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BRAVE SOUL  作者: 海中フクロウ
第一章 魂の神器
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プロローグ

不定期・自己満小説です。

 生まれる前の景色を見た、と言ったら笑われるのだろうか。別に前世とかいうやつではない。そんなものよりもずっと短くて、遥かに曖昧で、夢だと言われれば納得してしまう。その程度のものだ。

 そんなかすかな景色が、ずっと頭から離れなかった。生まれた時から、今日ここに至るまで、ずっと。


 その景色は、何とも言えないものだった。そもそも、景色と呼べるほどの定まったものがないのだ。暗いとも明るいともつかない、不思議な虚空に、まだ何の形もなしていない自分がゆらゆらと揺れている。ぬるま湯のような世界から、ほんのかすかに声が聞こえたことを覚えている。


 こまかいセリフや言い回しは覚えていないけれど。何かを謝られ———そして、何かを託されたことだけは、覚えている。


 たった、それだけのお話。

 たったそれだけのお話を、なんとなく思い出した。なぜかはわからないけれど。


◇◇◇


 例えるのなら。私の心は、古く錆びついた鈍色で———ずっと昔からそうだった。目の前に、灰色の幕でもたらされたかのように周りのことがわからない。それを不自由に思うことこそないけれど、不思議に思うことは多々あった。


 なにかをつまらないと思うこともなく、楽しいと思うこともない。他人が何を喜んでいるのかも、何を悲しんでいるのかもわからない。人の心の動きはわかるのに、なぜ人の心が動くのかがわからなかった。


「……ん」


 心地よいまどろみの中。夢が終わって、目が覚めるまでのほんの数瞬に浸っていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。おそらく私を起こしに来たメイドだろう。布団から身を起こし、窓から差し込む朝日を浴びて眠気を払う。


 顔にかかっていた自分の髪の毛を手で払って軽く整えると、扉に向かって声をかけた。


「入りなさい」

「失礼します」


 返事とともに、かすかな音すら立てずに扉が開いた。続いて入ってきた年配のメイドは、私に向かって静かに一礼した。その手で朝食の乗ったカートを押しており、朝のすきっ腹にはうれしい香りが流れてくる。


「おはようございます、レイ様」

「……おはよう、リオナ」


 落ち着いていて、上品な声。しかし、今日の彼女の声にはいつもとは違う、喜びの響きが込められていた。

はて、今日はなにかあったのだろうか?静かに思いめぐらしながら朝食に手を付ける私を尻目に、彼女は部屋の窓を開けた。涼やかな風が頬を撫でると同時に、どたどたと足音が聞こえてきた。それも複数人分。それを聞いて、上機嫌だったリオナの顔に、しょうがないなとでも言いたげな苦笑が浮かぶ。


 ほんの少しして、ノックとともに何人かの年若いメイドたちが何かを部屋に運び込んできた。皆見覚えのある顔だ。確か、お父様が最近雇った新人のメイドたちである。


「あなたたち、もう少し静かに歩きなさい。音を立てるな、とまでは言いませんけれど、あまり大きな足音は他人の邪魔になりかねませんよ。それと、ノックの返事が返ってきてから部屋に入りなさい」

「も、申し訳ありません!」


 たしなめるリオナに、あわてて謝罪する少女たち。勢いよく頭を下げたせいで、髪の毛が一瞬舞い上がっていた。

 

 しかし、今の私にはそれ以上に気になるものが一つ。少女たちの背後には、彼女らが運び込んできたモノ———見慣れない、豪華なドレスがたたずんでいた。青みがかった白を基調としたシルクの生地に、金と銀の糸で花の刺繍が施されている。さらには下品にならない程度に宝石がちりばめられており、一目でお値打ち品だと分かった。


「リオナ?」

「なんでしょうか」

「そのドレスは、一体なにかしら?」

「……お戯れを。本日は、レイ様の成人の儀でございます」


 ……ああ、そういえばそうだったか。思い出した。確か、今日は私が十五歳を迎える誕生日であり、同時に成人の儀も行う日だ。あのドレスは、お父様が気合を入れて準備した特注品、ということだろう。確か姉さまの成人の時もやたらと張り切っていた。


「これからお召し替え頂いたのちに、各所への挨拶を行っていただきます」

「わかっています。……あいさつ回りは長くなりそうだけれど」


 私の返事を聞いているのか、いないのか。どこか上機嫌なリオナは、ドレスを手に取って私を鏡の前に立たせた。


 一時間はしなかったと思う。


 改めて、目の前の鏡を見る。眠たげではあるけれど、深い青に澄んだ瞳。まつ毛もなかなかに長く、あくびとともに浮かんだ涙を受け止めて瑞々しく光っている。白く透き通った肌には薄く化粧が乗っていて、頬や唇は薄い桜色に染められている。肩まで伸ばしたブロンドの髪は、三つ編みにして後ろへとたらした。

 自分で言うのもなんだが、一国の王女(・・・・・)にふさわしい少女が、そこにはいた。眠たげ、という部分を除いたらの話ではあるけれど。


 満足げにほほ笑むリオナの後ろで、新人メイドの少女たちが頬を赤く染めていた。


 今日は、私の十五歳の誕生日。イストリア王国第二王女、レイ・クロム・イストリアの成人の儀が行われる日だ。


◇◇◇


 この世には、加護と呼ばれる不思議な力がある。ある人曰く、神が与えたもうた人類への祝福であり、またある人曰く、悪魔が人の世にもたらした誘惑と不平等の象徴。

 その正体が一体何なのか、解き明かしたものはまだ誰一人としていない。けれども、その力は、ずっとずっと昔から———それこそおとぎ話に語られるような昔から、人々とともにあった。


 人に宿る加護には、大まかに分けて3つの力があるという。

一つには、天命の加護。人が生まれ持つ加護である。

二つには、天職の加護。「天職」を授かるとともに芽生えるいくつもの力。

三つには、精霊の加護。その名の通り、精霊に選ばれたものに宿る加護であり、生まれながらに持ち合わせる者もいれば、生きる足跡の中で精霊に魅入られる者もいるという。


一つ目の加護は、十五歳になった時に、一人に一つだけ現れる。ゆえに、人々は十五歳を成人の歳として扱い、十五という数は聖なる数字として扱われる。また、三や五といった数字も掛け合わせると十五になるため、縁起がいいといわれている。


二つ目の加護は、早ければ十歳に満たないうちに授かるものもいる。生涯に一度だけ選べる「天職」とともに授けられ、繰り返し使えば使うほどにその強さを増していく加護。この決断は重大なもので、自分の天職を決めきれないまま中年に差し掛かってしまうものもいるという。


三つ目の加護は少々厄介で———特に生まれ持ってしまったものに顕著な影響が出る。精霊の加護を賜るには、ひどく大きな代償が要るというのだ。目が見えぬままに生まれてくる者。耳が聞こえぬままに生まれてくる者。さらには家族を失って生まれ出る者や、体中の色という色を失って生まれて来る者もいるという。後天的に得たものであったとしても、そのとき持ちえたものの多くを失うのだそうだ。


 他人事ではあるが、勝手に押し付けておいて迷惑な話だ、と思う。それとも自分で実際に背負ってみれば、何かまた違う感想を抱けるのだろうか?


 わからない。たられば話に答えが出るはずもないのだ。


 答えがないならそれでいい。どうせ、と言ってしまうのはあれだが———他人の心がわからなくとも、別に不自由はないのだから。


◇◇◇


「レイねえさま!」


 身支度が整い、両親へとあいさつに向かう道すがら。

 石造りの廊下に明るく響く、耳慣れた声に足を止めた。


「何かしら、ルオ」

「あ、いえ、その……今日はねえさまの成人の儀ですから。ぜひともご挨拶を、と思って」


 えへへ、と照れたようにはにかむルオ———ルオラ・クロム・イストリア。イストリア王国の第三王女で、先月十二歳になった私の妹。


 私やもう一人の姉、そしてこの国の皇太子たる兄をまっすぐに慕ってくれる、良い子である。特に一番年が近い私への懐きようはかなりのもので、数年前までは私の行くところはどこへでもついてきていた。


 今でも時々私と一緒に眠りたがる癖が抜けないのは、ご愛嬌といったところだろうか。


「これから、お父さまとお母さまのところへあいさつに行くのですよね!ご一緒してもいいですか?」


 目をキラキラさせて聞いてくる。その瞳は、私が断ることなどほんの少しも想定していないようだった。まあ別に、断る理由もないけれど。


「ええ、かまわないわ。二人とも喜ぶでしょう」

 

 笑顔を繕って、いつも通りに、無難に答える。それだけの言葉に、ルオは、ぱあっと顔を輝かせた。


 ……この子はいつもそうだ。私だけじゃない。家族にとって喜ばしいことを、いつも自分のことのように喜ぶ。きっと、それがこの子の長所であり、人に好かれる所以なのであろう。


 この子のそういうところをうらやましく思ったり、はたまた自分にそういったものが備わっていないことを悲しく思ったりすることこそ、ないけれど。

 ほんの少しだけ、まぶしく思う。


◇◇◇


 いつも家族で食事に使っている大広間。そこには、私とルオ以外のみんながすでに揃っていた。


「レイ!」


 広間に踏み入れた私に、父上が満面の笑みで話しかけてくる。

 この上機嫌な様子も、毎年のことだ。私たち兄弟の誕生日には、普段は厳しい父上であっても、喜びを隠さない。しかも今日は私の成人の儀ということもあって、いつにもまして機嫌がいいようだ。

 今にも小躍り、というほど落ち着きがないわけではないが、どこかそわそわとした空気を醸し出している。


「今日はまた一段と美しいな!エレナの若いころにそっくりだ!」

「あらいやだわ、あなた。親子なのだから当たり前のことでしょう?」


 国王——父の浮かれた声に、王妃——母のたしなめるような声が続く。兄も姉も、温かい祝いの言葉をかけてくれる中で、私だけが上の空のまま笑顔を繕っていた。


 どこか他人事のような心持であいさつを終えた後、妹の花が咲いたような笑顔に見送られ、あわただしく移動する。たかだか一個人の成人の儀ではあるが、王族のものともなれば、それはもう立派な祭事として扱われる。

 朝から晩まで綿密なスケジュールが組まれており、この後も教会のトップや大臣、有力貴族からの挨拶の対応に追われることになっている。さらにはこの成人の儀を境に婚約も行えるようになるため、明日以降はそちらの対応に追われることとなるのだろう。

 

 究極的には私の「天命の加護」を確かめるだけの行事だというのに、何とも大変なことである。


 各方面との挨拶は非常に退屈だった、とだけ言っておく。目もくらむ程に煌びやかな服に身を包んだ古くからの大貴族、品のいい聖衣に身を包んだ大司祭。この辺はまだいい方で、下品なほどに豪奢な衣服に身を包んだ新興の貴族や、野心や欲望を隠そうともせずに下卑た目でじろじろと眺めまわしてくる落ち目の貴族との挨拶は、もはや不快ですらあった。


 そんなつまらない下準備、とでもいうべきものが終わった頃には、もう正午を回っていた。

 これから本番———と言っていいのかはわからないけれど。

 ようやく、成人の儀が始まる。


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