第5話 伝わる覚悟
帰宅した圭は自分の机に向かっている。机の上には充電が切れているケータイとスマホ。只今、充電中。
しばらく、バッテリーがたまるまでの間、静かに目を閉じて待っていた。
そうやって一人で黙っていると否応なく頭の中に過ってくるのは、コントラストに関することばかり。やはり、どれだけ無視しようと心に決めても、もはや頭から離れてくれる気配がない。
「……ふぅ」
もはや考えるだけ無駄。すべて田村が勝手にやっていく。そう決め込んで息を吐くのだが、そうすると次に浮かんでくるのが次郎。
いやらしいコンボ。
だけど、次郎に関してあることははっきりといえる。それは……決して次郎が悪いわけではないということ。
もちろん、推測の域をできることはないが、次郎の行動は基本的にコントラストの契約によって起こされたものだ。契約で否応なく、手伝わされているだけ。そんな状況で、次郎に怒りを入れても筋違い。
それは、冷静になればなるほど、心を痛めつけてくるぐらいに理解できる。怒りの矛先はコントラストであり、それを悪用する人たち。事実……圭はある意味、怒りの矛先を真の王……キングダムに向けていた。
その結果が惨敗なのだから、世話ないが……。
バッテリーがたまり始めたのを見計らい、ケータイとスマホの電源を同時に入れた。そのまま立ち上がるのを待つ。
じゃあ……これから先……圭は見ているだけでいいのだろうか……。黙って田村がすべてを解決しているのを黙って見ていればいいのだろうか……。
即答で答えるならば「それでいい」一択だろう。基本的に面倒なことであるし、すでに一度敗北もしている。黙っていれば、それで解決する可能性が大いになるならば、手を出す理由はない。
だが……なぜだろう。何かモヤモヤして気持ち悪い。いや……それも当然か……。負けたのだから、後味悪いことに何ら不思議はない。
ならば、すっきりするためにもう一度、手を突っ込む? 今度こそ勝つために立ち上がる? どう考えても愚かな思考だ。
ならば……
「俺は……どうしたい?」
ふとそんなことをつぶやき、窓から外を眺める。すると、唐突にケータイが一気に震え始めた。それも何度も続けて震え続ける。
本気で驚き、一度背筋を伸ばした後、ケータイを手に取った。
そこにあったのはたくさんの着信履歴とショートメール。田村や森からのものもあったが、その大半は次郎からもので占められていた。
電源が切れた後も、幾度となく留守録とショートメールが送り続けられていたらしい。
っていうか……留守録まで……って。一応同じ教室内にはいたんだがな……。尤も、圭が本人を突き放していたせいもあるだろうが。
『なぁ、圭。もう一度だけ話そうぜ。な? 許してもらうつもりはないから』
『これで終わるわけにはいかないだろ? まだ、解放者は負けていない。立ち上がれるし、俺もその一員であることには変わりない』
『これだけははっきりと言っておく。俺は、王側か解放者側か、どちらかと言われれば間違いなく、解放者側であると言える。王側は強制……解放者は自らの意思でその場に立っている』
『それに、真の王は俺が解放者の一員であることまで知られていない。まだ、お前の役に立てるからさ』
『確かに、俺が影武者である以上、あからさまに真の王へ敵対することはできない。下手すれば、またお前たちの前に立ちふさがることになるかもしれない。
だけど、俺の奥にあるのは圭たちの勝利であり、解放者の勝利……、真の王とキングダムの敗北だ。だから……お願いだから……』
『……もう一度……頼むよ』
そんなメールや留守録が無数に送られてきていた。全部を確認しようとすれば、それだけで日が暮れるレベル。本来なら、泣いて次郎に電話するべきところだろう。そして、手を取り合うのだろう。
だが、コントラストというものが介したこの状況で、真っ先に浮かぶのが、これが真の王による罠ではあるまいか、という点。
本当の次郎ならそんなことはしないと信じたい。だが、コントラストで指示されていれば、話は別。たとえどれだけ友人としての次郎を信用していようとも、影武者次郎の信用にまではつながらない……。
いや……いっそ……もう騙されてしまってもいいのか……。たとえ今更、真の王に何かされようともどうでもいい話になっているのだよな……。別に真の王に、解放者の正体がばれても……もはやどうでもいい。
であるならば、友人という立場を……友を優先して……。
「……違う……」
メッセージを見ていく中で、ふと思った。
次郎は俺との仲を元に戻したいなんて、一言も言っていない。あくまでこいつは、解放者ボブとしての圭をもう一度立ち上がらせようとしている。打倒王のため、もう一度、と言っている。
ネイティブの時、あいつは俺との友情を保とうとしてきた。契約で強引に「友」という概念すら崩しかねない方法で、保とうとしてきた。
だが、今回は違う……。
友情より、打倒を優先する……。何も考えずに聞けば、最低な考えかもしれない。だが、今の圭から見れば、それは覚悟の現れなのでばと思えてくる。
事実、次郎だって真の王に支配されている立場であることに変わりはない。その現状を変えるために……次郎はなおも動こうとしている。
コントラストは最低だ……、人の思考さえ操ってくる。友情を含めて人間関係を大きく変えてしまう代物だ……。
だからこそ……それは断ち切らないといけない……。そして、それを次郎が望んでくる以上、圭もまた……動かないと……、いや、動きたい。
圭は一呼吸を置き、ケータイの電話帳を開いた。その中で、次郎ではなく田村の携帯番号を探し当てる。
そのまま迷わず呼び出しボタンを押す。
数回のコールの後、その電話はつながった。
「もしもし、田村先輩……俺です、小林圭です」
「はい。圭くん。どうされました?」
田村の声を聴き、もう一度呼吸を整える。次郎を救い出すため……なにより、この負の連鎖を断ち切るため、自分にできることをする。
せめて……このコントラストで起こった一連の結果を……最後までこの目で見届けたい。そして、負の連鎖が断ち切られることを確認したい。
田村の横に立てば……それはできるはず。
「……先ほどの件、気が変わりました……。ぜひ、俺にも協力させてください」