8.日蝕
4の鐘が鳴り、失礼のない程度に身支度を調えた後、儀式に参列するために香りで清めていただきます、と香油を渡され、手首足首と胸元に付けるように言われる。
森林浴の香り……と謳われるような爽やかな匂いでリラックスできそう、と思ったので日常使用に分けて貰えないか聞いてみたけれど神事用なのでダメです。と言われてしまった……まぁ仕方ない。さっき中庭で見かけたハーブに期待してみよう。
「4の鐘は何時くらいのことなの?」
4と半刻が待ち合わせ時間のようなのでまだ少しだけ時間があり、準備も終えて呼ばれるのを待っているだけだったのでモレイに訊ねてみた。
「一日を10刻で分けているみたいだから、4刻は9時半ってあたりじゃないかしら……?」
「5刻が12時、10刻が深夜24時……?一日中明るい世界なのに、どうしてその時間は日本時刻と一致してるんだろう???」
感覚としてあまり差異がないのは時差ボケも少なそうで有り難いけど何故なんだろう?こっちの世界の時間基準が分からない……考えても分かるはずもなく。
「うーん、まだ一日経過したぐらいじゃ分からないよぅ。もうちょっと考えさせてー」
うん、難しいことはユターノに任せた。そのうちわかりやすく解説してくれるよ、きっと☆
時刻になり迎えが来たので外に出ると昨日よりも大人数の儀式の列が森に向かい始めていた。薄暗い森の中を進むため他の人の邪魔にならないようにそっと一番後ろをついていく。鈴の音を響かせ、荘厳な雰囲気の一行が森の奥の大樹の元に揃う。
始めましょう……と昨日と同じようにラズラが大きな半球の石に、他の儀式服姿の者達が円環模様に跪づいて手を触れる。祭列に付き従ってきた侍女や従者も少し離れた位置で円状に並び……私もラズラの斜め向かいになるあたりの列に招かれ、立ったまま見よう見真似で祈るように手を組む。動物達はさらに離れた場所でブルームの背に乗ってこっちを見ている。
祈りの言葉が復唱されはじめ、魔法円が光りながら浮かび上がったのが昨日よりもハッキリ見え周囲が暗いような気がした。円環の光が強いせいか、それとも曇ってきたのかな……と思って空を見上げると陽が欠けている………
……日蝕だ…………
確かに陽が欠けていく。周囲は夜になっていくかのように明るさが奪われていく。陽が隠しきれず金環日蝕が起きた時、遠くで鐘が鳴った……。
5の鐘……?
祈りの言葉に応えるかのように、日蝕の金環の光がゆっくり降りてきて大樹の円環と重なり魔法円がクルクル回る。薄暗い中で祈りを捧げる鈴の音だけが響き、跪拝が一時間近く続いただろうか……空が明るさを少しずつ取り戻していく頃に祈りの言葉の復唱で儀式は締められ、浮かび上がった魔法円は金色に光って半球の石に吸い込まれた。
ラズラが儀式の終了を告げ、他の者が神具の片付けを始めたのでまだ完全に明るくもないし大人数もいる中で、私を視れない人がぶつかってきたら大変だとブルーム達のいる隅の方に寄る。どうやらブルーム達はそんなに透け感がないみたいでちゃんと認識されてるんだよね……
ブルームのそばに避難しているとラズラが近付いてきた。ラズラは私を見失うことがないからこういう部分が神職としての能力差なんだろうか?と思う。
「カーヤ様、今ので確証が持てました」
「……何の確証?」
「カーヤ様は光のチカラが強過ぎるのです。その影響でお姿が視えにくくなっているようです……今の日蝕の間、暗くなったときは随分お姿を視易くなりましたもの」
「そうなの???」
自分では良く分からないから首をひねる。すると側に居た部屋付きの侍女が納得したように頷く。
「そういえば……お休みになるためにカーテンで光を遮った部屋では、お姿がよく視えたような気がいたします」
「と、いうことは夜なら私も認識されるの?……ってこの世界、夜闇無いじゃんッ!!!」
一人ツッコミをしてガックリ項垂れる。
自分に起きていることのヒントが少しだけでも得られたので良しとしよう……。
儀式を終えた一行の最後尾についてトボトボ歩いているとラーティカが慰めるかのように肩に止まった。そっか、とりあえずうちのコ達の誰かが肩や頭に乗っかっててくれれば「ココにいます」って目印にはなるのかな……
…………
神殿の部屋に戻ってしばらくすると扉がノックされ、化粧をすっかり落としてラフな状態になったラズラとバーベナ、ワゴンを押した侍女が部屋に入ってきた。
「私もバーベナも叶うのなら是非精霊達とお話してみたかったのです……でもこの部屋でしかお会いできなさそうでしたので、お茶を御一緒させて下さいませ」
テーブルに手際よくお茶やお菓子がセッティングされていく。この文化圏では「昼食」は無いらしく、基本的には朝食が遅めのブランチ形式なんだそうだ。今日みたいに早い朝食を摂った日は昼下がりにオヤツを食べるそうで。
バーベナは嬉しそうにブルームの鼻面を撫でたりレピやカイマックに木の実をあげたりしている。果物をパクついているユターノやカイマックに以前は理解できなかった爬虫類の可愛さが何となく分かってきたかも……と思う
「光のチカラが強過ぎるために一般的な視覚認識がされないようなので……光のチカラを上手く扱えるようになるか、対極にあたる闇のチカラを得れば解決すると思いますよ」
ある意味、強過ぎる光源に目が眩んでいる状態だとラズラが言う。私を比較的視ることができる者は皆、光の属性があるらしい。初代王がまさに光の化身と呼ばれる程のチカラがあったため……王家の血筋に比較的光の属性を持つものが多いのだが、もう何代も経ているので子孫の裾野はかなり広くなっており、もはや王家だけに光のチカラが継承されているわけでは無いらしい。その上、稀に突然変異的に庶民にも適合者が出るため厳密な法則性は無いそうだ。
「光のチカラの扱い方を知る……?もしくは闇のチカラを得る……?」
闇のチカラっていう響きはなんだかダークだなぁ。黒魔術とか命と引き換えとか呪っちゃうとか……そこはかとない中ニ臭がするわ……ハハハ。
「王家に蓄積されている情報をまず得てみましょうか……。多分もうそんなに遠くないうちに私に月が通り、私もルタキの役目を終えることとなります……その時はトリテレイア家に戻ることになりますのでそれからの時間はカーヤ様のために使いましょう」
「ルタキ?」
「ええ、このノルモーの神殿に仕える巫女です。生まれ月などの御神託があり、条件に合った女児が選ばれるのです………大樹に力を奉納するため、少しだけ成長が遅くなるのですが、私も15歳になりましたし、そろそろ月の通りの前兆である身体の変化が見られるようになりました……月が通るようになればルタキとしてのお役目を降りることになります。私の次はバーベナがしっかり勤めてくれるでしょうから心配はしておりませんよ」
あ、何となく察した。つまりこの神殿の巫女職は初潮を迎えるまでの女児が担うんだ……。
命を繋ぐための成熟を迎えた、って祝う習慣すらある一方で、流血は穢として忌む慣習がイマイチ納得いかないんだよねー。女性にそういう神性的な役目を負わせておいて、イチイチ生理くらいでウダウダ言うんなら神に仕えるのはそもそも男でいいじゃん!……とか命賭けで出産してるくらいヒト一人産み出すのは大変なのに、身を賭して殖やすこともできない男が率先して武力で命を奪おうとするのは何なんだよって誰もツッコまないの?
そもそも女なら子供産んで当たり前ってのもかなり馬鹿にしてるし、殖えなきゃ将来的に困るなんてヒトという種族としての勝手な言い分で、むしろ適正な生態系を護るためにさっさと滅ビテシマエ、ってヒトが神と崇める大いなる意思からは思われてるのかもしれないのになぁ。あーぁヤダヤダ。
生物学とか自然科学とか民俗学とかの講義受けてると本気でヒトにおける性差感覚がかなりイキモノとして変だと思うようになるんだよね……毒素ダダ漏れイカンイカン。
鬱屈したダークな内心を隠しつつバーベナに目を向ける。そうなるとバーベナもあと数年は選ばれた巫女として過ごさなきゃならないんだな……。今朝彼女の「寂しい気持ち」を垣間見てしまったのでなんだかやるせなくなる。こんなに幼いのに……。
私が同じくらいの年頃の時……親から離れたお泊まりとかまだツラかったもん。お泊まり保育とかで泣いてる子、当たり前にいたし。
もし許されるのなら、心を寄せることができる何か……対等な友達とか出逢えればいいのに。
ウチの動物達は他の同族個体と意志疎通できたりしないのかな???訪れる鳥が馴染んでくれるだけでも慰めにはなりそうなんだけど……