18話 もう一匹のゴブリン
シリウスの転生したゴブリンには弟がいた。
兄弟の両親は冒険者に殺されており、唯一の肉親だった。
弟は体が小さく、細身だった。
力もなく、気も弱かった。
弟はいじめられていたし、敵にはまっさきに狙われた。
そして、ピンチになるといつも助けてくれたのが、シリウスが転生する前の兄であった。
弟は兄が大好きであったし、尊敬もしていた。
そんな兄がさらに大変身をとげた。
残虐な人間3人を、手も使わずに倒していった。
洞窟で暮らすゴブリンたちを次々と痛めつけていた冒険者を、兄は簡単に倒してしまったのだ。
そして弟たちの傷をたちどころに回復させた。
兄はゴブリンたちのヒーローとなった。
弟はますます兄を慕うようになった。
しかし、兄は部族を離れ旅にでてしまった。
弟もついて行きたかったが、兄は許してはくれなかった。
兄がいなくなってから、弟へ対するいじめが酷くなった。
もう助けてくれるものはいない。
集団に蹴られたり殴られたりしてできた身体中の痣をさすりながら、弟は兄を追うことを決意した。
一人で獣が跋扈する外にでることは、自殺行為に近かったが、それ以上に兄に会いたかった。
弟は兄の匂いを追って、エルフの森まで辿りつくことができた。
ゴブリンの嗅覚はそこまで優れたものではないのだが、弟は鼻だけは良かった。犬族並みの臭覚を持っていた。
運も味方し、自分を襲う冒険者やモンスターにも出会わなかった。
しかし、ここからは違う。
エルフの森では、自分の実力では敵わないモンスターと遭遇する。
そういう結界が張られている。
森に入って数分後、弟ゴブリンもモンスターと遭遇する。
真っ白い毛を持つ2メートルを超える体長の狼だった。
見た目のまま、ホワイトウルフというモンスターだ。
一般冒険者であれば、比較的狩りやすいモンスターだったが、最弱であるゴブリンにとってはまず勝てない相手だった。
いつもの弟ゴブリンであれば、逃げだしていた。
いや、エルフの森に入った者のほとんどが逃げることを選択する。
それが正しい判断でもある。
しかし、弟ゴブリンは戦うことを選んだ。
理由は単純で、引き返えしても帰る場所がないからだ。
ひとりで外の世界に飛びだした時点で、弟ゴブリンは死を覚悟していた。
大きい狼が道にいるだけで、足を止めようとは思わなかった。
先に進むのみだ。
襲いくるホワイトウルフの牙をかわせたのは偶然だった。
ホワイトウルフの迫力に驚き、後ろに尻餅をついたところ、勢いあまって、そのまま後ろにでんぐり返しをする羽目になった。
それがうまいこと回避行動となり、飛びかかってきた狼の牙に空を切らせたのだ。
「ギイイイー」と弟ゴブリンは叫んだ。
この叫びを翻訳すると「お兄ちゃん助けて」だ。
しかし、いつもそばにいた兄はここにはいない。
弟ゴブリンは、ようやくこの時頼れるものがいないという状況を実感した。
自分でなんとかしないといけないのだ。
気の弱い弟ゴブリンだが、死を目前にしてなけなしの勇気を振り絞った。
しかし、知能の低いゴブリンがとった行動は、あまりに稚拙だった。
兄の真似をして、魔法をうとうとしたのだ。
右手をホワイトウルフにかざし、「ギー」と言う。
「ギー」は詠唱のつもりなのだろう。
当然ながら、何も起こらない。
弟ゴブリンは、「どうしてだ」と驚いた。
右手の形が悪いのかと、指を色々な形に変えている。
ここでまた運が良かったのは、ホワイトウルフが、自分に向けて、ピースをしたり、狐を作ったりしているゴブリンを不審に思い、動きを止めてくれたことだ。
普通に飛びかかっられていたら、弟ゴブリンはあえなく、天国にいっていただろう。
気をとり直して、ホワイトウルフが再度、弟ボブリンに噛みつく。
弟ゴブリンは再度、でんぐり返しをして、それをかわした。
でんぐり返しをしたのは、先ほどそれで避けることができたので、同じことをすれば、また大丈夫だろうと思ってのことだった。
それがうまくいった。
ホワイトウルフは、連続して、逃げるゴブリンに飛びかかったが、それを弟ゴブリンは、でんぐり返しですべてかわすことができた。
弟ゴブリンは、ホワイトウルフの攻撃をかわすのは、難しいことではないとわかった。
狼が噛みついてくるのをかわすのが難しくないなど、普通はそんなことはありえない。
冒険者だって、盾などの道具がないと困難だ。
ところが、弟ゴブリンは、でんぐり返しでコロコロと転がるだけで可能にしてしまっていた。
実は、弟ゴブリンには戦闘の才能があった。
戦闘センスがずば抜けていいのだ。
それはステータスにも現れないし、実際の戦闘場面でしかわからないことだった。
弟ゴブリンはレベル1だ。
1年以上生きていれば、レベル5程度にまでは上がるの一般的だ。
弟ゴブリンは極端にレベルが低かった。
ゴブリンは集団活動をしているので、一人の冒険者を大勢で倒すことは、自然とあった。
人間を倒したので、経験値が皆に振り分けられる。
しかし、臆病な弟ゴブリンは、争いごとがあると遠くに隠れていた。
つまり、戦闘には参加せず、経験値をもらうことができなかったのだ。
また、どうしても戦わなければいけない状況になっても、いつも兄が助けてくれた。
なので、弟ゴブリンはレベルが上がらず、かと言って死ぬこともなく、弱肉強食の世界で生きのこることができた。
こうして最弱のゴブリンが誕生したのだ。
レベル1のゴブリンというのは、戦闘において、赤ん坊が将棋を指していようなものだった。
そこに勝利などあるはずなどなかった。
ルールにのっとて、駒をひとつ動かすことができただけで奇跡である。
ところが、弟ゴブリンはホワイトウルフの攻撃をかわしつづけた。
その戦闘センスがいかに天才的であるか、想像するのも難しいぐらいだ。
しかし、逃げてばかりでは、いつまでも先へとは進めない。
弟ゴブリンは攻撃をしなければならない。
兄のように魔法はうてないので、次に真似たのは、敵である冒険者たちの動きだった。
弟ゴブリンがこれまで出会った中で、兄の次に強い存在があの冒険者たち3人だった。
単純に強い者を真似ようと考えたのだ。
あの冒険者たちは、剣を持っていた。
なので、弟ゴブリンは足元に落ちている木の枝を拾う。
見よう見まねで木の枝を構える。
そして、ここから弟ゴブリンの急成長が始まる。
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