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19話 弟ゴブリン頑張る

 でんぐり返しで狼の嚙みつきをかわし、立ちあがりざまに、枝を振りおろした。

 枝は見事に、狼の太ももをとらえる。

 弟ゴブリンは、先日見た冒険者の姿を思い浮かべる。

 その映像をなぞるように、体を動かす。

 それは完璧なコピーだった。

 ゴブリンの一振りは、剣の鍛錬を積んだ者の太刀であった。

 しかし、ゴブリンが持っていたのは、剣ではなく木の枝である。

 太ももに当たった枝は、ホワイトフルフの肉体の前に、もろく折れた。

 弟ゴブリンはすぐさま折れた枝を捨てて、新しい枝を拾う。

 弟ゴブリンは、枝は剣と違って脆いことを学んだ。


 3人組の冒険者のひとりが、ゴブリンをいたぶるさいに、剣を突いていた。

 あれなら枝でも折れずにすむかもしれない、と弟ゴブリンは考えた。


 ホワイトウルフの牙を、またでんぐり返しで避けたあと、突きを放つ。

 枝がホワイトウルフに刺さる。

 白い毛に、赤い血がにじむ。

 今度は傷をつけることはできた。

 しかし、相手は2メートルを超す巨体である。

 致命傷にはなりえなかった。

 それはちょっとした傷でしかない。

 レベル1のゴブリンと木の枝では、これが最大限の攻撃力だった。


 ゴブリンの反撃に怒りを覚えたホワイトウルフは、これまで以上に熾烈に襲いかかってくる。

 弟ゴブリンはそれをなんとかかわす。

 弟ゴブリンはこのときすでに、ホワイトウルフの攻撃タイミングを先読みできるようにまでなっていた。

 前足の位置や、体の傾き加減で、判断できるのだ。

 でんぐり返しのみでかわしていたので、動きは大きい。

 それでも、ホワイトウルフの攻撃の手がひと区切りしたところで、枝を突きたてた。

 コツコツと時間をかけて、弟ゴブリンは枝を刺していった。

 8時間以上、それは繰り返された。

 弟ゴブリンは、水車が回りつづけるように、突きつづけた。

 8時間後、ホワイトウルフは動きをとめた。

 致命傷を受けたわけではない。

 疲労のために、動く体力がなくなったのだ。

 多くの血も失われてもいた。

 ホワイトウルフは全身が赤黒く染まっている。


 当然、弟ゴブリンも疲労は溜まっている。

 しかし、攻撃の手を緩めなかった。

 このチャンスに猛攻を仕掛ける。

 立てつづけに、枝を突き刺す。

 そのうちの一撃が、首の頸動脈を引き裂く。

 これまでの傷とは異なり、大量の血が流れでる。

 ホワイトウルフは痛みのために、ビクンと背後に飛び退く。

 しかし、着地後、その場でうずくまる。

 地面に血が広がっていく。

 弟ゴブリンはしばらく警戒するが、ホワイトウルフがまったく動かないことを確認すると、その場に座りこんだ。

 次の瞬間、弟ゴブリンに大量の経験値が流れこんでくる。

 レベルが16まで上がった。大幅なレベルアップだ。

 しかし、あまりに疲れていたので、弟ゴブリンはそのまま眠りに落ちてしまった。


 ここはエルフの森である。

 侵入者はモンスターに遭遇するように、仕組まれている。

 20分後、寝ている弟ゴブリンのもとへ、スケルトンが歩みよってきた。

 骨の体に、鎧を着て、頭に兜をかぶっている。

 手には、自身の身長よりも少し短めのロングソードが握られている。

 装備しているものは、すべて錆び付いていたが、一般兵が身に付けているような量産品ではなかった。

 特殊な素材が使われており、意匠にもこだわりが見られた。

 このスケルトンは、300年前にエルフの森に侵攻した帝国軍人の成れの果てだ。

 隊長のひとりであり、現世に心残りがあったため、亡霊となってしまった。

 生前は剣の才能に溢れ、努力もしていた。

 スケルトンとなった今も、その技術に衰えはなかった。


 眠っていた弟ゴブリンだが、野生の生物だけあり、危険な気配に目を覚ました。

 疲労は完全に回復したわけではなかったが、だいぶ体は軽くなっていた。

 木の枝を拾って、先ほどと同じように構える。


 最初に仕掛けたのは、弟ゴブリンだった。

 ホワイトウルフと同じように、突きを放つ。

 数百回繰り返した動きは、弟ゴブリンの戦闘センスもあり、流れるように素早かった。

 しかし、スケルトンは剣の先端を枝に合わせて、受け流す。

 体を半身ねじり、ゴブリンの直線的力を、横へそらした。

 弟ゴブリンは、勢い余って前のめりとなる。

 その隙を見逃さず、スケルトンは背中に剣を振りおろす。

 ゴブリンは回避行動をとる。

 でんぐり返しだ。

 しかし、今回の相手は野生の狼ではない。嚙みつくだけの獣とは違う。剣士である。

 でんぐり返しのような、オーバーは動きでかわせるようなものではなかった。

 弟ゴブリンの背中は切り裂かれる。

 弟ゴブリンは痛みにたえ、でんぐり返しの勢いを殺さずに、そのまま前方へ移動し、スケルトンとの距離をとる。

 幸いなことに、傷はそれほど深くはなかった。

 回避行動で、でんぐり返しを行う敵など滅多にいない。

 スケルトンは、その突拍子もない行動に少しひるんだ節があった。

そのため、斬撃も勢いが鈍っていたのだ。


 なんとか一命を取りとめた弟ゴブリンであるが、ピンチはつづいていていた。

 まず、今のままではスケルトンの攻撃を避けることができない。

 でんぐり返しでは、どうしようもないことはすぐにわかった。

 何か他の方法はないかと考えたが、ちょうど先ほどいい見本があったと思いあたる。

 自分のだした突きを、スケルトンは剣を合わせて、受け流した。

 あれは武器に添えるような感じだった。

 武器の進む方向をずらして、自分に当たらなようにすればいいのだ。

 スケルトンが一気に距離を詰め、剣を振るう。

 弟ゴブリンはその剣の腹に枝をぶつける。

 スケルトンの剣はゴブリンの左に逸れる。

 しかし、返す刀で剣を横に払う。

 胴を狙われた。

 横に払われた剣の軌道を逸らすことは不可能だった。

 ゴブリンがこのとき、回避を考えていたら、その時点で終わっていただろう。

 だが、ゴブリンは攻撃にでた。

 それも枝での攻撃ではない。目の前にある顔へ、頭突きをお見舞いしたのだ。

 兜に攻撃しては、自分の頭を逆に痛めるだけなので、露出している顎を狙った。

 頭突きのために距離を狭められたスケルトンの斬撃は、剣の根元部分しかゴブリンに当てることができなかった。

 また頭突きによる衝撃で、勢いもなかった。

 弟ゴブリンは腹にわずかな傷をおう程度ですんだ。

 反対に弟ゴブリンの頭突きは見事にヒットし、スケルトンの顎にはヒビが入った。


 弟ゴブリンは、頭突きでひるんだスケルトンを見て、あることに気がついた。

 このスケルトンはホワイトウルフのように硬くない。

 鎧は硬いが、骨の部分はむしろ脆かった。

 つまり、突きだけではなく、枝を振ることでもダメージをあたえられる。

 ゴブリンは枝を構えなおす。

 これまでの構えとは違う。

 先ほどまでは、襲ってきた冒険者を真似ていた。

 今は、目の前にいるスケルトンの姿勢を参考にしている。

 あの冒険者よりも、スケルトンの方が優れた剣士であることを、弟ゴブリンは本能的に理解していた。

 木の枝とは思えない綺麗な斬撃を、弟ゴブリンは打ちこんでいく。


 スケルトンとの戦いは、やはり長時間におよんだ。

 4時間以上は、剣を合わせていた。

 スケルトンは剣の天才に恥じぬ技の応酬で、弟ゴブリンを幾度も追いつめた。

 それをすんでのところで逃れ、弟ゴブリンは命をつなぐと、その技をコピーして反撃した。

 スケルトンがすべての剣技をだしつくしたとき、弟ゴブリンは一流の剣士へと成長していた。

 そして、天才度でいえば、弟ゴブリンのほうがスケルトンよりも上であった。それも圧倒的に。

 弟ゴブリンの剣筋は、打ちこむたびに磨きがかかっていった。

 スケルトンと同じ技を繰りだしているはずなのに、弟ゴブリンのほうが早く、鋭くなっていった。

 最後には、ふたりの実力は逆転していた。

 スケルトンの剣が、ゴブリンの枝によって弾き飛ばされる。

 無手になったスケルトンに、とどめの一振りを払う。

 スケルトンの首が舞い、地面に落ちる。

 首を失った胴は、トランプの塔のように、バラバラと崩れおちていった。

 弟ゴブリンは、またも大量の経験値を手に入れ、大幅レベルアップをした。

 弟ゴブリンは、崩れ落ちるようにそのまでまた横になり、疲れた体を癒した。


 20分もせずに、大きな足音で弟ゴブリンは再び目をさます。

 そこには3メートルを超える、巨体のオークがいた。

 その巨体にふさわしい、杉の幹のように太い鉄の棍棒を両手で持っている。


 弟ゴブリンはゆっくりと起きあがる。

 しかし今回の敵に対しては、余裕があった。

 弟ゴブリンは、スケルトンが使っていた剣を拾う。

 木の枝ではなく、ちゃんとした武器を手に持つ。

 剣があれば、飛躍的に攻撃、防御の選択肢がひろがる。

 ここまで身につけた技術も、さらに活かされる。

 弟ゴブリンはオーク討伐を開始した。


 こうして、弟ゴブリンは延々と格上モンスターと戦い、その都度成長をし、撃退していった。

 シリウスは、このエルフの里で驚異的なスピードのレベルアップをおこなった。

 それと同じことを弟ゴブリンはしている。

 弟ゴブリンは、いつまでもレベルアップしつづけていった。

 レベルの限界は、存在しないかのように。

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