。
どうしよと、勇者は焦る。
なにしろ、賢者の寝込みを襲い、殺したのはこの勇者なのだから。
勇者レイが賢者シリウスを殺した。
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