1. トラウマと黒歴史
中学校入学のタイミングで引っ越すことが、人生に大きく影を落とすとは思ってもいなかった12歳の春
学年途中の転入生ならば追加キャラへの物珍しさもあり周囲からフォローされるため馴染むのも早く、さらに高確率で転校生フィーバーが起きてしまう。小学5年生の春に転入することになった弟は転校生エフェクト効果さえ発生させ、その当時人生において一番のモテ期が来ていたようだ
(以後の彼の人生については語れない)
純粋無垢な小学校の入学は「友達100人できるっかな♪」なんて無邪気なもので心の垣根なんぞほとんど無い状態だし、自らの志望を伴う受験によって始まる私立校や義務教育以降の入学は大多数に繋がりのないお互い様状態になるのだが、地方公立中学校は複数の小学校が統合されるある意味カオスな状態からスタートしてしまう……
それぞれが新生活に不安を感じ、同じ小学校という安心感を基盤にとりあえずグループを形成していく中で、顔見知りすら居ない上に社交性スキルが低い新参余所者になす術などあるわけがない。
―――――― 難易度、高イデスヨ!?
10歳離れた姉が居たせいか幼い頃からどちらかと言えば年齢不相応達観ドライ気味で女子特有の協調性重視傾向は面倒臭いと思考放棄。一人でも平気な行動力・嗜好性の方向へステータスを激振りした結果「仔羊の群れ」への入り方が良く分からないまま成長してしまっていた。
そんな私をも理解して群れへ誘導してくれていた頼もしい牧羊犬……いや、幼ななじみ達からも離された環境下だったため群れへの合流は容易なことではなく、早々に諦めて遠巻きに傍観する他に選択肢が無かっただけなのだが……
数年後に仔羊達から一匹狼扱いをされていた事実を知った時は愕然とした――――――
いやそれ、もンのすごい勘違い!!
ただの「ぼっち」ですってば。
幸いにも引っ越しは隣市だったので、優しい幼ななじみ達とは縁が切れることもなく付き合いが続く中で気が付けば一般人からは少し異質なものとして扱われるあの世界へ踏み込んでいた
日常学校生活的にはできる限り一般人の振りをした「隠れオタク」として、ワタシにとって非日常的なその世界は妙に居心地の良い場所だった。稚拙ながら【唯名椿】なんてペンネームで二次製作をして、知り合った人達からは当たり前のように「椿」と呼ばれるそれはそれは不思議な異世界……
自己満足感を満たせる創作、変身願望を具現化できるコスプレ。面白がって嵌まり込んでいく一方で日常生活では「隠れ」を維持するために可能な限り目立たず・他者と関わらず・ただひたすら埋没しようとしていたために結果的に高校生になっても一匹狼状態だった。
創作活動による睡眠不足を補うため、イヤホンで耳を塞いで周囲に壁を作り爆睡が基本姿勢。
目付きのキツさから喧嘩沙汰に巻き込まれることさえあり仔羊達から遠巻きにされる始末。
うっかり「椿」を知った後輩が居ようとも学校では話しかけにくいほどの空気を纏い、客観的に見ればかなりの問題児……ヤンキー/実は隠れオタクなんてネタとしては面白いかもしれないが別にそこまでのものでもない。
敢えて日常学生生活ではほとんど友人を作らず、月に数回合えば上々な「異世界」の人々としか付き合おうとしなかったワタシの対・人間関係性感覚はその当時はかなり歪んでいたのかもしれない。
それはそれとして学生生活を満喫しておけば良かった、とさえ思うがそうもいかない事情もあったりで全て後の祭りである。
幼ななじみ達との関係は同人界隈を介して続いていたのだが、それぞれ生活圏と推しが変わるにつれ以前よりは距離ができた……逆に「椿」の友人として距離が一番近くなったのが晶だった。
一つ年下の彼女とは波長が合い、家もそこまで近くないのに週末のたびにお互いの家で泊まりこんで作業をすることが多くなった。
ショートカットのボーイッシュな子でサバサバした性格で日常を侵食しない程度の距離感がラクで。
それでも理解者があまり多くないと思っている自分にとっては貴重な友人の一人で、その存在にある意味依存してしまうのも仕方がなかったのだろう……後にワタシの人格を変える切っ掛けになってしまったとしても。
晶は霊感があった ―――――
さすがにワタシも初っ端から鵜呑みにする程オメデタイ思考の持ち主ではないのだが。
……ワタシの守護に本来母親についているべき曾祖父が憑いている、と言われたのが始まりだっただろうか。半信半疑ながら母親に訊ねたところ、確かに母は以前に他の人から祖父が守護霊だと伝えられたことがあること、ワタシが転居により学校生活につまづいているのが見ていられずワタシを護ってくれと願ったことがあると言うのだ。
……と、いうことは現在母親を護ってる存在は欠けていると?
短絡的に何やらゾッとしてしまい、母親の守護に戻ってもらえるように晶を通してお願いした。
……実はその時は母自身さえも知らなかったのだが、母はその年齢で罹患するには若く、若いがゆえに進行が早いと言われる病に冒され始めていた。
病を患ったのは守護が欠けたせいなのか、守護が戻ったことが病の早期発見と治療に繋がったのか……なんて因果関係は証明できないが、少なくとも晶の不可解な発言を非現実的だと一蹴することができなくなるくらいに実感できる一件だった。
普段は馬鹿話や創作ネタなどの話が中心で、ふとした時にポツリと不思議系の話題になるだけなので、何かが晶に降りるとか私には理解できないそんな不思議な事象があって、そういう話になるんだということを何となく納得していた頃のある徹夜作業中……
「今、椿の前世の彼が私のところに居るんだけど」
晶が唐突にそんなことを言い出した―――――
「寝言は寝て言え。作業終了して寝て良いよ?」
軽くあしらうワタシに構わず晶は話を続けた。
それによると……ワタシの前世は癒しのチカラを持つ者で、結婚を目前に控えたある日に町が賊に襲われ、子供を庇って斬られて死んだ。
【彼】は目の前で愛する者を喪い、守り切れなかったことへの後悔と喪失感、憎悪でチカラを暴発させ、全てを消滅……その代償に罰せられ転生すら認められない存在になったらしい。
単純に信じることは出来なかったが、行った記憶さえない小さな集落の風景・流れていく血の感覚と匂い・誰かの感情の爆発がフラッシュバックしたかのように目の前に突き付けられ……情報の奔流に一瞬飲み込まれぞわりと鳥肌が立った
「【彼】と話をしてみる?」
……そう訊ねられたのだが、一瞬駆け巡った血の感覚と感情の気持ち悪さに得体の知れない畏怖感があったためお断りした。
「前世の彼って言われても記憶にないし。……ましてその話を真実だとするならばそれはかなり重ーい状況で、ワケもわからないままにその当事者と話をするって相当ハードル高くない?」
「確かに」
少し残念そうに笑った後、真面目な顔で続けた
「……今、ちょっと危険な状態らしいから少しの間、椿の護りにつきたいって言ってるんだけど」
「は?」
急に明かされた事柄と自分の身の危険がイマイチ結び付かない。
護ってもらわなきゃならないような事態とは一体?と疑問符がいくつか並んだ後、そういえばワタシの守護状態って今どうなってるんだ?ってことには気が付いた。母親から派遣された曾祖父にあたる守護者は母親のところに戻ってもらったけどそれ以降……いや元々ワタシの守護ってどうなってるんでしょう???
「危険だって言うならお願いする……っていうかよく分からないけど拒否権無さそう」
ワタシが望まなくても母が願ったことで守護が派遣されてきたことがあるのだから、断ったところで【彼】がワタシの側につくのは決定事項なのだろう。晶が「了解」と言ったのでちょっと身構えたのだが特に何の変化も起きなかった。
うーん、やっぱりよく分からない。
とりあえず結婚寸前に喪って激しく嘆くほどの関係だったという前世の彼が側にいるらしい。気配なんて全く感じないのだが、それでも視られてるのか……と思うだけでなにやら微妙な感じでどうも落ち着かない。
けれど偶然そういう話を提供されたからその存在を知っただけで、今までも知らないうちに何人もの関係者さんとやらが自分の周囲には居て、ワタシの失敗の多い人生を生暖かく見ていたのかなぁと思うと……今さら取り繕っても仕方ないやと開き直って日常生活を送るしかない。
ワタシが何となく自分自身を納得させている間に憑き物でも落ちたかのように晶の雰囲気は一転していて、それ以上そのことに関して深く聞けない空気になっていた。
もちろん色々引っ掛かる部分もあるのだが、あまり友人を疑ってかかるのも失礼だし今思えばファンタジーを信じたい微妙に夢見がちなお年頃……言わば中二病を潜在的に引きずってるような時期でもあったし、基本的にどうにもならないことを難しく考えない方が平穏でいられるということが屈折した人生において得た教訓だったのでとりあえず疑問符は呑み込んだ。
その日から【彼】が守護についている状態になったわけだが、只人のワタシには実感が無かったある深夜……雷鳴が聞こえカーテンの隙間から一瞬の閃光を感じた。
家はマンションの高層階のため自宅に雷が落ちるというレアな体験をしたことがある。避雷針に落ちただけなので被害もなかったし、落雷直下の音は衝撃もない乾いた高い音で、想像するよりずっと呆気なかったのでワタシは雷が全く怖くなくなった。むしろ暗い空を切り裂く稲妻は神秘的な美しさがあるので鑑賞対象として好きなのだ。
雷を眺めようとカーテンを開け、音で方角を知ろうと窓も開けてしばらく外を見ていたのだがその後に続く雷はなく……。物足りないと思っていたところに突風が吹きこんで、中途半端に開けたカーテンが勢いよく風に舞ったためその夜は雷を見るのを諦めて窓を閉ざした。
2週間ぶりに会った晶に「何かなかった?」と訊ねられたため、思い当たることを絞り出すように雷の話をしたのだが「その雷は4日前だね?」と言わないうちに当てられた。
ワタシが窓を開けたのはアウトな行動で、それを守護者から諭されたため早々に窓を閉ざした……と言われても全く自覚はない。
【彼】にお礼を、と伝えると後始末をするために還ったとかでもうここには居ないらしい。何だか拍子抜けなのだがそういうものなのだろう。考えても仕方ない。
その話を聞いてから程無くしてイベント会場で何人かの「前世に関わりがある人達」も紹介された。今まで顔見知ってる程度の人もいたが急に前世とやらの世界観に巻き込まれ出した。
しかしワタシに記憶があるわけでもなく、ほとんどが【彼】絡みの関係者だったので話を聞いたところでポカーン状態に陥ったのは言わずもがな。
いや、今なら分かります……
……中二病的な集団だったのですね、きっと。
縁のある者は近しい環境に転生するという規則性はある程度ありえることなのかもしれないけれど、揃いも揃って閉鎖的なオタク世界にいるってのも何だか変なハナシだ。一人から派生したことに乗っかり広げることで独自の世界観に連帯感を産み出すある意味新興宗教に似た世界。
ただ、そんな風に客観視して冷静に考えることができるようになったのは事後随分経ってからで、渦中に居たときは半信半疑でも信じないことには話が成り立たないため軽く洗脳されてる状態だったんだろう……結果的に晶への依存度が相当高くなってしまった―――――
はい、問題です。
日常生活上では他者に壁を作り必要最低限の社交しかしない、一般的に言うところの「友達のいない」人物が、週末や月に数回程度しか会わない他者に依存してしまった場合どうなるでしょう?
……世の中にはそんな大人も多いとは思うけど、仮に恋愛関係に例えて考えたとしてもかなり重い。
……きっと相当な負担になっていたのだろう……
ある日、今まで気まぐれに晶に降りては助言をしていた(という)人格が「向こうに喚ばれたから還る」と言い、関係性は突然に終了することになった。
器は同じでも別人格、「私は二人目だから」とでも言わんばかりの雰囲気で次第に疎遠にされてしまい、依存者を失ったワタシは迷走してしまった―――――
初めて書いてみよう、とだけ思って書き進めているので見苦しさや表現の粗などあっても見逃してもらえると幸いです………(弱気)