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2. 迷走と事故

以前のことは一切覚えていない―――――


 自分とは関係ない、と言い切る晶の「二人目」


「一人目」の晶は椿にとって特別な存在で、同性ながら恋愛感情にも似た想いを抱えて依存していた相手だったので急に距離を置かれたら戸惑い、その変化の明確な理由が知りたいと悪足掻きしてしまうのは恋愛関係の終焉時によくありがちな行動だ……と情けなくさえ思う。


 どんなに言葉を投げ掛けても理由を確かめようとしても「前任者のことは分からない」と一貫した返答で、それまでに以前の一切を拒否されてしまえば心のどこかで多重人格とか憑依なんて現象はあり得ない!と否定する自分がいても今更イチから関係を構築しようとは思えない。



次第にワタシでさえも

椿の感情が面倒臭くなってきた――――



 ワタシは基本的に他人と関わるのが面倒臭いと壁を作ってしまう性質があるのだ……


――――― 椿を、亡き者にすることにした。



 受験生だし断捨離!とばかりに数年をかけて揃えた道具類や何着ものコスプレ用品一切合切を処分し、今までコスプレのためだけにキープしていたかのような背中までの髪を未練共々バッサリ断ち切りショートカットにした……どう見ても失恋時の典型パターンであるが、ボーイッシュな晶への反抗的な心境だったのもあったのだろう。


 ワタシとしての場所は一応日常の学生生活側にあり、日常には椿としての関係者はほとんど居なかったので、「椿」を切り離し闇に葬り去ってしまえばワタシからあの世界は消える。とても簡単なことだった。



「あの世界」と「椿」はワタシにとって

大いなる黒歴史となったのである―――――




たまに


寝る前の微睡みの時間に


パンドラの箱の蓋が開きかけ

負のループの迷宮で彷徨っても


夜中、一人意識の奥底へ穴を掘り

黒歴史に纏わるいくつかを埋め戻して

踏み固めている日があったとしても―――――



……



大学はどちらかと言えば集団よりも「個」を必要とする環境で、群れないことが当たり前となっていたワタシにはむしろ居心地が良かった。


日常をそれなりに送る中で、何か「あの世界」に替わる世界が欲しかったのだろう。TVで偶然全く興味もなかったバイクレースを観て「コレだ!!」と一目惚れに近い衝撃を受け、即座に2輪免許取得手続きを取った。


 もちろん親は反対をしたが、もう既に突っ走った後で事後承諾状態だったことと、ここ最近の精神状態がかなり迷走していたのは勘付かれていたため渋々ながらも認めてもらい……まずは叔父の古いバイクを借りて今までとは全く違う世界に飛び込んだ。


 行動範囲が公共交通機関もしくは自転車、なんて今までとは違い道さえあれば何処にだって行きたいところに行ける。

しかも他者に関わらなくても成立してしまえる世界は想像を超えた開・放・感!!!


気分転換どころかそれ以上の感覚にあっという間に魅了され、借り物のバイクでは満足できなくなり貯金を叩いて自分が一目惚れしたバイクを手に入れた。

メタルブルーのフルカウル・街で普段使いするには全く方向性の違うレーサータイプのマシンで全く女子向けの筐体ではないが、幸運にも身体パーツの長さが足りた上に生半可な気持ちで乗れないハードルの高さがむしろ私には好都合な相棒。


 車に対してバイクは馬に例えられ、愛車ではなく愛馬と呼ばれることがある。

その表現が自分にはかなりしっくりきたので、筐体の色から愛馬をブルーと名付けまるで本当の馬を可愛がるように愛でた。「バイクが恋人☆」なんてある意味痛い発言……さえする程に。


 晴れた日の青い空の下、緑の木々の合間を駆け抜け、好みの景色を見付けたらカメラで写真を撮る。山間の河原に降りられそうな場所を見付ければ清流の冷たさを楽しむ。爽やかな風が通る場所で休憩して煙草で一服する時間も心地良い……煙草を覚えてしまったのは例の不安定な状況に起因してしまっていることは否定しないが、バイクを通して繋がりを持った周囲が大人ばかりになったのであの頃の自分を若かったと笑える程度にはなっていた。



その日もいい天気で―――

道脇の木々が斑模様の陰を落とす山道を軽快に愛馬で駆け抜けていた。


カーブに差し掛かる手前、木々の切れ間から射し込んだ光が想像以上に強くて目が眩んだ―――――



ヤバイ!と思った時には遅かった。



ズザザザザザザッ!!!と愛馬が路面を滑る音と身体が投げ出された感覚……




……



……どのくらい経ったのかは分からない


気が付いたら私は叢の中に転がっていた。

視界には高く青い空と風に揺れる収穫直前の稲穂のような緑がかった黄金色の細い葉の草だけ。周囲には何の気配もなく、風が草原を渡っていくときの波のような音がする草の香りに包まれた空間。


雲一つない青い空を見上げて寝転がっていた私はふと直前の状況を思い出し、そういえば愛馬は何処に行ったのかと身体を起こしてみた。


何となく違和感を覚えたのだが、その違和感が何なのかは分からないままぼんやり遠くの草原を眺めていると……何かが近付いてくる気配に視線を向けると金色の瞳に光沢のある深い藍色の馬がこちらをじっと見ていた――


「ブルー……?」

何故だか直感的に我が愛馬だと思ったのだ。


「……あぁ、大丈夫だったか?(ヌシ)


ちょっと待って!!何で喋ってるの!?!


突然馬が目の前に居る・しかも藍色なんて毛並みは不自然でその存在がまず理解不能なのだが、その馬が人語で話していることは更に理解を超えてる。

理解不能!と思った時点でスリープモードだった思考回路が起動されたのか、急速に通常運転を始めた意識で周囲を見れば違和感の理由が分かった……。曲がり損ねたカーブは山間の道で、いくら勢いよく飛ばされたとしてもこんなだだっ広い草原の真ん中にいるなんてことはまずあり得ない。


自分の身体にも何かしら事故の傷があるだろうと自分の手や身体を見た私は理解した。



………死んでるわ、私…………!


カラダ、半透過してる。

コレっていわゆる幽体とか霊体だとか言われるような状態じゃないの?


バイクに乗ると決めた時にある程度の覚悟はしていた……正確には親に告げたとき、母親が即座に生命保険の手続きをしたので本人だけでなく周囲もソレを覚悟しなければならない部類のものになるのだということを理解した。生命保険は免許取得においては絶対必須ではないものだと知って尚更。


ゴメンね母さん、父さん。

懸念されていた事態が起きてしまいました―――


先立つ親不孝な娘をお許し下さい……人生に特別な彩もなく、失いがたいといえるほどの人縁もなく流動的な人生しか送ってないからそれほど特に悔いも未練もないんだけど……

敢えて言うならば、貴方達が順番が違うと心底悲しむのかと思うとそれだけが気掛かりです……なんてつらつらとどうでもいいようなことをぼんやり考えながらブルーの金色の瞳を見つめていた。



ブルーは死出の旅への同行者だね



最期まで一緒に来てくれてありがとう――――


同人やってたのもバイク乗ってたのもホント。


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