婚約破棄された悪役令嬢は失恋旅行で悪を討つ!
魔王「筆頭ってつけたら喜んでくれると思ったんだ」
「そなたとの婚約を破棄する!」
王立魔術学院の卒業パーティで、わたしの婚約者の王太子が言った。
彼の隣には白いドレスがよく似合う愛らしいパートナーがいる。
「そなたは彼女に公衆の面前で水をかけ」
うん、かけた。
王太子の周りの取り巻き達も頷いている。
というか、なんでだれも止めなかったのよ。その子の水に濡れた姿が見たかったの?
「錆びた鉄の棒で殴りつけ」
うん、殴りつけた。
だから、なんでだれも止めなかったの。怪我したその子を看病でもしたかったの?
「挙句耳元で怪しい言葉を囁き続けたな!」
うん、正確にいうと怪しい言葉ではなくて聖なる言葉だけどね。
それもだれも止めなかった。……もしかしたら、止めなかったんじゃなくて、止められないよう操られていた?
わたしは微笑みを浮かべた王太子のパートナーを睨みつけた。
「なんだ、その恐ろしい顔は! 我が王国を護りし女神よ! 王太子である私と、この邪悪で汚らわしい女との婚約は無効にしてください!」
──辺りに光が立ち込めた。
わたしと王太子は同い年。
彼の宣言で、六歳の年齢で婚約してから十二年間、互いの腕に刻まれていた女神の紋章が消え失せる。
ふたりとも女神の加護を失ったのだ。王太子のパートナーの笑みが大きくなる。
「……残念だったね、ご令嬢」
元からハスキーだったその声が、演技を止めて本性を見せる。
王太子はもちろん、取り巻き達もほかのパーティ参加者も驚いた顔で、王太子のパートナーに視線を向けた。
白いドレスは黒い軍服に、小柄な体は変わらないけれど、前と変わらず美しく前よりも淫蕩な雰囲気を漂わせる少年がそこにいる。──魔王だ。
なぜか彼はわたしにだけ正体を明かしてきた。
そのことをだれかに話そうとすると声が出なくなるけれど、それ以上の攻撃をされることはなかった。
まあ、王太子や取り巻きに嘘をバラ撒かれて悪役に仕立てられたのも攻撃といえば攻撃だったわね。よし、タイトル回収! って今のなに、怖い。
ともあれわたしは自力で頑張った。
霊峰の奥に湧く霊泉の聖水を汲んできたり(効き目があるかどうかは、隣国まで足を伸ばして暴れる悪竜にぶっかけて試してきた)、古代遺跡の最下層に潜って聖剣を抜いてきたり(錆は落とせなかったけど帰りに襲ってきた邪教団の崇める悪神は倒せた)、廃墟でミイラに巻きつけられていた聖なる布に刻まれていた聖なる言葉を記憶して(聖なる布は蘇ったミイラことノーライフキングを倒すときに破損してしまった)彼に挑んだのだ。
でも全部無駄だった。
幸いなことに、結婚を司る我が国の女神による婚約の紋章が刻まれている限り、向こうもわたしや王太子に危害を加えられないようだった。
とはいえそれももう終わり。王太子は腑抜けだし、わたしに抵抗の手段はない。──魔王の勝ちだ。
魔王がわたしに近づいて、そっと手を伸ばしてきた。
「君の負けだ。約束通り僕のものになってもらうよ」
「……」
「へ?」
王太子が間抜けな声を上げる。
魔王を見つめて彼は言う。
「そなたは私の恋人で、熱い夜を何度も……あっれぇ?」
王太子は青ざめた顔で目を白黒させている。
彼の後ろにいる取り巻き達もだ。
魔王が隠微な笑みを浮かべて見つめると、男達は頬を染めて息を呑んだ。前屈みになってんじゃないわよ。
「あれはね、配下のサキュバスのお姉さん達に頼んで夢を見せてあげてたんだよ。この僕の大切な体を君達なんかに許すわけないじゃん」
それだけ言い捨てて、彼がわたしを見つめる。真っ直ぐに。
初めて会ったときから、見つめられるのが怖かった。
形だけの婚約者でしかない王太子よりも、人類の敵である魔王に惹かれている自分に気づくのが怖かった。でも、もう仕方がない。うん、できるだけのことはした。これ以上抗う術がないんだから、わたしが魔王のものになっても仕方がないわよね?
魔王はわたしの手を取り跪く。
手の甲に礼儀正しいキスをして、彼は潤んだ瞳にわたしを映す。
男になりかけのハスキーだけどあどけなく、それが余計に艶っぽい声が言う。
「僕の筆頭四天王になってください」
「……はあ?」
今回間抜けな声を上げたのはわたしだった。
筆頭四天王……四天王って、どういうことなの?
疑問が顔に出ていたのだろう。魔王はすごくはしゃいだ声で教えてくれる。
「筆頭っていうのはね、四天王の中で一番! ってことだよ。霊泉を守る神虎が腹を見せ、聖剣を守る青銅巨人が跪き、廃墟の屍人達に道を開けさせる君になら、僕も安心して魔王軍を任せられる!」
「……」
わたしは魔王の肩に手を置いた。
不思議そうに首を傾げた彼の可愛らしい顔に──
ゴツッ!
無敵の頭突きをかます。
脳震盪を起こしたのだろう。
無言でその場に倒れた魔王に、王太子と取り巻き達が駆け寄った。もしかして彼ら、まだ諦めてない?
もっとも、そんなこと今のわたしにはなんの関係もないけれど。
魔王だから神聖なものでないと倒せないと思って、いろいろ仕入れに行ったのがバカみたい。
最初から頭突きをお見舞いしておけば良かった。わたしが生まれてすぐに顔を見に来た傭兵上がりの無敗将軍のおじい様に、初めて負けを認めさせた自慢の石頭だったんだから。
というか、というか、というか……僕のものになれって、魔王妃になれって意味じゃなかったのーっ?
こうして、わたしは失恋したのだった。
善と悪、人間と魔王、婚約者と不埒な誘惑者の間で悩みに悩んで、いい夢見させてもらったわ、魔王……あばよ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
うちの王国の阿呆な王太子と取り巻き達が魔王を確保できるはずがなく、彼は捕まる寸前に蝙蝠となって姿を消した。
そして──
「ふふふ、北の悪竜を倒したと聞いていたが、ただの小娘ではないか。この邪竜が相手にするほどのものでもないが、舎弟の悪竜の仇討たせてもら……ごふっ!」
南に行けば邪竜が出てくる。
「東の悪神など我らの中では一番の小物よ。この邪神相手でも虚勢が張れ……がふっ!」
西に行けば邪神が出てくる。
「ふはははは、西の……ってノーライフキング倒したの? マジで? ただのヴァンパイアの余なんかクソ雑魚ナメクジじゃん。あ、でも聖なる言葉忘れちゃったの? 霧になれば頭突き効かないよね? よし!……ふはははは、西のノーライフキングを倒したといっても、この……ぎゃあああぁぁっ!」
東に行けばヴァンパイアが出てくる。
あ、聖なる言葉は忘れたけれど、ノーライフキングを倒したときに聖なる布を巻いてから頭に神聖な力が宿ったみたいで、わたしの頭突きは形のない幽霊系にも効くようになりました。
と、いうか……
「わたしは失恋旅行しているだけで、悪を退治したいわけじゃなーいっ!」
★ ★ ★ ★ ★
そのころ、王国の北にある魔王城。
「魔王様が彼女を妃にしていれば、あの戦力が我が軍のものでしたのに」
「ふぇっ? 獣王将軍ったらなに言ってるのさ。……い、いきなり求婚するとか恥ずかしいよ。筆頭四天王になってもらってから、業務日記兼交換日記で仲良くなろうと思ってたんだけどなー」
獣王将軍は思った、女装して王太子と取り巻き達を誘惑したときはノリノリだったくせに……と。
・おしまい・
『……あなたのためなら人類を裏切っても構わない』
魔王「だれかー、この王太子と取り巻き達からの手紙処分しといてー」