第8話 真の王と泉亜壽香
真の王の素顔を見て、圭はどう反応すればいいのか分からなかった。ただ、ポカンと口を開いたままそいつの顔……幼馴染の顔を見るだけ。
次郎も同じでその正体を初めて知ったらしい。目を見開いて真の王の顔を見続けている。
森と藤島は良く分からないと言った雰囲気だった。それもそうだ、そもそもこの二人は泉亜壽香のことを知らない。
そんな中、真の王は何事もなかったかのように仮面をもう一度付け直した。
「さて、話を進めようか。契約の更新をするぞ」
「……ちょ、待て待て……、え? どういう?」
「……なんだ? そこまでわたしの正体が衝撃的だったのか? お前のことだ、可能性の考慮として挙がっていたと思っていたんだがな」
目の前の仮面をかぶった女子生徒は、髪型こそ亜壽香のままだったが、口調がまるで違う。今なお、嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
「いや……お前は……亜壽香は……、キングダムに支配されているんじゃなかったのか? 解放者のことを……お前、やたらと気にしてただろ?」
「……あぁ?」
亜壽香が放ったとは思えないほどドスの聞いた声だった。
「今自分の中にある情報を踏まえて冷静に考えたら、それがどういう意味か分かるだろ? 解放者がわたしにとって敵対するからこそ、気にしていただけだ。
途中からお前が解放者の可能性が出てきたゆえに取った行動に過ぎない」
頭の中の整理が追い付かない。今までの亜壽香とのやり取りを振り返ってみようと頭をフル回転させる。だが、その結果、思い出すのは結局のところ、たいして亜壽香と話をしていなかったという事実が突き付けられるだけだった。
自らが本当の解放者であるがゆえに、踏み込んだ話ができなかった。結果として……実際に亜壽香の言っていることが本当なのかどうか、計り知れる情報が少なくなっている。
「……いや、そうか……。お前もまた影武者なのか」
「……今度はなにを言い出す?」
真の王は腕を組みなおし、少し圭に背を向ける体制をとる。
「くだらない現実逃避だな……。解放者としてその考え、間違っていると思わないのか? 情けない」
……何も言い返せない……。
「いや……確かに可能性としてはあり得る話だとは思う」
代わりに口を出してきたのは森だった。一度圭に顔を合わせた後、真の王に目を向ける。
「真の王はもともと、そこの奴を影武者に仕立て上げて、さらに仮面をつけさせて表に立たせるような用心深い奴だった。二重三重に影武者を立てていたとしても別におかしくはないだろう。
解放者としては、お前の話をすべて鵜のみにすることこそ愚かなこと」
森のこのセリフは別に圭の気持ちを抑えるためのセリフでないことは分かった。ただ、第三者として冷静に状況を判断し、的確な行動を求めようとしている。
真の王は少しだけ森と目を合わせた後、少しうつむいた。
「まぁ、確かにお前の言うことも一理あるな。わたしも影武者なのだとすれば、真の王としてはより完璧な立ち回りをしていることになる。そして、わたしもまた真の王本人であることを証明する手立てはない」
しかし、そこまで言うと真の王は一歩ぐっと森のほうへと近寄った。
「だが、それで問題はない。そもそもわたしが影武者だと思われているのならば、むしろそのほうが好都合なレベルだ。それに、事実がどうであれ、お前たちが取れる行動に変わりはない。
この状況で重要だったのは、泉亜壽香が真の王の側であるということのみ」
真の王は自分のスマホを圭に向かって近づける。
「これ以上のお話は無意味だ。さっさと契約を済ませよう」
チラリと自分のスマホの画面を見た。そこには依然、AAフラワーからの契約更新の誘いが通知として来ている。開くと出てくるのは契約条文が記された画面。
『借用契約書』の文字がタイトル部に表示されている。
確かに、間違いなく圭と亜壽香が最初にした契約だった。圭が三万円を貸し渡し、その返済に関する契約が記述されている。
「……」
しかし、その画面に表示されている「承諾しますか?」の質問に対し、震えながらも「いいえ」のボタンをタップしている自分がいた。
間近で見ていた真の王が少し息をのむ。
「お前、何を考えている? お前に選択肢はないと言ったはずだ。西田次郎はわたしの手にあるんだぞ? 断ることの意味が分からないのか?」
「……お前が本当に亜壽香なら……次郎を苦しめることなど出来ないはずだ。お前は……次郎に何もすることなどできない」
「……それはお前が知っている範囲での泉亜壽香を見た評価だよな? だが、残念だが目の前にいるのはお前が見抜けなかった真の王の姿だ。
田村零士を倒しキングダムを乗っ取り、そして支配形態を作り上げた真の王だ」
「……違う……お前は……そんな奴じゃない……」
何の根拠もない。ただただ否定して首を横に振る。
「……はぁ……、百歩譲ってわたしが西田次郎に手をかけるのは無理だとしよう。だが、わたしが本当に影武者だったらどうする? 西田次郎に手をかけることに何の躊躇もしない本当のボスがいたら、そいつが西田次郎にしでかすぞ?」
ただ何もすることができず、スマホを強く握りしめる圭。すると、真の王はあきれたように圭から視線を離した。代わりに森のほうを見る。
「……どうやらボブさんは友人より身の保全を優先したいらしい。アリス、お前はどうなんだ? この契約に乗るのか? 乗らないのか?」
アリスは無言に圭のほうを見てきた。仮面という冷たい表情が圭のほうにどんどん突き刺さってくる。
「解放者アリスとしては、極論、どちらでもいい。西田次郎がどうなろうとわたしは知ったことではない。解放者の勝利を捨ててまで西田次郎を助ける行動をとる必要はないということだ。
だが、同時に真の王とのエンゲームの約束をできるこの契約は解放者にとって大きなチャンスであることにも変わりない。契約自体は一方的で不利な内容かもしれないが、今度のことを考えればここで決めてしまうのも悪くはない」
だんだん森は圭の横に近づいてくる。
「だからこそ、ここはお前が選べばいい。わたしは鬼じゃない、知り合いを敵として認識させ戦わせることを強要つもりもなければ、友人を見捨てることを強要するつもりもない」
どうする? ……そもそも、今の自分は……そのどちらを選べばいいのかが分からないんだろうが……。
意思表示することができず、ただスマホを握り締めうつむき続ける。すると、真の王は鋭く息を吐き切った後、離れた。
「もういい。契約をするつもりはないと判断するぞ。これにて交渉は本当に決裂だ」
スマホをポケットにしまい、次郎を縛り上げた状態で立たせる。
「だが、一応約束通りに明日、指定通りに待っていることにしよう。気が向いたならばいつでもわたしの元に来ると言い。あ、むろん来るのならばそこにいるニューキングダムの長もトッピングしてくれよ」
そう言いながら次郎を連れて教室から出ていこうとする。
「圭?」
そんなとき、真の王からポッと聞こえてくる。
顔を挙げてそちらを見ると、仮面をそっと跳ね上げ素顔をさらしている真の王の姿があった。
「じゃ、またね」
そう、普段と変わりない亜壽香の顔と口調で手を振ったかと思えば、すぐに仮面を元に戻し教室を出ていった。




