表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/89

11話 エルフの大賢者3【エルダ視点】

 ミミが他人に関心を持つのは、とても珍しいことだった。

 ミミは特殊な子だ。

 その子が興味を持ったのだから、このゴブリンが普通の存在でないことはわかっていた。

 しかし、目の前でおこなわれている魔術戦はには、それでも驚かされた。

 ルルージュ様と互角に渡り合っているのだ。

 世界樹の根から逃れ、風切りを相殺してしまう。

 ルルージュ様も歳をとられたとはいえ、最強クラスの魔法使いであることには変わりない。

 ルルージュ様が本気をだして、相手をしないといけない者など世界を見渡してもごくわずかだ。

 しかも、相手は最弱のモンスターであるゴブリンである。


 そして、ルルージュ様がついに時魔法を使った。

時間が止まる。


 次の瞬間、天高く伸びた氷の塔が屹立していた。

 ゴブリンはその塔の中で、氷漬けとなっている。


「第七深度 氷塔」


 氷の塔が気温を急激に冷やす。

 私は身震いする。

 いつの間にか鳥肌が立っている。


 透明度の高い氷を、太陽光がそのまま通りぬける。

 地面に降りそそぐその陽光は、暖かくない。

 太陽の光すら、冷されていた。


 ルルージュ様は時間を止めて、最上級の魔法を放った。

 最上級魔法の欠点は発動までの時間である。

 どうしても時間がかかってしまう。

 そのため相手に悟られ、対処をされてしまうことが上級者同士の戦いでは起こる。

 しかし時間が止まっている間に、最上級魔法をかけられてしまっては、対処のしようがない。

 ゴブリンは状況がまったく理解できずに、凍りついてしまった。

 氷塔は、このまま数百年は溶けることなく建ち続けることが可能だ。

 溶けない氷。

 ゴブリンは極寒の中、生命活動を停止してしまっているだろう。


 結局、私はゴブリンを見殺しにしてしまったのだ。

 自分たちで里に招き入れたのに、里に入ってきたら殺す。

 蛮族の利己的集団行為のなにものでもない。

 族長の娘として生まれ、それなりに里を愛していた。

 しかし、これまでの私を支えてくれた柱が、折れて、反対に私に倒れかかってきているようだった。

 周りのエルフたちは、ルルージュ様の勝利に笑顔を浮かべている。

 みんな笑っている。

 私は悪寒に襲われ、身体が固まる。


 ルルージュ様は笑っていなかった。

 憂鬱な表情で、氷の塔を眺めている。

 何を考えているのかはわからないが、それだけは救いだった。

 ルルージュ様は、唇をかすかに動かしたが、その言葉が音になることはなかった。それは短い言葉だった。


 最初にその変化に気がついたのは、ルルージュ様だ。

 塔の足元を見つめている。

 私もその視線を追うと、地面が湿っていた。

 土が水分を含んで、黒く変色している。

 黒いシミはじわじわと広がっている。

 いつの間にか、先ほどまでの肌寒さが消えている。

 冬から夏へ、季節を早送りされているようだ。

 氷塔の表面に、水滴が浮かんでいる。

 ある程度の大きさになった水滴は、その重さで地面に滑り落ちる。

 次々と流れ落ち、土を濡らしていく。


「第八深度 業炎衣」


 それは決して大きい声ではなかった。

 しかし、そのゴブリンの唱えた言葉を、誰もが聞き取ることができた。


 氷の塔が一瞬で水にななる。

 滝ができる。

 水は地面に落ちる前に、蒸発をする。

 大量の水蒸気で、視界が真っ白になる。


 視界が晴れると、青黒い炎を纏ったゴブリンが立っていた。


 私は大量の汗をかいていた。

 服が汗で肌に張り付いている。蒸し暑い。


 ルルージュ様も、シワに沿うように、大量の汗が流れている。

 八月の独房のように暑い。


「凍らせると時間を止められることがある。

 食品を凍らせれば、腐らないように」


 ゴブリンが言う。

 先ほどまで氷塔に閉じ込められていたのに、その影響はまったくないようだ。


「太古の生物が、氷山より発見され、氷を溶かすとまた動きだしたなんて話もある。

 でも、ルルージュ様はその逆でしたね。

 時間を止めてから、凍らせる」


 ゴブリンはルルージュ様の瞳を見つめる。

 子供が蟻の巣を覗くかのように。


「まさか時間を止めることまでできるとは、驚きでした。

 まさに神の領域ですね。

 おそらく止めることのできる時間は1秒ぐらいでしょう。

 魔力も相当消費するようだ。

 それでもほぼ無敵ですね。

 第七深度の魔法を確実にあてることができるのですから」


 第七深度の魔法は、魔術の最高到達点である。

 それを使えた時点で、最強であるといえる。

 しかし理論上は第七深度以上の魔法も存在する。

 存在はするが行使は不可能だった。

 難解すぎる術式に、膨大な魔力消費が、生物の脳と体には耐えられるものではなかったからだ。


「俺が纏っているのは、『第八深度 業炎衣』。

 この炎は触れたものすべてを燃やす。

 金属や魔法も、燃やす。

 体全体をこの炎が包んでいる。

 つまり、剣や魔法が俺の身体に到達する前に、燃えて無くなるので、俺への攻撃は通らない」


 青黒い炎が、チリチリとゆらめいている。


「ただ、問題もある。

 この炎は纏っている俺もちょっと蒸し暑いんだよ」


 ゴブリンはルルージュ様のもとに、まっすぐと歩きだす。

 夕食の準備の整った食卓につくみたいに、当然のように近づいている。

 あのゴブリンの炎に触れば、一瞬で灰となってしまうだろう。

 あの炎は、本物の第八深度魔法だ。

 魔術を使うものなら誰でも、その圧倒的存在に対して、疑いなど持てないだろう。


 ルルージュ様は動くことができずにいた。

 急いでゴブリンとの距離をとるべきなのに、それができない。


 ついに、ゴブリンはルルージュ様の目の前までくる。

 そして、その右手をゆっくりと、ルルージュ様の肩に置いた。

楽しんでいただけましたら、ブックマークとポイント評価をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ