第9話 アリスの追求
その日の放課後、家に帰った後だった。森太菜よりケータイの着信が入る。まぁ、当然予測していたことだったので、特に感情を持つことなく通話に出た。
「あっ、先輩……今はご自宅ですか?」
「あぁ。周りは誰もいないから安心して話すといい」
少し調子に乗ってそんなセリフを返すと、通話の向こうであからさまなため息が聞こえてきた。そして、直後に冷たい言葉が飛んでくる。
「どういうつもりなんですか?」
「……どういうつもりと言われても……どう答えたらいいのか分かりにくいな。もう少し、お前が欲しい情報を絞ってくれないか?」
森は少し黙ったが、声のトーンはそのままに言葉を返してくる。
「わたしの思い過ごしでなければ、つい昨日は先輩も田村先輩と手を組むなんて話、まったく聞いていなかったはずなんですが?
それどころか、かかわることすら避けようとしていたように思えたんですが?」
「間違っていないよ。昨晩で気が変わったというだけだ」
嘘は何一つ言っていない。隠すことなくはっきりと告げる。
「正直、今私から見たら、先輩のことかなり怪しく見えるんですが?」
「……怪しい? それは……ある集会に一人だけ、仮面をかぶって合わられたある女子生徒より怪しいのか?」
「……喧嘩売ってるんですか?」
森は再度ため息をつくと、今度は声のトーンを普段の感じに戻してきた。アリスから森太菜に戻った感じか。
ただ、話の内容は依然、アリスのもの。
「先輩……もしかして、影武者を……西田先輩を倒すのを妨害しようとしているんじゃなかったりしません?
昨日の雰囲気から来たら、もう吹っ切れて西田先輩の味方に走ろうとして、敵の懐に潜り込む、なんてこと、先輩ならしそうだと思ったんですけど」
「……おそらく、ここでそれを否定する言葉を述べても無意味だよな? というより、こっちは否定する以外の言葉はなさそうだ。
でも、ひとつだけ安心してほしいことがある」
「……なんでしょう?」
「俺が田村零士側に協力しようとしたのは、お前が田村に付こうとしたからではない。次郎がキングダムの側に立っているからこそ……正しくは立たされているのであろうからこそ、だ」
「……はっきりしないですね……」
まぁ、そうだろう。というより、今の圭の行動ははっきりとしたものをきっかけとしていない。そうであろう、友人だから……そういう理由で動いている。
そして、それを森に伝えきる自信はない。
「なら……一つだけ、はっきりと言っておこう。西田次郎を倒すこと……すなわち影武者を倒すことは……西田次郎を助けることに必ずつながる。
俺は確実にそう思っている……、いや……本当にはっきり言うなら、そう願っているというべきか」
「……分かりました……ひとまずこの話は保留としておきましょう。最後にわたしからも一つだけ、先輩に言っておきます」
「……なんだ?」
「たとえ田村先輩の側に付いたとしても、今なおわたしの立場は解放者アリスであることに代わりません。わたしは仮面をかぶり続けます」
「……」
「いつでも待っているぞ、ボブ」
そんなセリフを最後、小さな声でぼそりとつぶやいた後、通話が切れた。
次の日以降、数日間にわたり、再び偽物の解放者によるビラ配りが始まった。ただ、正直なところ、大半の生徒はまたか……と鼻で笑うような感じになっていた。
事実、確かに偽物の解放者は戦果こそ挙げている者の、解放できたのは田村零士ただ一人。たとえ、どれだけ真の王に近づけていようと、本当の意味で民衆の心をつかむには、確固たる実績がそろそろ必要になってくるころだ。
ここで、一部でも解放された人たちが現れたならそこから噂として流れるかもしれない。だが、そのような人物はまだいない現状では……、この解放者の行動は、目立ちたがりな調子乗りという印象が第一に浮かび上がってしまう。
だが、その状況を田村零士は、むしろ好都合だと言い放っていた。たとえ、こういう状況でも演説を聞きに来る人は必ずいる。
そして、四回目となるこの演説を聞きに来るやつに、冷やかしや興味本位で来るやつはもうほとんどいない。
彼の言い分では、この演説を聞きに来る人物は、本当に解放者を狂信している者、解放者にすがるしかもう道が残されていない者。そして、支配する側の人間たちだけ。
そんな奴らなら間違いなく長井の演説にしっかりと耳を傾けてくれる。そこにいるのは、本当に信用を得ることができる人たちだということ。
今回の演説の第一目標は、真の王をあぶりだすことでも解放者の存在をアピールすることでもない。仲間を集うこと。
それが目的である以上、本当に解放者の力を欲している者だけが集まればいいということらしい。
そして演説当日、最初の演説の時に比べたら人数が実質、三分の一以下しか集まらない中、圭も含めた偽物の解放者メンバーは中庭、セカンドパティオに立つこととなった。