5.遭遇
果てしなく広がる草原で、やっと一つだけ見付けた祠に護られた木の幹に触れた瞬間、勢い良く身体が引っ張られた
「……っ!!?」
息を呑むような私の叫び声に反応するようにブルームが服を咥えて引っ張ってくれたけど間に合わない!
……
ジェットコースターの遠心力に振り回されているかのような重力の感覚に思わず目を瞑り……動きが止まったので恐る恐る目を開けてみた。
ここ、ドコ……………?
またも景色が変わっていた。本日2回目。
もう絶対これ夢だよ夢。
周囲を木々に囲まれた森の中の空間。さっき触れた祠の木は自分の背丈より少し大きいくらいだったのに、目の前にある樹は大人3人でも囲みきれないくらいに幹が太くて見上げると首が痛くなるくらい高い大樹―――
まだ何となく引っ張られた感覚が残るフラフラした足取りで大木から離れて、適当な岩に腰掛けた。ブルーム達もちゃんと付いてきていたし、カバンもある。何も無い、生き物の気配もしなかった草原に比べたら鳥の鳴く声も聴こえるし花も咲いてて虫もいる普通の景色に何だかホッとする……場所を移動したのか、それとも時間が経過したのか……?
一本しか無かった木が子孫を増やしてして森になりました、ってのもあり得ない話ではないなぁ……なんて思いながら地面を見ると先程の祠とは規模が比べ物にならないくらい大きいが、ここでも敷き詰められたタイルが円環模様になっている。
カバンから出てきたユターノは大きなあくびをしながら腕に巻き付いてきて、鳥達は周辺の様子を調査するために飛び立ち、太陽をじっと見上げたモレイの隣でレピが毛繕いをしている。膝の上で伸びをしたカイマックに火をつけて貰った煙草を吸いながらぼーっと樹を眺めていると、数人の近づいてくる気配がした……
人、いたよ……良かった……。
でも、服装とか明らかに現代じゃないなぁ。
どこの国なのかも分からない……例えるならインドの民族衣装・サリーのように一枚の大きな布を巻き付けたような雰囲気の服装。真ん中の女の子はバッチリ目の回りを黒と赤の化粧で隈取られていて、服から覗く腕には蔦模様がビッシリ描き込まれている。
周囲に付き従う人達には化粧は施されていないから真ん中の女の子が特別な立場なのだろう……
―――――目が合った
「……θaΨωnχaκtεaё?」
「ЯdфarωeψΔ……?」
うわー、何言ってるかワカンナイ!
疑問符がついたような語尾の上がりかただから、きっと何かを訊ねられてるんだとは思うけど全く聞いたことのない言葉……詰んだ………
眉を寄せ、首を傾げることで言葉が分からないってニュアンスだけでも伝わらないかなぁと思いながら愛想笑いをしていると「言語同調」と言いながら青い目のコウモリ・ファルムがジャケットの左胸ポケットから顔を出して鳴いた(……ような気がしたが、聴こえなかった)
「……あなたは誰?」
「どうしてここにいるの……?」
あ、初対面における基本会話だった。……って急に通訳されて聴こえだしたけどこれはイヤホンとしての能力なワケ???ものすごく便利な超御都合能力でありがた過ぎます!!!もしも居なかったら絶対困ってた!
私に話し掛けてきたのは化粧を施された少女で、他の人は遠慮をする立場になるのか一言も発しない……と、いうかその子が話し掛けている相手がどこにいるのか探すようにキョロキョロしてる感じすらありますけど…………?アレ?
―――そういえば、私、透けてたんだっけ。
自分で自分はもちろん見えるけど、他人からどう見えてるか考えて無かったな。この多数の反応からすると、基本的に私達の姿は見えていなくて、この子にだけ特別に視えてるって考えた方が正解かも。
「あなたには私が視えるの??」
「はい」
少女の目線は確かに私を視ている。
「ここは神域、普通なら立ち入れない場所なのですが……どうしてここに?」
「どうして……って……気が付いたらココに……」
「ラズラ様……?」
付き従っている人達の中で一番歳上らしい女性がその女の子に声を掛ける。【神域】という言葉を頭の片隅に置いてよく見れば大樹に施された円環模様も女の子の化粧や格好もそういう存在に仕える者として意味がありそうなもので、従者の格好も統一されたものだった。
「イベリス……貴女には視えませんか?よく視れば居ますよ……バーベナなら意識さえすればもう少しハッキリ視えるのではないかしら?」
イベリスと呼ばれた年嵩の従者が怪訝そうに目を細め、バーベナと呼ばれた幼い少女はすっと意識を集中させたようだった。他の従者も女の子の示す方向……つまり私だ……を一斉にガン見するから何やら居たたまれない心地になる。
「あ……視えました……女性と何匹かの動物が。このあたりでは見ない不思議な装いをされているのですね……」
「何となく、誰かが居られるのだろうな……ということは分かりましたけど……?」
バーベナには私がちゃんと視えていて、他の人でも気配程度は捉えられたらしい。私の格好と言えばそもそもバイクで事故ったので……パーカーにデニムパンツにライダースジャケットだ。
この人達の格好と比較して考えても、違和感ありまくりなのは認める。しかも岩に腰掛けて足を組んで煙草を吸ってるところに遭遇してしまったので、どう見ても尊大な態度のガラの悪いおねーさんですね……。幼い少女がこんな私でも女性判定してくれたのは嬉しいけれど、怯え気味の顔に少し反省。
「気が付いたら此処に、ということはやはり樹の力でしょうか……?でも今はまだその時ではないはず……?とりあえず先に儀式奉納を済ませましょう……樹の声が聴けるかもしれませんし……」
大樹の周りを清めた後、 ラズラ様が円環模様に埋め込まれた半球状の白い大きな石に跪づいて触れ、他の者は円周上に添って等間隔に並び円環模様に触れながら跪拝する。讃美歌や祝詞のような不思議な音階と節のついた言葉を復唱していくと円環模様が光の線で浮かび上がった。
わーぉ、ファンタジー!
「イノリだねェ、自然信仰のセカイなのかなァ?長生きしてる大きな樹をウヤマう文化圏って多いんだよねー。日本もそーだしさ」
腕に巻き付いてるユターノが儀式を見ながらぼそっと呟く。
「ニンゲンは火も敬ってくれるよー」
カイマックがユターノに答えるようにポッと炎を吐いて少し得意気に笑った。
祈りの言葉が終わると、浮かび上がった魔法円は一瞬強く緑色に輝いて半球の石に吸い込まれ、石が淡く光った。儀式が終わったようで従者達が片付けをしている中、ラズラ様は立ち上がり大樹の元に近付いて大樹にそっと触れ「……の樹の力を使ったわけではないのですね……そう……そんな場所にシンメが……」と何やら呟いていた。
「もしも……行かなくてはならない場所が無いのなら、一緒に来てはいただけませんか?」
ラズラ様が私の方に歩み寄り訊ねてきた。
「うーん……還りたいとは思うけれど還り方が分からないし、逝くべき場所があったとしても、どう行けばいいのか分からないから一緒に行くのは構わないけど……私みたいなのに関わっちゃって良いの?」
「風の精霊、火の精霊、英知に時や言語・進路……様々なチカラを持つ精霊達を従え、生命の波動に溢れる御方……お言葉を交わすことができただけでも光栄です。……失礼でなければ貴女様の御名を伺っても宜しいでしょうか?」
……ハイ…………?
何だかズラズラと羅列された言葉が理解を超えてきましたよ………???