3ー6 百万喰らい…ワニ
おかあさんのことを美しく、健気で、好きだと思ったことがあるこそすれ、愚かだと思ったことはこれまでで一度も無いのです。男のひとにさんざん弄ばれたあげく数粒のチョコレートだけつかまされて帰って来ても、あのひとはわたしの大好きなおかあさんなのです。どんなに弱くても戦ってくれたのですから、他でもないわたしのために。
その日、わたしは産まれて初めて『怒り』というものを目の当たりにして、はじめて起きている間にに粗相をしてしまいました。わたしはおかあさんにおねだりしてお代のチョコレートを一緒に食べていたとき(今思えばちょっと痛んでいました)、もしもしとたずねることもせず部屋に入ってきたおばあちゃんがいきなりおかあさんの顔をぶちました。おかあさんは手にしていた少量のチョコレートを畳にぶちまけて倒れ込むと、おそるおそるおばあちゃんを見上げました。その目を見て、おかあさんはすっかりすくみ上がり、顔面は蒼白、瞳からは輝きが消え、もともと少なかった額の皺は張りつめて更地となり、綺麗な顔がますます綺麗になりました。わたしは感動のあまりおまたをびしゃびしゃに濡らすのです。
そのときのことはよく覚えていません。あのあといつの間にか眠っていて、朝方目を覚ますと顔の筋肉がガチガチにこわばっていて、表情を変えようとするとほっぺからあごにかけてが痛みました。それでもおなかは空きます、でもはじめてごはんを残してしまいました。
今朝のおかあさんはなんだか今までよりかっこよく感じました。家事もてきぱきこなし、外の人が来て嫌みを言われようと、おどけながらもしっかりとおばあちゃんを呼んで撃退していました。急な変化にこどものわたしが着いてゆけるはずもなく、ほら大人になるほど時間の流れは加速しますから、だからわたしはおまたがかぶれて痒いのを言い出すことができず、その晩おばあちゃんに泣きながら告白する羽目になりました。でも嬉しい誤算が会ったのです。わたしの泣き声を聞きつけてやってきたおかあさんが、事情を知るや一緒にお風呂に入ってくれたのでした。おかあさんとのお風呂は懐かしさを通り越して新鮮で、やけに緊張しました。はだかのおかあさんに後ろからつつまれるように抱かれ、泡立てられたせっけんのふわふわ手袋でふとももをさすられ、自然に自分の足は開かれます。白い手がすっと隙間に伸びてきて、おまたをやさしく愛撫される感触はあたたかい息でも吹きかけられているような不思議な感覚でした。わたしは一瞬で安心しきらされてしまって、次第にまどろんでいました。しばらくしておかあさんが手を動かすのをやめてしまったとき、すこし残念な気持ちになりました。
後日、あの感覚が忘れられなくて、おかあさんにもう一度やってくれるようにおねだりしたのですが、おかあさんは顔を真っ赤にして、やめなさいっ! と短くわたしを叱ると、また忙しそうにどこかへ逃げていくのです。